152 2026年5月20日(水)_02 美しき数式と秘密会議
文翔館地下、指令室。
大型モニターには戦域マップではなく、
今は予算執行一覧が並んでいる。
カタカタ、と軽快なキーボード音。
一葉の隣には、総務・会計担当の斎藤智也。
役職的には上長だ。
本来の一葉の肩書きは
「会計補佐・特殊車両運用担当」。
パイロットは副業みたいなものだ。
だから。
トレーニングやシミュレーションの合間は、
こうして書類と戦っている時間のほうが長い。
「斎藤さん、この備品更新費、
項目統合したほうがきれいに収まりますよね?」
「……片桐さん、あなた数字を“きれい”って言うのやめてもらっていいですか?」
「えー、だって見てくださいよ、この並び。
繰越と補正の対称性。美しくないですか?」
一葉の目が輝く。
そこへ、ひょこっと小型モニターにハコ子が表示される。
>一葉、しゃべる猫がいたよ!転生したんだって!
「あー、はいはい。今期アニメね。あとで聞くよー。
イヒヒ……AI活用するとさらにマクロが美しくなる……たまらん」
斎藤が止まる。
「片桐さん、いま笑い方ちょっと危なかったですよ」
>一葉、本当だって!
「知ってるー。中身おじさんだから。
たぶん頭ちょっと薄いから。だがそれがいい!」
>違うの一葉!こっち見てー!
「んー、いまゾーン入りかけてるの。
最高にハイってやつなの。わかって?」
ターン!
エンターキーが、強く叩かれる。
「ああ……!美しい……!
予算が、整う!
うまく、数字が、並ぶ!」
モニター上で、赤字が消える。
収支差額ゼロ。
斎藤が小さく拍手する。
「……あなた、経理のほうが向いてるのでは?」
>しらない!もう教えてあげない!
ハコ子はぷい、と別端末へ移動する。
観測班の席から、くすっと笑いが漏れる。
「いつものですね」
「猫より予算」
「平和だな」
誰も気にしない。
だが。
ハコ子のログは、通常と違う速度でスクロールしている。
>異世界存在確率:72%
>未登録霊子反応:民間ネットワーク内
>発信源:山形市内、住宅区域
ハコ子は小さく呟く。
>一葉、あとで絶対言うからね
一方。
一葉は満足げに椅子に寄りかかる。
「はぁ……整った」
戦場とは違う達成感。顔が上気している。
斎藤が資料をまとめながら言う。
「片桐さん」
「はい?」
「あなた、戦闘と会計、どっちが好きですか?」
一葉は少し考えてから答える。
「……会計は誰も傷つかないから好きです」
「もう、山形ロボ降りて、私とロボの予算のやり繰りで数字と闘いませんか?」
「ヤです」
地下深く。
地下50メートルのドックでは、
戦闘の負荷や、浸水、塩害などの最終チェックが終わった山形ロボが、
静かに組みあがってゆく。
そして。
民間ネットワークの片隅で、
異世界騎士団長(子猫)が、
“ヒヒイロカネ 山形”と検索していた。
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とある国。
とある地下会議室。
窓はない。
厚い防音壁。
卓上の国旗は伏せられている。
参謀総長と、
“非人間的脅威対策委員会”――<カヴェウー>委員長。
それぞれ部下を伴い、秘密裏の会談が行われていた。
参謀総長が机を叩く。
「なぜ国土防衛人型兵器を戦線に投入できない!」
怒号が反響する。
委員長は微動だにしない。
「太古よりの協定だ。
対怪異装備の一切は、人類同士の戦いに用いてはならない」
参謀総長が身を乗り出す。
「前線の惨状が見えんのか! このままでは我が方の被害が止まらず、戦線は崩壊を免れん。ここで食い止めねば、待っているのは壊滅的な敗北のみだ。直ちにあの機体を送れ! これは要請ではない、命令だ!」
委員長の声は冷たい。
「なら敗北すればよい。問題はない」
室内の空気が凍る。
「祖国の兵が血を流しているのだ!
我々はまた歴史に敗者として刻まれるのか?
勝利は総意だ!
なぜ貴様らの金食い虫をこちらに回さない!」
委員長は目を細める。
「メンツで済むなら安い。
さっさと外交で片をつけろ。
愛国心ある同胞が無駄死にせずに済む」
参謀総長の顔が歪む。
「民族の裏切り者め!」
ホルスターから銃が抜かれる。
部下も続く。
<カヴェウー>側は会議前に武装解除済み。
冷たい銃口が委員長に一斉に向く。
これ以上は交渉ではない。
銃口による“強要”。
――のはずだった。
参謀総長の額に、赤い光点が灯る。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
増える。
部下の胸元にも。
静かな殺意。
いくつかの光点は、委員長側にも向けられている。
だが、その射線の延長線上にあるのは――
参謀総長の心臓。
「……いつの間に……」
銃を持つ手が震える。
「お前は自分の命は惜しくないのか?」
委員長は静かに言う。
「私ごとき、予備は補充できる。
だが、参謀総長閣下。……わが友よ。
お前の代わりは、この広大な祖国を探してもそうはいないのだ。
私は見続けてきた。
お前がその階級章を掴み取るまで、どれほどの泥を啜り、どれほどの同胞の死を背負ってここまで昇り詰めたかを。
その才を、こんな場所で終わらせてはならん。
私に撃たせるな。友として言っている」
沈黙。
ゆっくりと銃が下ろされる。
「……どうしても、国土防衛人型兵器の投入は不可能なのか?」
「お前は≪会議室≫を知っているな?」
参謀総長の顔色が変わる。
「投入した瞬間、世界中が敵に回る。
地図からこの国が物理的に消える。大陸の地形が変わるのだ」
「馬鹿な。秘密結社ごときが何を――」
委員長はタブレットを机に滑らせる。
「先日、日本で記録された“神殺し”の映像だ」
再生。
太平洋。
海面が歪む。
蜘蛛。
蜥蜴。
巨人。
一機――いや、撮影機含め二機。
日本所属機。
部下の一人が、映像を見ただけで嘔吐する。
神気の残滓。
圧。
理屈ではない恐怖。
次の瞬間。
日本機が突撃する。
自国の陸、海、空、全軍の砲火を上回る面制圧。
回避。
完全回避。
つまり。
彼ら国の全防衛網は通用しない。
衛星軌道からの狙撃すら無意味だと直感する。
そして。
暴力的現象の根源へ、直接攻撃。
映像はそこで途切れる。
会議室が静まり返る。
「……これが神殺しか」
委員長は頷く。
「そう、移動速度はマッハ40。これクラスが世界に少なく見積もってもあと十機存在する」
ゆっくりと続ける。
「繰り返す。
我々は君たちの戦争に協力しない」
気づけば。
光点は消えていた。
手の震えだけが残る。
参謀総長は椅子に深く沈む。
「……世界は、今、どうなっているのだ」
委員長は答えない。
ただ一言。
「戦争中だ。邪神共とな」




