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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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176 2026年5月25日(月)_01 手術成功

現地時間、十二時。

浮雲と早川を乗せた機体はアーカムに到着した。


そのまま病院へ搬送された一葉は、到着直後に手術室へ入った。


それから半日あまり。


時計の針が、深夜二十四時三十分を指す。


浮雲と早川は、アーカムのホテルに部屋を用意してもらい、そこで一葉の手術の経過を待っていた。


部屋の明かりはつけたままだった。

だが、テレビもついていない。


窓の外には、見慣れない街の夜景が広がっている。


二人とも椅子に座ったまま、ほとんど言葉を交わさない。


彼らのパスポートなどの渡航書類は、綾がすべて持ってきてくれる予定になっていた。

その手配もすでに整っている。


渡部が外務省を通じて調整し、正式な手続きはすべて通された。


通常なら考えられない速度の処理だった。

だが今回ばかりは、例外だった。


浮雲を縛っていた問題も、すでに解決している。


戦闘の最中、彼の変神を阻害していたボクラグの最期の呪い。

それは単なる封印ではなく、変神という選択肢そのものを認識から奪う、極めて悪質な呪詛だった。


その呪いは、“会議室”特級序列第五位《代理人》アギェントの手によって解呪された。


解呪専門のエージェント。

その名に違わぬ手際だった。


浮雲の霊子状態も、現在は安定している。


そして山形ロボの方も、大きく変わった。


操作系OSは全面的に刷新され、制御システムも再構築された。


さらに、浮雲とナイアルラトホテップ双方の霊子認証を完全に分離。

別個体として再登録された。


その結果。


山形ロボは正式に、

メインパイロット――片桐一葉。

予備パイロット――浮雲平輔。


二人体制での運用が可能となった。


技術的にも、制度的にも、問題はすべて片付いている。


残るのは――


ただ一つ。


一葉の手術が成功すること。


それだけだった。


---


十二時間に及ぶ手術の末、片桐一葉は一命を取り留めた。


全身には、ナノミリ単位の厚さしかない刃が貫通した痕が無数に残っていた。

しかし、搬送直後に行われた迅速な解呪処置によって呪術汚染は最小限に抑えられていた。


刃は身体を貫いていた。

だが、そのすべてが致命傷を避けるかのように通っていた。


内臓は損傷している。

それでも、どれ一つとして致命的な破壊には至っていない。


理由は明らかだった。


攻撃の直前。


山形ロボのインターフェースAIが、強引に防御を展開していた。


局所位相固定。


しかも、本来の防御用途を超えた最大出力。


その結界が、一葉の胴体を包み込むように展開されていた。


世界の座標を、ほんのわずかだけずらす。


その結果、邪神の放った刃は確かに命中した。

しかし臓器の“位置”だけが、微妙に外れていた。


紙一重。


ほんのわずかな誤差。


それがすべてだった。


医療記録にはそう残された。


脳波、心拍、血圧、霊子濃度。


すべてのバイタルは安定。


生命維持装置は必要ない。


回復には時間がかかる。

だが、命は繋がった。


手術は成功であった。


---


日本。

五月二五日一四時三十四分。

山形県山形市旅籠町。

山形県郷土館「文翔館」。


その地下五十メートル。


総務部付属資料管理室――指令室。


そこは今、歓声に包まれていた。


片桐一葉の手術の成功、

その知らせが届いたとき――


「助かったって!」

「バイタル全部安定だってよ!」

「マジか……よかった……!」


長時間張り詰めていた空気が、一気にほどける。


誰かが椅子にもたれ、

誰かが深く息を吐き、

誰かが目をこすっていた。


片桐一葉。


彼女の手術が成功した。


それだけで、十分だった。


その喧騒から少し離れた端のデスクで、橘陽介は一人、黙々とキーボードを打っていた。


モニターの宛先には、

首都圏防衛機構――《鎮守》。


状況報告書。

橘は静かに文章を打ち込む。


「山形機の性能、ならびにパイロットの極限状況下での判断能力。」


指が止まらない。


「加えて、“会議室”による不自然な救援行動。」


さらに続ける。


「以上の状況から判断して、山形には依然として“ミゲルの遺産”が存在する可能性が高い。」


橘は一度だけ深く息を吐く。


「“会議室”は、それを認識している可能性がある。」


カーソルが点滅する。


そして、次の一文。


「鍵は、日本の都道府県ロボのプロトタイプにして、拡張性から未だ現役の機体――“山形ロボ”にあるのではないだろうか。」


橘はその文章を、しばらく見つめた。


そして。


後半を、すべて消した。

文字が画面から消えていく。

片桐一葉が助かった。


まずは、それでいいじゃないか。


橘は短く息を吐き、新しい文章を打つ。


「ミゲルの遺産の捜索のため、明日は置賜地方へ足を延ばす。」


それだけ書き直し、送信ボタンを押した。


送信完了。


その瞬間。


すっと、視界の端に手が差し出される。


チョコバー。


顔を上げると、若林悠が立っていた。

若林は少しだけ肩をすくめる。


「ありがとうね。

報告義務、あるんでしょ?」


申し訳なさそうに笑う。


「ごめんね?」


橘は、苦笑するしかなかった。


敵わない。


チョコバーを受け取り、包装を開ける。


そして、一口かじった。


---


マサチューセッツ州ボストン。


ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港。


アメリカ現地時間、十四時ごろ。

片桐綾は到着ロビーを抜けると、そのまま“会議室”のエージェントが用意した車に案内された。


車は空港を離れ、マサチューセッツの街路を北へ走る。


目的地は――アーカム。

聖メアリー・ティーチング大学病院。


車窓に流れる街並みを見ながら、綾は一度だけ静かに息を吐いた。


そして数時間後。


病院の集中治療棟。


ICUの前。


綾は、ガラス越しに病室を見守る二人の男と合流した。


早川真。

そして浮雲平輔。


浮雲は綾の姿を見た瞬間、ゆっくり頭を下げた。


「綾……すまない。俺がついていながら……」


綾は一瞬だけ彼を見た。


「ほんとそう……」


小さく息を吐く。


「なんて恨み言を言っても始まらないわね。」


視線をガラスの向こうへ向ける。


「真さん。一葉の容態はどう?」


早川は少し慌てた様子で答えた。


「ば、バイタルは安定している。後遺症も残らない……らしい。」


「らしいって何よ。」


「医者がそう言ってたんだ!」


綾は苦笑した。


「さすが、こっちの世界の医療の最高峰ね……。」


ガラス越し。


そこには娘がいた。


酸素吸入器。

点滴。

モニター。


無数のコードに繋がれた身体。


綾はその姿を見つめる。


ほんの一瞬だけ、歯を食いしばる。


しかしすぐに表情を緩めた。


「でも……生きててよかった。」


静かに言う。


そしてふと二人を見る。


「ところで。なんで“会議室”が動いたの?」


早川が首を振る。


「それが俺たちにも分からないんだ。突然、全面的に協力を申し込まれた。」


綾は腕を組んだ。


「渡部のおっちゃん……。」


小さく呟く。


「でも、さすがにここまでは出来ない……。」


浮雲のほうを見る。


「浮雲……さん?心当たりあります?」


浮雲は一瞬、戸惑った。


「あ、さん?……あ、そか。」


少し苦笑する。


「いや、俺は特にないな。ただ……“伯爵”が挨拶に来てくれたぐらいか。」


綾の表情が固まった。


「……は?

“伯爵”?」


数秒沈黙。


「“会議室”席次一位だったはずよね?」


綾は眉をひそめる。


「合議制だから権限は分からないけど……。」


そして小さく呟く。


「というか……まだ生きてるの?」


早川が肩をすくめる。


「声色は仮面越しでくぐもってたが……若かったぞ?」


綾はさらに首をひねる。


「“会議室”は実力主義よ。血縁でも同じ席次は継げない。

欠番は繰り上げカウント制……。」


小さく考え込む。


「長命種?」


「いや……不死者?」


「……まぁいいか。」


ぱっと表情を戻す。

綾はバッグから封筒を取り出した。


「はい。二人のパスポート。」


さらに別の封筒。


「それと当面の資金。」


二人に押し付ける。


「まずは食事。」


じっと顔を見る。


「二人とも、ひどい顔してるわよ?」


早川が苦笑する。

浮雲は何も言えない。


綾はくすっと笑った。


「とりあえず肉ね。」


指を立てる。


「ここで魚とベリーだけは食べちゃダメよ?」


二人がきょとんとする。


「まぁ、すぐ治してはもらえるけどね。」


綾は悪戯っぽく笑っていた。


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