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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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189 2026年5月27日(水)_02 山形ロボ、帰国

喫煙者。


それは――

定期的にニコチンを摂取しなければならない生き物である。


そして2026年現在。


喫煙器具は、実に多様化していた。


スタンダードな紙巻き。

加熱式。

電子タバコ。


さらには、


葉巻。

煙管。

パイプ。

水タバコ。

チウィング。


そう。


喫煙は今、

新時代を迎えていた。


だが同時に、悲劇も起きる。


一つ。


価格の高騰。


かの最終決戦が行われた1999年。


それと2026年現在を比較すると、

平均価格はおよそ2.5倍。


特に2026年4月。


大規模な増税と価格改定により、

多くの主要銘柄が


「600円の大台」


を突破するという、

歴史的な転換点を迎えた。


そしてもう一つ。


世間は嫌煙。


一部の心無いスモーカーが、

無垢なる非喫煙者へ無礼を働いた結果である。


吸い殻のポイ捨て。


中でも問題視されたのが、

一部の加熱式タバコ。


フィルター内部に金属片を仕込み、

それを発熱させる仕組みのものがある。


そう。


金属片。


金属片が、

路上に転がるのである。


小動物にとっては

危険極まりない。


さらにもう一つ。


タール。


その粘着性のある成分は、

電子機器の内部に付着し、


性能を著しく損なう。


結果。


山形県

総務部付属資料管理室。


その地下ドックでは、

機材更新の際に


喫煙所が廃止された。


整備班や指令室の喫煙メンバーは、

地下50メートルから地上へ上がり、


マイカーの中などで

煙を楽しむことになる。


もちろん。


代替案もあった。


チウィング。


つまり噛みタバコ。


確かにニコチン摂取はできる。


だが。


あの、


肺に煙を納めるという退廃的行為。


その代替には、


なり得ない。


そして彼らは、


ある結論に至る。


---


10時15分。

喫茶休憩時間。


喫煙スペース存続の多数決に敗れた

総務部付属資料管理室の最高権力者。


児島裕子。


彼女は旧喫煙スペース――

現在は誰も使わない休憩スペースで、


ぼそりと呟いた。


「……禁煙、すればいいんじゃないかしら?」


その瞬間、

集っていた愛煙家達が湧く。


「同意です室長!地上までは遠い!」


「そうですよ!電子ですら奴らは臭いという!」


「なら俺たちは……臭くなくなればいい!」


「俺たちは出来る!」


「ならば!」


「禁煙だってできるはず!」


「そうだ!」


「たとえニコチンによる英知を失おうとも!」


ちなみに。


ニコチンの欠落は

人の思考能力を低下させる。


蛇足だが。


喫煙者がよく言う


「吸うと頭がスッキリする」


という感覚。


実際には


ニコチン不足で低下した能力が、

元の状態に戻っただけ


という説が

現在もっとも有力である。


---


12時45分。


そして始まる。


禁断症状。


児島が爪を噛みながら言う。


「ねぇ……若林……、さん?さま?」


「ポッキー……一箱……ください……くださらない?」


若林が冷静に答える。


「いやよ?」


「さっき二箱あげたじゃない」


「後で買えば?」


児島が口元をゲンドウする。


「……チッ!」


「裕子、素出てるわよ」


そう。


彼らは、


イライラしていた。



文翔館地下50メートルのドック内は空である。


山形ロボは現在“会議室本部”で修理中。


整備班の待機組は純粋に待機。


つまり。


暇だった。


そして暇な喫煙者は壊れる。


溶剤の匂いに癒される。


潤滑油の香りに癒される。


そして、


徐々に精神が壊れていく。


やがて、


誰かが言った。


「……排気ガスでもいい」


「肺に収めたい」


そのとき。


地上からのエレベーターが到着する。


警備班が戻ってきた。


小規模な怪異事件の対応を終えて。


「ただいま戻りましたー」


その瞬間。


かすかに漂う。


紙巻きタバコのニコチンとタール。


そして電子タバコの甘い香り。


整備班の鈴木が、


思わず声をかけた。


「……おい」


「吸ったな?」


警備班一班の三名と、

狙撃班の二名は困惑する。


「な……なに?」


整備班の喫煙者たちが、


ゾンビのように集まる。


「吸ったか?と聞いている」


警備班。


「タバコ?」


「え?吸ったけど?」


「無いの?なら買ってきたのに……?」


整備班。


「ちがう!!!!」


「俺たちは!」


「今!」


「タバコと決別をするんだ!!」


警備班、完全に困惑。


「いや……どうぞ?」


整備班。


「ちがう!」


「いや違わない!」


警備班。


「どっちだよ……」


ポケットから取り出す。


「ほら、やるよ」


---


12時50分。


児島以外のメンバーは。


結局。


地上へタバコを吸いに上がっていった。


---



整備班が地上へ去ったあと。


地下ドックは、急に静かになった。


エレベーターの扉が閉まる音だけが、

やけに大きく響く。


残されたのは――


児島裕子、ただ一人。


旧喫煙スペースの椅子に座ったまま、

しばらく天井を見上げていた。


「……」


沈黙。


やがて。


「……私は」


「室長なのよ?」


ぽつり。


「部下が全員逃げたからって」


「自分まで逃げるのは……」


机を指で叩く。


「ダメよね」


うん。


うん。


自分で頷く。


「禁煙、決めたんだから、やるわ」


「裕子ガンバ!」


深呼吸。


肺に入る空気。


――軽い。


あまりにも軽い。


「……」


「軽いわね」


少し考える。


「軽すぎない?」


「こう……ガツンと……空気、きなさいよ」


しばらく黙る。


そしてふと、

机の上のボールペンを手に取る。


匂いを嗅ぐ。


「……」


キャップを外す。


もう一度嗅ぐ。


「……インクの匂いって、意外と悪くないわね」


ハッとする。


「違う」


「これは違う」


ペンを戻す。


立ち上がる。


地下ドックの広い空間を歩く。


整備機材。


クレーン。


油圧装置。


工具ラック。


ふと足が止まる。


潤滑油の棚。


キャップを開ける。


「……」


すん。


「……」


すん。


「……ああ……」


しばらく動かない。

動けない。

そして我に返る。


「違う違う違う違う」


キャップを閉める。


棚に戻す。


「私は人類側よ」


「油を吸う生き物じゃない」


再び椅子へ戻る。


時計を見る。


13時02分。


「……まだ二時間しか経ってないの?」


頭を抱える。


「肺に煙を満たしたい……」


「ニコチンってこんなに強いの?」


ふと視線が動く。


テーブル。


そこに。


整備班の誰かが忘れたらしい――


携帯灰皿。


児島は固まる。


「……」


ゆっくり近づく。


手に取る。


見つめる。


「……まだ……」


「吸えるかもしれない」


三秒。


五秒。


十秒。


児島は立ち上がる。


そして――


ゴミ箱に投げた。

他人の灰皿をである。


「……」


「私は」


「人間よ」


そして椅子に戻る。


静かな地下ドック。


誰もいない。


時計の秒針。


カチ。


カチ。


カチ。


児島は天井を見ながら呟く。


「……」


「排気ガスでもいい」


数秒後。


もう一言。


「……いや」


「二酸化炭素でもいい」


さらに十秒後。


小さく。


「……誰か」


「……タバコ吸って帰ってこないかしら」


「副流煙でいいの」


地下ドックに、


孤独な禁煙者の声だけが響いていた。


この二時間後、ドック内に山形ロボが帰還する。


その時、児島は、

加熱式タバコの香りを纏っていた。



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