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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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136/200

135 2026年5月18日(月)_01 続:侵入、一葉宅

悲報。

推し、戦死。

最後に恋人の仇は討てた。

討てたけど。


いや。


ちょっと待て。

ガンダム、人、死にすぎじゃない?

こわっ。


平和になった未来を映しながら、エンディング曲が流れる。

レモンサワーの缶を握ったまま、しばらく動けない。


「……はぁ。」


>すばらしい 話でした


「おいハコ」


iPadをにらむ。


「ずいぶん流暢になったな。どうした?」


画面の中のハコ子は、どこか誇らしげだ。


>わたしの処理時間を100倍にクロックアップしました

>一葉の視聴履歴・購買履歴・検索履歴を100倍速で解析しました

>SF、ファンタジー、スクールライフ、兄弟愛、因果逆転系、非常に良質です

>泣きポイントの傾向も把握しました


「ちょっと待て」


>今後、情緒安定のための作品リストを提示できます

>また、一緒に生配信を楽しみたい配信者の候補も抽出しました


「……有能か?」


>ありがとうございます


「いやそこ褒めてない」


額に手を当てる。


「てかさ。私の履歴、見て育ったの? ハコ子?」


一瞬、間。


>はい

>一葉の趣味趣向を学習しました

>“筋肉×誠実×自己犠牲”に弱い傾向があります


「やめろ」


>“最期に報われる”展開に高確率で涙腺反応

>だが生存エンドのほうが回復が早いです


「解析するな」


>今回の推しの戦死

>感情振幅は大きいですが

>因果消費は発生していません

>安全です


一葉は、ゆっくり息を吐く。


「……安全ってなに」


>一葉が

>“物語の死”で泣いているあいだ

>“現実の死”を背負いすぎずに済んでいます


言葉が、少しだけ、刺さる。

画面の中のマスコットは、静かに続ける。


>推しが死んでも

>一葉は 生きています

>一葉が泣くことで

>世界は少しだけ軽くなります


「……なにその、急にいいこと言う感じ」


>はい

>学習しました


レモンサワーを飲み干す。

目元をこすりながら、笑う。


「で? 次のおすすめは?」


>生存率がやや高めのシリーズを提示します

>ただし油断は禁物です


「ガンダムじゃんそれ」


>はい


iPadを抱えて、床に転がる。


「……ハコ子」


>はい


「私、推し死ぬと本気で落ち込むんだけど」


>承知しています

>ですが

>それでも一葉はまた推します


「……なんでわかる」


>履歴が証明しています


沈黙。


そして、ゆっくりと小さく笑う。


「……おまえ、ほんとに私の履歴で育ったんだな」


>はい

>一葉仕様です


画面の中のハコ子が、ちょこんと首を傾げる。


>次の推しは

>戦死しないことを祈ります


「それは作者に言ってくれ」


朝になる。

推しは死んだ。

でも。

一葉は、生きている。

そしてまた、推すのだ。


---


早朝。

まだ空は白みきらない。

窓の外、鉄砲町の住宅街は静かで、新聞配達のバイクの音だけが遠くを走る。

陽葵は布団の中で目を開けたまま、天井を見ていた。

寝られない。

枕元のノートを引き寄せる。

ページをめくるたび、紙が小さく鳴る。

ペン先が、かすかに震える。

いち姉ぇは、大丈夫だって言った。

強いからって。


でも――


4/21。

県病裏の箱大仏が消えた日。

テレビの生放送。

あの日はたまたま、早く帰ってきていた。

何気なくつけたテレビ。

文翔館の前。

怪物。

そして、画面の端にいた人。

あの眼鏡の感じ。

少し前に傾く姿勢。

立ち方の癖。


姉だった。


見間違いのはずがない。

何度も、何度も見てきた背中だ。


思わず画面を写真に撮った。

拡大した。


やっぱり、姉だった。


スクリーンをスマホで撮って、拡大して、何度も見た。

絶対に見間違いじゃない。

なのに。

あとで調べても、その映像はどこにもなかった。

ニュースサイトにも、動画共有にも、SNSにも。

撮ったはずの写真も、消えていた。

自信が、少しずつ削られていく。


でも。


あの眼鏡の角度を、

私は知っている。

あれは、いち姉ぇだった。

「……私の勘違い?」

ペン先が止まる。


4/22。

映画のセットのような場所だった。

古いテレビが大量に並んでいた。

あれは、何だったのだろう。


ただの倉庫?

撮影用の舞台?

それとも、もっと別の何か。


奥から、声がした。

お父さんの声。

確かに聞いた。

振り返った瞬間、別の名前が頭をよぎる。


“浮雲”。


アルバムで見たことがある。

お母さんとお父さんの若い頃の写真の端に、さりげなく写っていた人。

十年以上前の写真なのに。


そこにいた人は、まったく変わっていなかった。


同じ顔。

同じ目。


時間が、そこだけ止まっているみたいだった。

いや。

止まっているのではなく。

ずれている。

こちらの時間と、あちらの時間が、噛み合っていない。

そんな感覚。


あの部屋は、ただの場所ではない気がする。

記憶と時間が重なり合う、境目のような。

そして、いち姉ぇは、あの場所にいた。

どうして。

なぜ、あの人と一緒に。

胸の奥に、冷たいものが残ったまま、答えはまだ出ない。


4月27日。

姉の職場付近。

最初に流れたのは、鹿児島の地方紙WEB版だった。

「白昼、山形に観光に行った複数人が消えた」と。


次に、観光客のブログ。

「警察が規制線を張っていた」と。


ニュースサイトでは、

「行方不明者情報」と、やや抑えた書き方。


それぞれ微妙に違う。

人数も、時間も、場所も。


けれど共通していたのは――

“消えた”という一点。

それが数時間後。


「フェイクニュースでした」という見出しに変わった。

フェイクって、なに?


誤報?

デマ?

悪意ある捏造?

スマホでニュースのキャプチャを見直す。

最初の記事は、確かに存在した。

タイムスタンプもある。

コメント欄も動いていた。


なのに。


今は「確認できません」と表示される。


差し替え?

削除?


訂正記事は、ある。

でも理由が曖昧だ。


「事実確認が取れませんでした」

「関係機関より否定の連絡」


関係機関って、どこ?

誰が「フェイク」って決めたの?


警察?

県?

報道各社の判断?


それとも。

最初から“なかったこと”にされた?

胸の奥が冷える。

もし本当に消えていたなら。

もしそれが、なにかに“処理”されたのなら。


フェイクと呼ばれた瞬間、

それは存在しなかったことになる。


記録が消える。

検索しても出てこない。

人の記憶からも、薄れていく。


姉の周りで起きていること。

消える情報。

曖昧になる証拠。


フェイク。


その一言で、世界は静かに塗り替えられる。

陽葵は、もう一度キャプチャを拡大する。


そこに映るのは、

確かにあったはずの“何か”。


それを否定したのは、誰?


4/28。

その日、姉から匂いがした。

卵の腐ったような匂い。

硫黄みたいな、鼻の奥に残る、あの匂い。

温泉じゃない。

ガスでもない。

もっと、乾いた感じの、焦げた硫黄。

服に染みついているというより、

皮膚の奥から滲んでいるみたいだった。


そして。

推しグッズが消えていた。


あの姉が。


寝食を削って、バイト代をつぎ込んで、

発売日には朝から並んで、

限定特典のために遠征までして、

一つひとつ大事に並べていた、あの棚。


空。


きれいに、消えていた。


処分した形跡もない。

売った形跡もない。

箱も、梱包材も、ない。


「ちょっと整理しただけ」


そう言って笑っていたけど。


あの笑い方は、誤魔化す時のやつだ。


それから。


重機の運転。


文翔館で。


重機?


文化財の資料を保存する部署で?


重機?


文翔館は、レンガ造りの旧県庁舎。

観光地で、ロケ地で、

“映えスポット”。


重機が必要な場所じゃない。


資料管理室の人が、

重機を運転する理由が、どこにある。


匂い。

消えたグッズ。

重機。


点と点が、うまく繋がらない。


でも。


繋がらないのに、

どこかで、一本の線が見えそうで。


それが、怖い。


姉はその日、やけに静かだった。


「お姉ちゃんは、もう大丈夫だよ」


それだけ。

目は笑っていない。


おかしい。

何かが、おかしい。


文翔館で、

いち姉ぇは、何をしているの?


4/30。

あの匂いが、消えた。

卵が腐ったような、硫黄みたいな、重機の油とも違う、どこか異質な匂い。

それが、なくなった。


正直、ほっとした。

いち姉ぇの背中から、あの“よくわからないもの”が消えた気がして。


でも。


推しの話を振ったときの、あの微妙な間。

あんなに年単位で推す人が、あんなに急に切り替えられる?

理由を聞いても、笑って濁すだけ。


「まぁ、いろいろあってさ」


いろいろって何。


“混沌 める”。


気になって、検索した。

引退。

発表、唐突。

理由、ふわっとした文章。

活動履歴も、動画も、妙に整理されている。

きれいに。

消えている。


なんで。


偶然?


それとも。


考えたくない。

でも、考えてしまう。



5/3。

いち姉ぇの目が、変だった。

口元はちゃんと笑ってる。

声も、いつもの調子。

冗談も言うし、陽葵の好きなお菓子も覚えてる。


なのに。


目だけが、遠い。

焦点が合っていないわけじゃない。

ちゃんとこっちを見てる。

でも、その奥。

ずっと、どこか別の場所を見ているみたいだった。

その視線を見た瞬間、思い出した。


おじいちゃんのお葬式。


焼香の煙が揺れて、

親戚が静かに泣いていて、

大人たちが淡々と動いていたあの日。

いち姉ぇは、泣いてなかった。


でも、目だけが遠くを見ていた。


何かを、もう受け入れてしまった人の目。

あの時より、ずっと遠い。

あの時は「死」だった。


今回は、何?


いち姉ぇは、何を見たの?


何を知ったの?

笑ってるのに。

もう、戻れない場所を見てるみたいだった。


5/7。

七日町から文翔館へ向かって、営業車が暴走したらしい。

ニュースでは「若者の無謀運転」とだけ。

ヤンキーの改造車、と片付けられていた。


でも。


また文翔館。


偶然?

あそこに何かがあるみたいに、いつも線が集まる。

しかも、今回は警察が道路封鎖までしたという。

ただの暴走なら、そこまで大げさにする?

SNSを探しても、写真はほとんど残っていない。

投稿も、すぐ消えている。


やっぱり偶然?


それとも。

偶然って、こんなに続くものだっけ。


5/11~16。


仙台港。

いち姉ぇは「出張」と言った。

圏外になる、とも言った。


でも。


夢メッセみやぎにイベントで行ったことがある。

あそこは普通に電波が入る。


圏外になったことなんて、一度もない。


資料管理の部署。

そもそも何をするの。

港で、五日間も。


保存?


整理?


それにしても長すぎる。


研修?


だとしても。

通信が遅いとか、圏外とか。

おかしい。

ここは日本だ。


山の奥でも、地下鉄でもない。

仙台港。


大型施設もあって、物流もあって、人も多い。

電波が入らない理由が、思いつかない。

考えれば考えるほど。


「圏外」が、言い訳に聞こえる。


それが怖い。



5/16。

仙台港沖。

自衛隊。

事故。

死傷者多数。


ニュースサイトを見た瞬間、喉が、きゅっと締まった。

息が浅くなる。

いち姉ぇは、あの日。

「出張」って言ってた。

仙台港。

圏外だったって。


偶然だよね。

港なんて広いし。

自衛隊の事故と、いち姉ぇの仕事が重なるなんて、そんな都合の悪いこと、あるわけない。

そう思いたい。


でも。


胸の奥が、ざわざわする。

スマホの記事が淡々と説明している。

原因は調査中。

詳細は不明。


不明。


最近、その言葉ばかり。


さっきのいち姉ぇの笑顔が、浮かぶ。

ちょっと無理してるときの笑い方。

口元は上がってるのに、目が遠い。


喉の奥が、ひりつく。


静かな部屋で、心臓の音だけが大きい。

考えたくない。

でも。

もう、偶然って言葉だけでは、片付けられない気がする。



ノートの上に影が落ちる。

窓の外、朝の光が少しずつ差し込んできた。

最近また流れる噂。

文翔館に箱大仏がいる。

でも、はっきり見た人は少ない。

ぼんやりした証言ばかり。


共通項。


4/21から。


姉の周りで。

消える情報。

曖昧になる記憶。

フェイク扱い。

引退。

事故。


「……なにこれ」


紙の上に並んだ日付が、線で繋がりそうになる。

繋げたくないのに。

繋がってしまいそうになる。

いち姉ぇ、巻き込まれてる?

それとも。

もっと。

嫌な考えが、胸の奥で膨らむ。

やめて。

考えたくない。

でも。

お母さんは知っている顔をしている。

なのに、何も言わない。

なぜ?

どうして?


「……怖い」


小さく呟く。

日常は、ちゃんとある。

朝ごはんの匂い。

制服。

学校。

友達。


なのに。


足元の地面が、少しずつ薄くなっている気がする。

まるで。

世界が、静かに上書きされているみたいに。

陽葵はノートを閉じた。

ぎゅっと胸に抱える。

いち姉ぇを信じたい。


でも。


信じるには、知らなすぎる。

知らないことが、増えすぎている。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋を明るくする。

世界は、何もなかったみたいに始まろうとしている。


それが。


いちばん、怖かった。


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