166 2026年5月23日(土)_04 酒田港沖を狙い打て
土曜日の夕方。
一葉は、布団に埋まっていた。
カーテンは半分閉じ。
動画は垂れ流し。
再生リストは異世界ファンタジーを流していた。
「ダンジョン潜りたい……」
ごろり。
「モンスター食いたい……」
もぞり。
「お腹空いた……」
天井を見つめる。
三分間、動かない。
>冷蔵庫は空です。
>料理は上達しました。
>が、生活能力が相変わらず皆無です。
「ハコォ、代わりに買ってきて~」
>無理です。
>というか帰宅時に買えばよかったのでは?
>もしくは宅配という文明があります。
「やだぁ。人に会いたくない~」
毛布をかぶる。
「服着るの面倒~外出たくない~」
>最低限、人類として恥ずかしくない姿でいてください。
>人に見られたら詰みますよ?
「やだぁー」
>陽葵に見られたらどうするんですか?
>絶対怒られますよ?
ぴたり。
毛布の中で一葉が止まる。
「しーらーなーいー……」
間。
「あれ?なんで陽葵知ってるの?」
>……
「?」
>観測班から聞きました。
毛布から顔だけ出す。
「そかー。個人情報だだもれなー。」
天井を見つめる。
「ねえハコ」
>はい。
「私、世界守ってるよね?」
>はい。
「なのに冷蔵庫空なんだけど」
>それは別問題です。
沈黙。
腹が鳴る。
ぐぅ。
>……近所のスーパー、今日は特売日です。
「知ってる。だから混むんだよ」
>ではコンビニ。
「高い」
>冷凍庫にはアイスがあります。
ぴく。
毛布が動く。
「何味?」
>チョコミント。
即、起き上がる。
「ハコ子愛してる」
>現金な人間ですね。
一葉は冷凍庫を開けながら、ぼそっと言う。
「……陽葵に怒られるのは、やだな」
>それは生活態度ですか、それとも別件ですか?
「……しらん」
動画の音が流れ続ける。
世界は今日も平和……ではなかった。
スマホが鳴る。
職場からだ。
---
>一葉!
「わかってる、まって、アイス食ったら今キーンと来た。ちょっとまって」
こめかみを押さえてうずくまる。
>だから急いで食べるからです。
「うるさい」
深呼吸。
「……おし、着替える。ハコ子、状況教えて」
布団を蹴飛ばし、脱皮。
部屋着が床に落ちる。
しまむらのブラウス。
動きやすいパンツ。
髪はひとつにまとめる。
「化粧はいいや!どうせ乱れる!」
>酒田湾沖、約4キロ。
>甲殻類に類似した巨大怪異が出現。
>現在、緩やかに陸に向かっています。
一葉の動きが止まる。
「いつもみたくやっつければいい?」
>それに関しては児島から伝言があります。
一瞬、空気が変わる。
>対象が大型。
>局所位相固定で囲っても、余波で海岸線に被害が出る可能性があります。
>怪異としては、先日の蜥蜴神よりはるかに下位。
「ほう」
>ですが――
一拍。
>“津波”、“海底火山”などのありとあらゆる海の災害。
>その概念が甲殻類、恐らく海老を象った存在です。
「……あー」
一葉は目を細める。
「今回はわかりやすい形だね」
>モニター越しとはいえ、毎回あれを見て正気を保っている一葉も結構ヤバいです。
「えへへへ」
首元に、小さな<おまもり>を下げる。
可愛い柄の布袋。
中身はただのプラスチックの剣。
一瞬だけ、表情が真顔になる。
「被害、出さないよ」
>海保と自衛隊に通達済み。
>沿岸部は避難誘導開始。
>浮雲は施設警備班と小規模怪異対応中。
「オッケー。
じゃ、私が行くしかないんだね」
玄関を開ける。
冷たい空気。
「おし、行こう!
ハコ子は先に行ってて、私は安全運転でゆく」
>安全運転を強く推奨します。
車のキーを握りしめ、
アパートの駐車場へ駆ける。
スズキ・スペーシア。
白。
ちょっと小傷あり。
中は意外と整理されている。
エンジン始動。
ハンドルを握る手に力が入る。
「慌てないで急がないと」
アクセルを踏む。
スペーシアが、夕方の道路へ滑り出す。
---
文翔館地下。
到着早々、
一葉は白い対Gスーツに着替える。
鏡を見る。
全身ぴったり。
「……これ着て自宅から来ればよかったのでは?」
三秒後。
冷静に自分を凝視。
「通報案件だな」
痴女扱い確定。
最後の抵抗でラメ入りの蛍光ピンク色のパーカーを羽織る。
背中には太い丸文字で、
“ルーズソックス”
一葉の中では、かなり可愛いチョイス。
誰も何も言わない。
言えない。
完成したエレベーターに飛び乗る。
むき出し鉄骨。
仮設ランプ。
だが速度は十分。
上昇。
ドックから指令室へ。
扉が開く。
一葉が席に着くと同時に、
児島と若林が入室。
観測班の非番組――今田と槌谷も続く。
空気が、戦闘モードに切り替わる。
児島が短く言う。
「さて、今回は狙撃装備の許可を取ったわ。さっき承認が下りた。狙撃で行きましょう」
一葉、瞬き。
「銃あるんですか?
前に聞いたら、日本のロボットは銃器ダメって」
武田がモニターを切り替える。
「通常兵装は禁止です。
ですが、各都道府県ロボには“例外的特殊兵装”が一つだけ用意されています」
立体投影画面に。
両腕に大砲のようなものを装備した山形ロボのCG。
「山形は固定砲台――“ツクヨミ”」
今田が補足する。
「過去に同型怪異に対して浮雲さんが“月山おろし”で対応しましたが、
流動する外殻に因果凍結がうまく決まらず、
局所位相固定のリミットぎりぎりで撃破した記録があります」
槌谷が続ける。
「なので今回は、固定砲台からの超長距離狙撃。
一気に貫きます。
ただし射角には注意を。
中国、ロシア、北朝鮮には“会議室”経由で事前通達済み。
基本、薙ぎ払い系の射撃は禁止です」
一葉が振り向く。
「いまさらっと言ったけど、国際問題大丈夫なの?
“会議室”って会議ぐらいでいいの?」
若林が小さくため息。
「あのね。
“会議室”っていうのは、
超国家的な対怪異防衛互助機構よ。
表には出ない。
由来は忘れたけど、名称だけが残ったの」
児島が切り替える。
「整備班はすでに月山湖に向かってる。
片桐さんも急行して」
「月山湖?
あそこ噴水しかないですよ?」
児島が、わずかに笑う。
「その噴水を転用するのよ」
画面が拡大。
モニターに映し出されたのは、
月山湖大噴水の構造断面図だった。
観光客が見上げる、あの巨大な水柱。
その地下には、誰も知らない装置が眠っている。
湖底深くに埋め込まれた、
巨大な増圧ユニット。
だが――
月山湖大噴水は、砲撃兵装ではない。
あれは、砲ではない。
反動吸収装置。
山形ロボの本来の砲撃は、
山ひとつを吹き飛ばすだけのエネルギーを放つ。
その反作用を、
機体だけで受け止めることはできない。
だから、反動は逃がされる。
位相干渉作用で流体化した反動エネルギーは配管を通り、
ダム湖、
つまり巨大な水塊へ。
ダムそのものが、
ひとつの巨大なダンパーとして機能する。
発射の衝撃は湖へ拡散され、
余剰の圧力は、
空へと吐き出される。
それが――
あの水柱。
観光名所として知られる、
月山湖大噴水。
だがその正体は、違う。
あれは――
山形ロボの“安全装置”。
指令室の窓越し。
地下ドック。
山形ロボが立っている。
背中には、
固定された巨大な砲身。
バックパック型の外部増圧接続ユニット。
湖底から伸びる主幹ラインが、
ロボのバックパックを通り、
砲身へと直結している。
本来は“守る”ための機体。
今日は、
“射貫く”ための台座。
児島が言う。
「“月山おろし”の因果凍結エネルギーを纏わせた、
超々高水圧投射兵装。
それが山形ロボ最強の兵装――“ツクヨミ”」
モニターに弾道予測。
射程:200km。
直線ではない。
位相を撫でるように、
空間を薄くして滑る軌道。
「アジア最強クラスの砲撃兵装の一つよ」
静寂。
一葉、ぽつり。
「……月山湖から酒田湾、届くの?」
武田が頷く。
「届きます。
施設警備の狙撃犯が現地急行中。
細かな風速、湿度、殻の角度。
すべてリアルタイムで送信されます。
ただし、二発勝負」
今田が続ける。
「外した場合、
三射目は通常の“月山おろし”チャージと同等。
三分間かかります」
三分。
津波が陸に届くには、
十分な時間。
「……が」
槌谷が視線を上げる。
「発射時、一瞬だけ次元が薄くなります」
モニターに警告表示。
位相遮断領域、0.8秒間低下。
外から見える。
内からも、見える。
一葉が椅子から立ち上がる。
「つまり、できたら外すなってことね」
児島が、短く頷く。
「あなたが照準を取る」
若林の声が、静かに落ちる。
「片桐さん。
今回は“倒す”じゃない。
“射貫く”。
津波という“概念”を射貫いて」
画面に怪異の解析。
巨大な殻。
波動干渉。
だが中核は一点。
“来る”という意志だけで構成された核。
一葉は目を閉じる。
海はまだ静かだ。
だが……、
来る。
それを――
射貫く。
「……了解」
一葉が首から<おまもり>を握る。
「避難はもう済んでるんでしょ?」
今田。
「はい。
ただ相手の出方次第です」
一葉、静かに。
「了解、外さないよ」
一葉は拳を鳴らす。
へにょ
「ぶっ」
武田が噴き出す。
指令室の照明が落ちる。
モニターが戦術表示に切り替わる。
エレベーターが再び降下を始める。
いざ、月山湖へ。




