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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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140 【昭和編】1960年3月28日(月) 100年後の勇者へ

1960年3月28日午後10時32分。


まだ冷える格納庫の奥で、四人の男が一枚の金属板を囲んで立っていた。


息が白く留まる。


山本慶次郎二等陸佐。

地域防衛用構造物 試作一号機の運用責任部長。


警備責任者の石原幸一郎警視。

開発責任者の木村辰雄博士。

そして操縦者に選ばれた山田三郎一等陸士。


彼らの前には、蒼とも紅ともつかぬ光を湛えた一枚の板金があった。

天然ヒヒイロカネ。


光の加減で色が揺らぐ。

見る角度によって、海の底のようにも、燃える炉の奥のようにも見える。


その背後には、黒々とした巨大な箱。


「地域防衛用構造物 試作一号機」。


まだ無骨な外観のまま、静かにそこに在った。


職員はすでに帰宅させている。

長期にわたる過酷な開発の労をねぎらうため――という名目で。


だが本当は、人払いだった。


どこに邪神の眷属が紛れ込むかわからない。

怪異は、記録にも、視線にも、影にも潜む。


山本はその巨体を一瞥し、低く言った。


「博士、確認します。これが……例の天然個体ですか。」


木村辰雄博士は、白い息を吐きながら頷く。


政府の研究機関が提供した人工ヒヒイロカネ系構造材とは別に、

極めて稀に金脈に紛れて存在する金属がある。


粒状の金を含有し、霊子を局所保持可能な微弱因果模倣結晶構造を持つ金属。


言い換えれば、微弱な因果層を形成する金属。


世界各地の伝承に名を残す精神感応金属。

ヒヒイロカネ。

オリハルコン。

アダマンチウム。

ミスリル。


主たる元素は違えど、結晶配列が旧神の五芒星を螺旋状に描くという共通性を持つ。


天然のものは、不純物を多く含む。

その不純物が、逆に複雑で精密な因果層を構築する。


人工も天然も、基本特性は変わらない。


・特定元素配置で霊子保持

・意思密度で物性変化

・信仰蓄積で指数強化


木村は、手元の紙束に目を落とした。


「日本では古くから、百年を過ぎた物には霊が宿ると言います。しかし……」


言葉が途切れる。


山本は無言で紙束を奪い、近くのドラム缶へ放り込んだ。

暖を取るために焚かれた火が、ぱちりと弾ける。


木村、石原も、山田も、それに続く。


研究記録の焼却。


「博士。それがヒヒイロカネ系構造材にも当てはまるとは、想定外でした。」


山本の声は低い。


「百年間、人の願いを浴びたこの金属が、いわゆる“神化”を起こし、別の“モノ”になるとは。」


木村は板金を見つめたまま答える。


「しかも、その変化は周囲のヒヒイロカネすべてに波及します。人工、天然を問わず。鍵になるのは純度と……観測され、記憶に残りやすい形。」


山本は背後の巨体を見上げる。


「そのための箱型か。」


無機質な立方体。


個性はない。

だが、忘れられない。


「ああ。強く記憶に残る。単純で、明確で、象徴的だ。」


石原幸一郎は、手帳をそっと閉じた。

そこには、生まれたばかりの孫、修の写真が挟まれている。


未来。


それが、彼等の動機だった。


「地域防衛用構造物の建造は、邪神や怪異に察知されている可能性が高い。捜査は続けていますが……痕跡を追うのは難しいでしょう。」


山田三郎は静かに言った。


「ならば、我らにできるのは次代に願いを託すのみ。」


沈黙。


四人は視線を交わす。


そして、天然ヒヒイロカネの板金に、人工ヒヒイロカネ製の硬度特化針を当てた。


金属同士が触れた瞬間、微かな共鳴音が響く。


キィン、と澄んだ音。


木村が息を呑む。


「……反応している。」


山本は迷わない。


針を押し当て、ゆっくりと刻む。


文字。


祈り。


呪いではない。


願い。


この箱が、百年後に神化するならば。

それは怪異の神ではなく、人の神であれ。


信仰が積もるなら。

恐怖ではなく、守られたという記憶であれ。


蒼とも紅ともつかぬ板金に、文字が刻まれていく。


炎の揺らぎが、その表面を照らす。


箱の巨体は、ただ静かに佇んでいた。


まだ、ただの構造物。


だが四人は知っている。


百年後。


それは“別のモノ”になる。


その時、これを読む者がいるかどうかはわからない。


それでも刻む。


願いは、霊子となる。


観測されれば、因果となる。


そして因果は、いつか世界を支える柱になる。


誰にも知られぬまま、

人の願いが刻み込まれた。


---


天然ヒヒイロカネの板に、最後の一文字が刻まれたとき、格納庫の空気はひどく静まり返っていた。


山本は針を離し、刻まれた文字を黙って読み返す。


そこに刻まれていたのは、命令でも設計思想でもない。


祈りだった。


---------------------------------------


――百年後、この箱を託され、運用する勇気ある者へ。


この箱は、人々の願いを束ね、想いを受け継ぐための器である。


どうか、邪悪なるものより無垢なる民を守る盾として在れ。


百年にわたり願いを受け止めたこの箱は、やがて神の資格を帯びる金属の板――


超板金へと至るであろう。


ならば我らの願いはただ一つ。この箱が正しく用いられること。


そのことを、切に託す。勇者よ。


1960年3月28日

山本

石原

木村

山田


---------------------------------------


四人の名は、無機質な金属の上に、深く刻み込まれていた。


炎の揺らぎが、その文字を照らす。


蒼とも紅ともつかぬ板は、わずかに脈打つように光を返した。


木村が息を呑む。


「……霊子共鳴が始まっている。」


それは錯覚かもしれない。だが、確かに何かが応えた。


板はその後、地域防衛用構造物 試作一号機の中枢へと運ばれた。


将来、大型の炉が開発された時に備え、構造にはかなりの余裕が持たされている。

その中心部、まだ真新しい、最新鋭の対オカルト現象対応の動力炉が静かに鼓動を刻む。


霊子炉《如来》。


人工ヒヒイロカネで形成された外殻の一部に、天然ヒヒイロカネの板は溶接される。


火花が散る。


高温の光が、蒼を紅に染める。


金属同士が融け合う瞬間、格納庫の計測器が一瞬だけ乱れた。


わずかな因果揺らぎ。

だが、それは記録に残らない。


残さない。


溶接が終わると、板はもはや“部品”となった。

だが四人は知っている。

それは部品ではない。


種だ。


百年という時間を浴びれば、芽吹くかもしれない種。


 


山本は、焼け残りの灰を確認した。


設計思想書。


観測ログ。


神化に関する仮説。


すべてがドラム缶の中で黒く崩れている。


石原は最後に孫の写真を見つめ、手帳を閉じた。


「孫が、修が大人になる頃にはこんなもの、無くて良い世の中になってると良いのだが」


山田は試作一号機の巨体に敬礼する。


木村は、霊子炉の計測値を黙って暗記する。


「ああ。この板の存在が無駄に終わるように。」


山本が言った。


「それが最善だ。」


四人は、未来を想像する。


二〇六〇年。


戦争のない世界。

怪異の出現しない社会。


この箱がただの鉄塊のまま、朽ちていく世界。


それが理想だ。


だが、もしも。


百年後も、この箱が戦い続ける世界なら、

それは人の祈りを束ねた存在であれ。


邪神の器ではなく、人の盾であれ。


格納庫の扉が閉まる。


重い音が、静寂を断ち切る。


四人は振り返らない。


誰にも知られぬまま。


地域防衛用構造物 試作一号機の霊子炉《如来》に、


人の願いが封じられた。




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