151 2026年5月20日(水)_01 Mの遺産
深夜。
山形市駅前のホテル。
窓の外、終電後の静かなロータリー。
濡れたアスファルトにネオンが滲む。
橘陽介は、ノートPCに向かっていた。
淡々と、報告を打ち込む。
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浮雲平輔の操縦スキルは、
恐らく現行世界水準でもS級を維持。
私の操縦における細かなフェイントは、すべて看破された。
五回、癖を変えて挑戦。
全敗。
最後は制限を外し、本来の実力で対峙したが、やはり届かず。
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一度、手が止まる。
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浮雲平輔が「実戦では勝てない」と断言した片桐一葉。
彼女の操縦技術に、理論上の整合性はまだ確認できない。
だが。
実戦評価は別枠である可能性が高い。
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橘は、キーボードを打つ音を少し弱める。
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基地内部の人間関係について。
通常、パイロットと整備班は表向きは友好的である。
だが、実際は確執が生じる。
機体の損耗。
出撃判断。
命令系統。
どこかで摩擦が起きる。
私自身も、陰で何か言われている兆候は感じている。
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一拍。
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しかし。
片桐一葉には、それが存在しない。
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カーソルが点滅する。
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整備主任・早川真の実子であることを差し引いても。
むしろ血縁は、通常、足枷になる。
贔屓。
反発。
忖度。
だが、山形ではそれが逆転している。
整備班は彼女を“守る対象”ではなく、“仲間”として扱う。
これは異常。
観測班は「愛すべき先輩」と評す。
警備班。
対怪異実働部隊。
非合法任務に従事する班ですら、
「おっちょこちょいのお姫様」
という評価。
蔑称ではない。
愛称だ。
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橘は眉間に指を当てる。
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恐るべきことに、彼女の本来の登録はパイロットではない。
経理・事務。
適性検査の記録も、特筆すべき数値は見当たらない。
片桐一葉。
記録通りの人物なのか。
それとも。
記録が、追いついていないのか。
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橘は、ゆっくりとモニターを閉じた。
ぱたん。
部屋が静かになる。
窓の外。
駅前の光。
そして、彼が山形に来たもう一つの目的を思い出す。
「ミゲルの遺産」
《会議室》では、こう呼ばれていた。
“The M-CUBE”
千々石ミゲルが残した、山形にあると言う最後の遺産。
正式な資料は、ほぼ失われている。
江戸期の禁書整理。
明治の焼却。
戦時中の空襲。
だが、断片は残った
それは輝くトラペゾヘドロンの失敗した模造品。
本来、トラペゾヘドロンは“門”
位相を捻じ曲げ、異界と接続する。
だがミゲルは、そこから一歩退いた。
召喚ではなく、逆位相。
接続ではなく、放射。
次元のクラインの壺。
内側を『外』とし、外側を『内』とすし、
“光を全方位に放射し、邪神という「影」を払う”。
影を呼ぶのではない。
影を消す。
橘は小さく呟く。
「山形ロボはフェイクか……それとも鍵か」
窓に映る自分の顔。
わずかに、緊張が滲む。
“神殺し” 片桐一葉。
“英雄” 浮雲平輔。
“ミゲルの遺産” M-CUBE。
すべてが、同じ場所に、
山形に集まっている。
偶然とは思えない。
遠くで救急車のサイレンが鳴る。
橘はカーテンを閉めた。
「見極める」
それが、彼の役目だ。




