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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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153 2026年5月20日(水)_03 戦士達の希望

昼。


文翔館地下ドックの簡易休憩スペース。


天井の配管がむき出しのまま、

折りたたみ机と簡素なパイプ椅子が並ぶ。


壁際には電気ポットと電子レンジ。

その横には、なぜか観葉植物。


機械油の匂いと、出汁の香りが混ざる。


一葉は弁当箱のふたを閉じ、満足げに頷いた。


「うん、だし巻き卵、今日完璧」


クックパッドを見てからというもの、

料理の腕が劇的に上がった。


今日はさらに、若林直伝の特製レシピ。


砂糖の代わりに練乳。

白だしをほんの少し。

巻くときは“焦らない”。


その結果。


ふわりとした断面。

均一な焼き色。


整備班から拍手が飛ぶ。


「おー、断面きれい!」


「これは料亭級だわ」


「パイロットやめて食堂やれば?」


一葉は箸を振る。


「やだよ。数字とロボが好きなんだもん」


食後。


ペタペタとシミュレーターへ向かう。

最近導入された高精度簡易型。

山形ロボ本体に乗らずとも、かなりの負荷を再現できる。


対Gスーツを着込む手間も省ける。


楽。


ただし。


一度も勝ったことはない。


「まー、ふつうそうですよね。まだ一か月だもんね、私。勝てる方がおかしい」


そのとき。

向こうから橘が歩いてくる。


午前中は山寺へ行っていたらしい。

観光かね?良きかな。


「片桐さん、私と試合いませんか?」


爽やかな笑顔。


メガネのブリッジを敢えて押し上げて、

一葉は即答。


「ぜひ!私、強いですよ?」



彼女は知っている。

実戦経験は、明らかに自分のほうが多い。

負ける気は、なかった。


「ハコ子もいるしね!」


>話を聞いてくれない一葉は嫌いです。


「ごめんなさい、あとでゆっくり聞く!」


>知りません。もう言いません。


「あ、ごめんて!あ、橘さんOKです!」


――


戦域展開。


仮想都市。


カウントダウン。


開始。


一瞬。


橘の機体が消えたように見えた。


次の瞬間。


=You lose=


「何だいまの!?動きがコマ送りだった!やべぇ!」


>今のはシミュレーターのバグを使った技ですね。

>実戦では操縦者は対G用MPCFの発生が間に合わず、ジャムになります。


「やば!ジャム怖!

おし、動きは理解した!橘さん、再戦!」


――


開始。


一瞬の静止。


=You lose=


「あれ?今タイミング合わせたよ!?なんで?」


――


=You lose=


「もう一回!」


――


=You lose=


「もう一回!」


――


=You lose=


「……すみませんでした。私が調子乗ってました。ごめんなさい。許してください」


コックピット内で正座。


橘の声は落ち着いている。


「片桐さん」


>一葉、橘は毎回動きのタイミング変えてる。気が付かなかった?


「あー!そういうことか!」


ログを巻き戻す。


確かに。


0.02秒。


0.05秒。


0.01秒。


毎回、ズレている。


バグ技ではない。


橘が一葉の“認知”を操っている。


「……どっちにしろ私には勝てないや。完敗!」


橘は静かに言う。


「いえ」


一葉が顔を上げる。


「これは“実戦”ではありませんから」


沈黙。


ハコ子が、何気ない調子で小さなログをモニターに表示する。


>実戦適性:片桐 > 橘

>シミュレーション適性:橘 > 片桐


数字は淡々としている。


感情はない。

だが、そこにある事実は重い。

橘はモニターを見たまま言う。


「あなたは、殺意を向けられた瞬間、前に出る」


一葉の指が、コンソール上で止まる。

ほんの一拍。


「それは武器ですが、弱点でもある」


「?」


振り向く一葉。

橘は視線を外さない。


「私は、殺意を向けられたら一歩引きます」


言い訳ではない。

自慢でもない。

ただの性質の違い。


「引くことで、全体を見る。

生存率は上がる」


一葉はしばらく考える。

それから、ゆっくり笑う。


「私、殺意とか、わかりませんよ?」


本気で言っている顔だ。

橘が、わずかに困った表情になる。


「……向けられているのに?」


「え?」


本当に分かっていない。

一葉は肩をすくめる。


「怖いなーとか、帰りたいなーとかは思いますけど。

殺意?うーん、たぶん考えてる余裕ないです」


ハコ子が小さく補足する。


>一葉は脅威判定を“自分”ではなく“周囲”基準で処理します。


>自己保存より他者保存が優先されています。


「勝手に診断しないで」


橘は小さく息を吐く。


「だから、前に出る」


一葉は首を傾げる。


「だって、誰かが後ろにいるなら、前に出るでしょ?」


それは理屈ではなかった。

選択でもない。

習性に近い。


仮想空間が、ふっと消える。

全天周モニターが黒に戻る。


振動が止む。

静かなドック。


巨大な山形ロボの影が、鉄骨の上に落ちている。

橘はその影を見る。


一葉は伸びをする。


「まー、でもシミュレーションでは勝てないんですけどね!」


あっけらかん。

橘は、ようやく少し笑った。


「だから実戦で前に出るのですか?」


「え?それは違いますよ?」


一葉は首を振る。


「怖いからです」


その答えに、橘は言葉を失う。

怖いから、前に出る。

逃げたいから、守る。

理屈では説明できない構造。


静かなドック。


冷却ファンの低い音だけが響いている。


橘は理解する。

これは技術の問題ではない。

構造の問題だ。


そして。


彼女は、自分のそれを理解していない。

一葉は立ち上がる。


「よし!勝てないなら、盗む!」


橘が片眉を上げる。


「盗む?」


「橘さんの間の取り方。全部盗む!」


ハコ子がため息。


>さっきの話、まだです。


「あとで!」


橘はその背を見送りながら、小さく呟く。


「……面白い」


---



帰り際。


観測班の女性――槌谷だったか。


彼女が無言でデータ端末を差し出した。


「橘さん、一生懸命こそこそしてましたよね」


悪意はない。


むしろ、少し面白がっている目。


「隠してはいませんけど。

片桐先輩のこと、知りたいんでしょ?」


橘は否定しない。


槌谷は続ける。


「これ、一番“先輩”してる記録です」


データ名。


――2026年4月27日(月) 白川ダム戦


――


ホテル。


軽いシャワー。


駅前の居酒屋。

期待せずに入ったが、料理の質が異常だった。

1000円飲み放題。

別途金額で地酒。

山形牛カレー。


「……当たりだな」


開拓欲が消える。

満足した身体でホテルに戻る。


端末起動。


データを開く。


映像は粗い。

複数モニターの合成。


「1999年式のコックピット……」


敵怪異。

灰色の単眼の巨人。

知名度は高くないが、信者を持つタイプ。


まず、間合いを詰められる。


速い。


右手でガード。


表示――右腕損傷。


だが。


橘の眉が寄る。


「……おかしい」


シミュレーターでは、彼女はこの速度に反応できなかった。

まして、操作性と視界の悪い旧式のコックピット。


映像内の声。


>……!……!……!

>――ただの怪異程度では、傷つけるのは不可能なはずです!


>よくそれ、スラスラ出てくるね!!

>こっちは、さっぱりだよ!!


会話しながら、殴っている。

違和感がない。


だが、カウンターで左腕も損傷。


>……現実の法則が、ねじ曲げられてます!


>――そうですか!


ボディブロー。

因果凍結兵装、起動。

セオリー通り。

橘も同じモーションを選ぶ。


だが。


起動前に右腕に攻撃、半壊。

後退。

映像が揺れる。


>……ヤバいね


巨人が首を傾ける。

その瞬間。

なぜか。

山形ロボが前に出る。

橘の手が止まる。


>怖い。帰りたい。


――ドン。


激突。


ノイズ。


警告。


コクピット甚大損傷。


普通なら即死。


>――っ!!嫌だ!嫌だ!帰る!死にたくない!死?嫌だ!!


絶叫。


>お母さん!陽葵!ごめん!ごめん!!


橘の喉が乾く。


だが。


山形ロボは止まらない。

右腕の因果凍結を継続。


さらに。


左腕も起動。


「……馬鹿な」


両腕同時起動。

負荷は倍。


コックピット外殻が恐らく破損している現在、

炉の暴走で自爆の危険性もある。


断続的な破裂音から、

コクピット内部は既に限界。


>今、自分が逃げたら――

>街が、人が、誰かが傷つく!


呼吸が乱れる。

だが。


>――いま!


>――ダブルで、くらえ!!


閃光。


両腕因果凍結。


敵、崩壊。


映像終了。


ホテルの部屋は静まり返る。


橘は、しばらく動かなかった。


彼は理解する。

シミュレーターでの彼女は、読みやすい。


癖もある。

技術は未熟。


だが。


実戦では違う。

彼女は“恐怖を抱えたまま前に出る”。

理性で計算していない。

逃げたいと叫びながら、前に出る。

橘は小さく呟く。


「……これか」


整備班が彼女を“守る対象”ではなく“仲間”と呼ぶ理由。

観測班が“先輩”と呼ぶ理由。

非合法部隊が“お姫様”と笑う理由。


あれは弱さではない。


共有された覚悟だ。

橘はゆっくりと端末を閉じる。


神殺し。


浮雲。


そして、片桐一葉。


彼女は兵器ではない。

“守るもの”だ。


だから。


彼女は組織の歯車ではない。

山形の防衛組織が人として戦うための矜持、

その希望なのだ。


橘の目が細くなる。


「……守る側か」


彼は、缶ビールの蓋をあけ喉に流し込む。

いつも買うお気に入りの銘柄が、

やけに旨かった。

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