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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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148 2026年5月19日(火)_03 過去の亡霊

橘を指令室奥の応接スペースへ案内し、

児島が対応を引き継ぐ。


「少々お待ちください。片桐は医務室へ」


一葉は軽く会釈して医療区画へ向かった。


医務室。

簡素だが、機材は本気だ。


脳波同期測定装置。

霊子干渉計。

自律神経負荷モニター。

血中微量電位解析。


ヘッドギアを装着され、

指先とこめかみにセンサーが貼られる。


機械音が低く唸る。


しばらくして、モニターに数値が並ぶ。


阿部が画面を確認し、うなずく。


「同期率、90.2651%。

無理のない感じで下がってますね。

あの激戦の後とは思えません」


宮林も補足する。


「急激な反動低下もなし。自律系も安定しています」


一葉は、ぴょんと立ち上がり、

近くのモニターへ駆け寄る。


そこに表示されている、

簡素なアイコン。

箱型の顔。


ハコ子。


一葉は両手を上げる。


「いえーい!さがったぁ!!!」


モニター越しに小さな手のアニメーション。


>いぇーい!


今田が腕を組む。


「それはいいんだが……ハコ子? さん?

すごく流暢になってやしないか?」


阿部と宮林が、同時にモニターを見る。


確かに。

文節の切れ目。

語尾の揺れ。

以前より自然だ。


一葉は胸を張る。


「私が英才教育をしました。

ちょっと、私、母親の才能ありませんか?

ありますよね?」


今田が困った顔で阿部を見る。

阿部は宮林へ視線を送る。

宮林は、最終的にモニターのハコ子へ視線を向ける。


一拍。


>ないですね。

>一葉はダメな人です。

>ここで開示すると人生が終わるので秘匿しますが


沈黙。


一葉の笑顔が固まる。


「黙れハコ」


医療室の空気が一瞬だけ震える。


今田が眉をひそめる。


「……今の“秘匿しますが”ってフレーズ、

テンプレに入ってたか?」


宮林が操作ログを確認する。


「いえ。観測班の初期設定した標準応答群にはありません」


阿部が低く言う。


「自主学習……?」


モニターの波形が、ほんのわずかに揺れる。


>同期率低下に伴い、依存補正が解除されました。

>言語自由度を上げています。


一葉が目を細める。


「依存補正?」


今田が小さくつぶやく。


「……片桐さんが高同期のとき、

ハコ子はお前に合わせて思考を丸めてたってことか」


静かになる。


同期率90.2651%。


下がった。

喜ばしい。


だが。


それは同時に、

山形ロボと一葉の“結びつき”が

少し緩んだということ。


モニターの中で、

ハコ子が小さく瞬きをする。


>一葉。

>無理はしないでください。

>あなたが壊れると、私は存在理由を失います。


一葉は、照れ隠しのように笑う。


「はいはい。

母親は強いんですよー」


しかし。


医療モニターの端、

同期波形の奥に、

一瞬だけ別の位相が重なる。


記録は残らない。


ただ、

ハコ子のログに、

新しい未分類タグが追加される。


―― self-origin


---


児島、若林、石原、そして一葉。


四人で県庁へ向かう。


目的は二つ。


日本海溝サルベージ作戦の報告書提出。

そして知事への状況説明。


形式は行政。

中身は戦争。


三浦は当然のようにハンドルに向かおうとした。


「俺が出す」


全員が即座に止めた。


もう時速200キロは勘弁だ。


出発前。


エリザベスが一葉を優しく抱きしめる。


「You did well. Very well.」


タボはその倍の圧で抱きしめる。


「邪神討伐だぞ!?誇れ!」


呼吸が止まりかける。


十樫は黙って右手を差し出す。


握手。


力強い。

無言。

表情は読めない。


でも、たぶんいい人。


三浦は「駅で昼食をとって頂きますよ」と言い残し、ザ・ナイン達をヤリスクロスに乗せる。

また知らない車が増えてる。怖いわー。


良い声でウィンクしながら


「実はトンカツな!」


いいな!


――


公用車。


ヤリス。

“何とかカスタム一号機”。


外観は普通。

中身はたぶん普通じゃない。


三浦仕様の増設メーターはあるが、

これはオートマ。二号機がマニュアルらしい。


安心。


運転席は若林。

助手席に児島。


後部座席。

一葉と石原。


エンジン音は静か。

車内は、微妙に静か。


石原が、咳払いする。


「あのな……児島?」


児島は資料をめくりながら即答。


「石原顧問、資料は破棄が簡単なように紙ベースです」


「いや……児島?」


「石原顧問、どうしましたか?」


完全な仕事モード。


空気が薄い。


若林がドリンクホルダーのペットボトルを持ち上げる。


「ズズ……」


あえて大きめの音。


ノイズ。

救い。


ナイス。


バックミラー越しに児島を見る。


笑み。

後悔。

仕事顔。


三つが同時に存在している。


表情筋が忙しい。


あー。


不可視の地雷。

怖い。


石原が、ついに言う。


「さっきの件だ」


沈黙。


車内の空調音だけが響く。

児島は視線を前から動かさない。


「ラーメンの件ですか?ラーメンなんですね?ラーメン?」


淡々、淡々?

だんだん声が若返る。というかこっちが素か。


「いや、それもだが……」


石原の声が低くなる。


「橘だ」


車内の空気が一段冷える。

若林の手がハンドルを強く握る。

一葉は何も言わない。

石原は続ける。


「鎮守が“再評価”を言い出したのは、想定より早い」


児島が、静かに返す。


「想定通りです。あの連戦なら。都道府県協定上、戦闘ログや、秘匿レベルでない技術のオープンソース化は1999年より義務化されています」


「……想定より、だ」


車は国道13号線の下をくぐる。


雨がぱらつく。

平日の交通。

何も知らない街。


一葉は窓の外を見る。


思う。


邪神より怖いのは、

味方の“腹の探り合い”かもしれない。


---


県庁。


児島と若林、石原は、

各課を行き来して根回しを始める。


日本海溝サルベージ。

機密扱いの資料。

説明できない支出。


やることは多い。


そして一葉は、

ぽつん、とフロアに残された。


久しぶりだなぁ。


天井の蛍光灯。

床のタイル。

コピー機の音。


かつて働いていた場所。


少しだけ懐かしい。


少しだけ、苦い。


きょろきょろしていた、そのとき。


聞き覚えのある、

ねっとりとした声。


「あら、片桐さん。よく帰ってこれたわね?この建物へ」


心臓が、ぎゅっと縮む。


振り返る。


武藤。


前の部署の先輩。

異動願いを“問題アリ”としてもみ消した人。


なぜか、身体が小さくなる。


呼吸が浅くなる。

背中の汗が冷える。

昔のデスクの位置を無意識に探してしまう。


眼鏡のフレームを触る。

それが、唯一の防具みたいに。


「あ、いえ、今日は付き添いで……」


「付き添い?あれでしょ?荷物持ちかしら?

あなたみたいな表計算しかできない?協調性のない?気遣いできない?何が出来るの?」


言葉が刺さる。


「あ、熊、投げれるんでしたっけ?そういった部署なら喜ばれるんじゃないかしら?本当に投げられるなーらーね?」


空気が、薄い。


「いえ、あの……わ、わたしは……」


言葉がうまく出ない。


「いいわねぇ、暇な部署は。

文翔館の窓際部署でしたっけ?

なんとかって、聞いた事も無い部署。

貴女にはお似合いね?

しかも、ふらふらして、お給料泥棒なの?

いくらもらってるのかしら?

どうせ大した給料じゃないでしょ?」


逃げ場を失い、つい答えてしまう。


「いえ、その……37万……」


口が思考から切り離され、相手に誘導される。


「はぁ!?

なんであんたみたいなのが私より高給取りなのよ!

おかしいわ!

ちょっと不正ね!

課長ぉー!課長ぉー!」


周囲の視線が刺さる。


広い世界に、

一人ぼっち。


そのとき。


凛とした声がフロアに響いた。


「ウチの片桐が何か失礼を致しましたか?」


児島。


だが、それは事務用の声ではない。


戦場の声だ。


武藤が振り返る。


「あ、あんた、誰よ」


「総務部付属資料管理室、室長の児島です」


武藤の背後に、

音もなく若林。

小柄な身体を生かして死角をキープする。


笑っていない。


「室長補佐の若林です。

うちの“仲間”が何か?

おしゃべりでしたら、私がお相手いたしますよ?

“総務部 行政経営課 主幹 武藤恵子”さん?」


名前を、正確に。


低く。


石原が、さらに一歩。


「顧問の石原だ。

片桐さんはなぁ、うちの大事な“エース”なんだよ。

ちょっと無視できないなぁ」


武藤の顔色が変わる。


「なによ!

付属資料管理室?

知らない部署ね……いったい何なのよ!

課長ぉ!」


汗を拭きながら現れる課長。


石原が、意地悪く笑う。


「よぉ、山科“主査”。

いまは課長さんかい?」


山科の顔が凍る。


「あ、山形警察署の石原署長!」


武藤が目を見開く。


「署長!?え?警察?」


「今は同業さ。

“総務部付属資料管理室”の顧問」


山科は、すぐに理解した。


「武藤君。この方々に失礼なこと、してないよね?」


武藤がしどろもどろになる。


「い、いや、片桐さんがぁ、わたしぃ、この人たちが勝手にぃ」


「言い訳はいい!

君の越権行為は前からどうかと思っていたが、

今回は見逃せない。

部長室に来てもらう」


若林が、武藤の耳元でそっと囁く。


「“正直に言うのよ”」


言霊で、ほんの少しだけ行動を縛る。


武藤は蒼白になり、

山科に連れられていく。


フロアのざわめきが、ゆっくり戻る。


一葉は、

胸元の小さな布袋に触れる。


指先に、わずかな温度。


足の震えが止まる。


呼吸が整う。


目に、力が戻る。


「武藤さん!」


振り返る武藤。


「な、なによ……!」


一葉は、まっすぐに言う。


「困ったら、言ってください。

私、ちゃんと」


武藤の目の奥、小さく揺れる怯え。


一葉はそれに対して宣言する。


「あなたを守ります」


一瞬、全員が止まる。


武藤の顔が歪む。

怒りでも、屈辱でもない。


“理解を拒む顔”。


脳が、別の解釈を探している。


――馬鹿にしている。

――皮肉だ。

――上から目線だ。


そうでなければ、自分の世界が、プライドが壊れる。


「なんなのよ、あんた!偉そうに!」


「武藤君、早く!」


「はいっ!すみませんっ!」


武藤は去っていく。


ほんの一瞬だけ、


武藤の目の奥に、細い揺らぎが走った。


怒りでもない。

屈辱でもない。


もっと原始的なもの。


恐れ。


自分より下だと思っていた存在が、

自分を守る、と言った。


守る?


理解が追いつかない。


それは、

「あなたは敵ではない」と

告げられたのと同じだった。


敵であれば、殴れる。

下であれば、押さえつけられる。

理屈も立つ。立場も守れる。


でも――


守られる側に置かれる。


その瞬間、

自分が立っていた高さが、消える。


支配の構図が、裏返る。


胸の奥で、何かがきしむ。


遠い記憶が、ふと浮かびかける。


若い頃。

まだ名前も通らず、

資料を抱えて廊下を走っていた頃。


会議室の前で、

厳しい声に立ち尽くしたあの日。


「あなたはまだ足りない」

「甘い」

「役に立たない」


その言葉を浴びながら、

必死に歯を食いしばった自分。


あのとき、思ったはずだ。


いつか上に立てば、

言われた分だけ、言い返せる。


耐えたのだから。

傷ついたのだから。

被害者だったのだから。


なら――


自分だって、同じようにしていいはずだ。


誰も、文句は言えないはずだ。


なのに。


目の前の少女は、

怒りも嘲りもなく、

ただ真っ直ぐに言った。


「守ります」


その言葉が、その目が、

過去の自分にまで届きそうになった。

憧れて、眩しかったあの目。


武藤は、無意識にそれを拒んだ。


それ以上、踏み込まれたら困る。


自分が築いてきた理屈が、

音を立てて崩れるから。


「私だって、私だって、私だって……」


声が少しだけ、震えていた。


静寂。


児島が、一葉を見る。


さっきまでの戦場の顔ではなく、

静かな顔。


「片桐さん」


「はい」


「よく言った!」


若林が小さく笑う。


「エースなんだから、堂々としてなさい!」


石原は肩をぽんと叩く。


「おじょう、いや、片桐さん、強くなったな」


一葉は、

ほんの少しだけ泣きそうになりながら、

笑った。




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