139 【異世界編】王国歴153年若葉の月下小朔の日 リザードマン過激派討伐作戦
王国歴一五三年。
西方辺境、湿地帯に面したリザードマンの集落。
過激派の拠点と判明し、聖十字騎士団第二隊は夜明けとともに制圧作戦を開始した。
霧のなかを進む影。
その先頭に、カル・ヴィー・サージュ。
十八歳。
水の騎士。
龍の骨から削り出された両手剣を、両手で握る。
骨剣は白く、淡く青い魔力を帯びている。
「左右展開。弓兵を優先して落とせ」
短い指示。
部下たちが頷き、散開する。
リザードマンの咆哮。
矢が放たれる。
カルは一歩、踏み込む。
剣を振るう。
重いはずの骨剣が、風を切る。
一体、両断。
返す刃で、もう一体。
血飛沫が霧に溶ける。
剣に魔力を通す。
意志を増幅する。
手のひらに炎が宿る。
火精霊の詠唱は不要。
彼の魔力は、すでに域を超えている。
炎は矢となり、一直線に飛ぶ。
遠方の弓兵の額を貫く。
「投降するなら僕たちは命までは取らない!」
戦場に響く声。
「王都に弓引く企ても、まだ未遂だ! 大人しく縛につけ!」
だが、答えは咆哮だった。
狂乱した瞳。
信仰に歪んだ理性。
一斉に襲いかかる。
本来、ヒューマンはリザードマンよりも弱いとされる。
筋力も、皮膚の硬さも、持久力も。
だが。
カルは違った。
剣が走る。
炎が閃く。
足捌きは静かで、無駄がない。
すべてを、切り伏せる。
戦闘は、短時間で終わった。
宝珠による測定。
カル、レベル六八。
リザードマンの多くは三十台後半から四十前後。
時代が二十七年前なら。
魔王討伐の勇者パーティーに、確実に名を連ねていただろう。
「……制圧完了」
部下が息を整えながら報告する。
カルはうなずき、巣の奥へと進む。
湿った洞窟。
焦げ跡。
奥の祭壇。
そこにあったのは、彼らの神の像。
歪んだ蜥蜴の神。
血と泥で塗られている。
爆破の魔術が込められた宝珠を押収する。
危険物は持ち帰る。
だが。
像の前で、カルは立ち止まった。
異教。
理解はしない。
だが。
「壊す必要はない」
呟く。
憎むべきは罪であり、文化ではない。
それは、彼の師の教えだった。
浮雲平助。
二十七年前の英雄。
魔王討伐の一員。
長年の無理がたたり、昨年、眠るように息を引き取った。
カルにとって、父のような存在。
部下の若い騎士が、憤りのまま剣を振り上げる。
「こんな邪神像、残しておく必要はありません!人を惑わす邪悪です!」
「待って」
カルは踏み出し、身を挺してそれを止める。
その瞬間。
光が、走った。
耳鳴り。
空間が裂ける。
遠くから、声。
>月山おろし!
聞き慣れぬ技名。
>在ってはならぬ
否定の響き。
>……人間……
呪いが歪み、捩れ、カルへと襲いかかる。
祭壇の像が崩れ、巨大な因果が崩壊する。
霊子が、失われる。
因果が解ける。
巨大な存在が消えるとき。
世界は帳尻を合わせる。
可能性世界から、同じ量の霊子を引き寄せ、補う。
眩暈。
重力が消える。
身体が、引き裂かれるような感覚。
カルは、夢を見る。
湿地の霧ではない。
王都の石畳でもない。
若き日の師。
いや――違う。
顔は、似ている。
だが、纏う空気が違う。
鋼の檻のような空間。
円形の視界。
無数の光点。
知らない言葉の羅列。
時間は、崩れていた。
計測ログ上、三十年。
だが、地球側では、わずか数時間。
地球とはなんだ?
装甲が削れ、
機体が沈み、
通信が、ひとつ、またひとつと消えていく。
モニターが悲鳴のように被害を書き出す。
インドの狙撃型機、大破。
ロシアの近接戦闘機、行動不能。
イラクの拠点防衛機、敵性存在を巻き込み自爆。
静岡県防衛機、陽動突貫、信号途絶。
知らない戦友たちが散ってゆく。
戦況悪化率、七〇%。
指令機からの無線が響く。
だが、声の主が誰なのか、もはや判別できない。
指令機は、何度も変わった。
そのたびに、声が減った。
巨大な機体。
胸部に煉瓦の時計塔。
グレート山形ロボ。
そのコア。
山形ロボ。
操縦桿を握る男、
《浮雲 平輔》。
知ってる音だが知らない名。
師ではない男。
「……鎌田さん、早川。聞こえるか?」
返答は、ノイズ。
「悠、みんな、ごめん。」
声は、静かだった。
怒号でも、絶叫でもない。
ただ、受け入れた声。
カルは、夢の中で震える。
これは、師ではない。
知っている浮雲平助ではない。
伝説のサムライマスター。
理を説き、文化を守れと言った男。
目の前の男は、
機械の檻の中で、
世界を背負っている。
その瞬間。
別の声が、夢の底から浮かぶ。
――異世界同位体。
――可能性世界の同じ魂。
魔導のマスターの声。
遠い、記憶の奥。
カルは理解しようとする。
同位体。
同じ魂。
違う世界。
未知なる知ってる地名、単語。
二十七年前。
魔王の魔力が弱まった時。
勇者たちが戦った。
この世界では。
別の世界では。
別の名で。
別の形で。
同じ魂が、戦っている。
カルは夢の中で、その男を見る。
若い。
だが、目は老いている。
三十年を、数時間で背負った目。
「……師」
呼びかける。
男は振り向かない。
巨大な因果が渦巻く。
時間が折れ曲がる。
霊子が裂ける。
カルの世界で崩壊した神像。
こちらの世界で崩壊しかけた都市。
どちらも、
帳尻を合わせようとしている。
そして。
静寂。
目を開ける。
冷たい地面。
硬い、平らな道。
見上げる。
石材と硝子の塔。
鋼の荷車が音もなく走る。
見知らぬ言語。
だが、なぜか理解できる。
「……山形」
異世界の地名。
声を出そうとして。
違和感。
視界が低い。
手が、小さい。
いや、手ではない。
白い前足。
柔らかな毛。
尻尾。
「……まさか」
映り込んだ硝子に、自分が映る。
子猫。
聖十字騎士団二番隊隊長。
水の騎士カル・ヴィー・サージュは。
山形市駅前、香澄町の路地裏で。
子猫になっていた。




