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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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149 2026年5月19日(火)_04 作業報告

「え?え?え?え?え? まじすか?いやこれはあかんて?しんでまうて?高級じゃないすか?ここ?」


一葉の脳が停止しかけていた。


石原が申し訳なさそうに咳払いする。


「いやぁ……この辺ラーメン激戦区だしなぁ。並ぶと午後の知事面談に響く可能性がある。

ラーメンは今度ちゃんとご馳走する。今日は県庁の食堂だ。

……ちょっと良くないんだが、無理やり予約していた。各方面、根回ししてな。絶対に真似するなよ?」


若林が即座に釘を刺す。


「私たち、一階の“ふつう”のほうで良かったんですよ?念のためです。私は自腹で良いですし」


児島が小さく息を吸う。


「石原さん、私の為に……」


若林が横から、静かに割って入る。


「児島さん?裕子?落ち着きなさい、裕子。

いま私たち何歳?覚えてる?記憶にある?五十三。ごじゅうさんさい。OK?半世紀よ?

息子もいるの。いい?息子」


一葉が壊れきれなかったのは、

横で完全に壊れかけている人がいたからだ。


児島である。


――


ここは県庁食堂。


ただし、最上階。


通称「レストラン16」。


山形市内を一望できる展望レストラン。


一階の“ふつう”の食堂。

レトロランチが人気の“議会サロン”。


そしてここ。


山形県産素材をふんだんに使った洋食が魅力の最上階。


パスタはもちろん、

山形牛ロースステーキ、

季節のビーフシチューなどなど。


しかも、意外とリーズナブル。


一葉は、申し訳なさそうに若林へ耳打ちする。


「私が地雷踏んじゃったから……」


若林がウィンクする。


「いいのよ。四半世紀熟成された憧れが暴走してるだけ。

裕子、最近ギリギリだったの。

この密度の出撃頻度は前代未聞。世界でも類を見ない。

そのうえ昔憧れてた司令官の真似をしすぎて、感情まで暴走しただけ。ね? ゆ・う・こ?」


児島が一拍遅れて戻る。


「ふぁ?え?ええ。そうなのよ。大丈夫、片桐さんは気にしなくていいわ」


若林はにっこり。


「そうよ?ぜったいに、妻帯者の石原さんをいまさら狙うなんてしない。わ・よ・ね?」


児島は即答。


「当然よ。パートナーがいる状態で愛でるのが良いのよ」


若林が小声で一葉へ。


「……ごめんね?この子、仕事だけは完璧だから、そこは安心して」


「……はい。忘れます、すべて」


「あんたいい子ね。知ってたけど」


――


結局。


石原が、何も言わずに全員分を支払った。


特製ビーフシチュー。


濃厚。やわらかい。優勝。


窓の外。

山形の街は、穏やかだった。

雨さえなければ、遠く月山まで見渡せる。


一葉は心の中で思う。


こんど、家族で来よう。


---



「……以上が、今回の日本海溝引き揚げ作業の全容です。

想定外の事象も発生しましたが、東北六機、全機の引き上げを完了しました」


児島が、厚みのある報告書の要点を淡々とまとめる。


会議室。


知事のほかに、

たまたま都合がついた右堂山形市長、

木下副市長も同席している。


場の空気は静かだが、軽くはない。


知事が資料を閉じる。


「まずは、お疲れ様でした。そして、ありがとう」


その視線が、“資料管理室”の面々を順に見回す。


そして。


「……片桐さん」


一葉の背筋が伸びる。


「事情は聞いています。本来は、経理不足の補填として“志のある有望な職員を回してほしい”というのが、資料管理室側の希望だった」


会議室に微かな苦笑が走る。


「それが、なし崩し的とはいえ、都道府県防衛ロボの操縦者を任せることになってしまった」


知事は一葉を見る。


「前回の会議は公務で出席できませんでしたが、中央の議員が失礼なことを言ったそうですね。心から謝罪します」


一葉は慌てて手を振る。


「いえいえ!大丈夫です!ちょっと同期率は上がりましたけど元気です!お昼も食べましたし!」


若林が小さく息を吐く。


知事は微笑する。


「同期率の件も、“鎮守”側にかなり作業記録を融通していると聞いています。

表側からも協力を打診します。

職員の安全を守るのも、私の仕事です。現状は後手に回っているのが事実ですが」


右堂市長が続ける。


「山形市としても、“文翔館”は市役所の目の前にある。バックアップしやすい環境だ。

何かあった場合、表立っては難しいが、山形市は全面的に山形県総務部付属資料管理室に協力する」


木下副市長が無言で頷く。


そのとき。


右堂市長の足元。


革製の大きな鞄。


中に、分厚い本が見える。


古い装丁。

行政資料にしては異質。

サセックス稿本。

ネクロノミコン・ラテン語版の誤訳写本。

先日、邪神の傀儡となった市民を“物理的に”正気へ引き戻した書。


誤訳とはいえ、その魔導の力は侮れない――若林はそう言っていた。


一葉は、静かに息を吸う。


知事が、最後に言う。


「片桐さん」


「はい」


「あなたは山形県の職員です。そして、守られる側でもあります。忘れないでください」


右堂市長が続ける。


「そして、山形市民でもある」


一葉は、小さく頷く。


会議室の窓の外。


山形の空は、雨。

静かな、細い雨。


だがその地下に。

箱型の巨人が眠っている。


一葉は胸の小さな布袋をそっと触る。


期待されている。

だから、無茶はしない。


でも。


無理は、するかもしれない。


だから――


甘えるところは、甘える。

そう決める。


「はい!」


その声は、以前よりずっと安定していた。



---



文翔館地下ドック。


四基あるシミュレーターのうち、

二基が起動している。


ひとつは現行仕様。

全天周囲モニター、霊子補助演算付き。

現在の標準。


そしてもう一機。


明らかに異質。


旧式コクピットの余剰パーツを寄せ集めて組まれた、

浮雲専用シミュレーター。


むき出しのフレーム。

補修痕の残る装甲。

配線が完全に隠しきれていない。


橘が静かに言う。


「浮雲さん。前大戦の英雄、伝説のパイロット。

そんな方とお手合わせできるとは光栄です」


浮雲は苦笑する。


「俺はただの、二十七年前で時間が止まってるロートルだよ。

スマホすらうまく使えやしない。

だからな、一葉――いや、片桐を鍛えるのに、わざわざ旧式を模したシミュレーターを組んでもらってる」


確かに。


全天周囲ではない。

狭いCRTモニターが並び、

視界は分断されている。


無理やり人が入り込む方式。


橘は、改めて周囲を見渡す。


「これで……戦っていたんですか?」


浮雲は肩をすくめる。


「ん?これか?

俺だけじゃないぞ。

一葉も最初の三回は、これで戦っていた」


橘の視線が、わずかに動く。


「三回……」


「近代化前でな。

とりあえず“動けばいい”。

そんな状況だったんだ」


沈黙。


浮雲が旧式コクピットに乗り込む。


狭い。


身体を滑り込ませると、

ぎしり、と金属が鳴る。


装甲の内側に染みついた、

油と焦げた匂い。


「まぁ、時間も惜しい。軽くお手合わせお願いするよ」


橘は現行型へ歩く。


動きに無駄がない。


ただ、乗り込む前に、

一瞬だけ旧式の内部を見つめる。


「……補助演算なし。

慣性予測なし。

霊子安定化フィールド、手動制御」


小さく呟く。


「人が、人のまま戦う設計だ」


浮雲が笑う。


「そうだ。

だから、死にかける」


---


シミュレーションが起動する。


振動は優しい。

映像と、座席下のジャッキによる傾斜で簡易的にGを再現する。


実戦でも、コクピット周辺は

MPCF――多層位相制御フィールドの転用技術で

過度なGは相殺される。


仮想戦域、都市上空。


ビル群には最新型の「局所位相固定」が展開され、

破壊されない設定だ。


浮雲が、ぽつりと呟く。


「便利になったな……1999年にこれがあれば、もっと戦死者は減った」


ヴァーチャル上の愛機。


山形ロボ 1999年仕様。


挙動確認。


関節の遊び。

出力の立ち上がりの鈍さ。

モーションの微妙な癖。


すべて再現されている。


2026年仕様は確かに高性能だ。


だが。


1999年特有の“癖”を使った戦術は、消えていた。


だから浮雲は旧式を選ぶ。


---


上空。


紅白に青白い線を引きながら飛翔体が接近する。


クサナギ二番機〈ムラクモ〉。


都道府県防衛ロボの最終形態。

山形ロボの設計上の姉妹機。


橘の機体。


「疾い……」


山形ロボが重力制御を起動。

真空膜展開。

脚部、高速機動モードへ可変。


一気に上空へ。


橘が間合いを取る。


浮雲の声。


「速度が上がっても、操縦するのは人間だ。

脳、筋肉、操縦桿そして機体。

必ずタイムラグがある。だから――!」


脚部ハの字展開。


両腕を広げる。


スピン。


後部を巻き込まれ、クサナギが制御を失う。


地上へ逃れる。


橘が低く笑う。


「さすが英雄。ならば――これなら!」


空中変形。


人型へ。


大の字。


最大空気抵抗。


エアブレーキ。


両肘展開。


小型タービンが低いコーラス。


冷却ガス、白い霧。


「再チャージ三分後完了。ならば――左は捨てる!」


左手刀で空間を切断。


ショートカット起動。


真空膜強制展開。


本来の手順を無視したシミュレーションだけのバグ技。


パイロットへの負荷致死量。

推奨外。


因果滑走。


瞬間、音速を超え上空の山形ロボへ、

肉薄。


山形ロボ、左前腕装甲展開。


内部チャージ。

前腕が高速回転。


低く、山鳴りのような振動。


橘が吠える。


「旧式の因果凍結兵装では間に合わない!」


浮雲。


「そうかな?」


クサナギの手刀が光を帯びる。


「染井吉野・散」


一閃。


しかし。


山形ロボはさらに肉薄。


高速回転する前腕で、凍結光が及ばぬ手首を弾く。


「必殺はこう使う――月山おろし!」


腹部へ因果凍結、直撃。


仮想空間が白く弾ける。


=You lose=


場に合わないデザイン過多なフォント。


橘が呻く。


「あー!!シミュレーションだとあのバグ技、絶対引っかかるのに!」


浮雲は笑いながら機体を降りる。


「さすが首都圏防衛機のパイロットだ。

技の癖、よく掴んでいる。こちらの弱点も調べていたな」


橘が静かに問う。


「片桐さんも、シミュレーションではこのレベルを?」


浮雲は首を振る。


「いや。シミュレーションでは俺に勝ったことはない。

挙動も読みやすい」


橘の目が細くなる。


「では……太平洋の決戦で、彼女は山形ロボに乗っていなかった?」


もう一度指令室のメンバー一覧を記憶から呼び出す。


「……誰か予備操縦者が?」


「いない、俺が予備枠だ」


沈黙。


浮雲が橘を真っ直ぐ見る。


「一葉はな。無意識だが、殺意を向けられると、誰かを庇って前に出る癖がある」


橘の呼吸が止まる。


「だから」


一拍


「実戦では、多分俺は一葉に勝てない」


橘の瞳に、初めて揺らぎが走る。


英雄が、静かに断言する。




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