129 2026年5月16日(土)_02 黒き獣と剣士の舞
五月十五日夜。
まだ人々が寝静まる前の時間帯だった。
秋田県からの緊急要請。
由利本荘市山中。
血涙を流す、人面を持つ芋虫状の巨竜。
発見から三時間。
周辺の森が急速に枯死。
野生動物は沈黙。
出動。
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三浦が運転席に乗り込む。
白い営業車仕様のヤリス。
どこにでもある車。
山形県 総務部付属資料管理室とだけ書かれている、
書体が新ゴシックなのは鎌田のこだわり。
だが中身は、怪物。
GRヤリス KAMATA改。
高負荷部には自己再生部材。
ヒヒイロカネの骨格補強。
タイヤは加工時に出たヒヒイロカネ粉塵でコーティング。
摩擦係数が、常識を逸脱している。
運転者の頭部インターフェースを通じて、
車体は意思に応答。
サスペンション硬度。
タイヤグリップ。
車体剛性。
状況に応じて瞬時に最適化。
さらに。
運転席シート下。
簡易多層位相制御フィールド。
専用蓄電池。
一定以上の慣性負荷が検出されれば、
“無かったこと”になる。
物理法則が、軽く無視される。
――変態車。
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林道へ。
三浦は、限界ギリギリの法定速度で突き進む。
後部座席。
エリザベスとタボは、榮玉堂のチーズどら焼きを楽しんでいた。
「これは…美味しいですね」
「和菓子にチーズとは大胆だ」
お茶を一口。
対照的に、助手席の十樫。
ポーカーフェイス。
だが口元が微妙に歪んでいる。
右手はアシストグリップを強く握りしめていた。
三浦のカーブ侵入速度が、常識を超えている。
「三浦、法定速度だぞ?」
「はい。法定です」
タイヤが地面を掴み、
慣性が消える。
十樫の眉が、わずかに跳ねた。
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林道奥。
車両停止。
森は、静まり返っていた。
鳥の声が、ない。
空気が、重い。
十樫がトランクを開ける。
携帯用結界発生アンテナを展開。
三基を地面へ。
起動。
直径二百メートル。
球状結界、形成。
空間が、わずかに歪む。
三浦が観測端末を操作。
「お客さん方、準備OKです」
十樫と三浦は旧式アンチインサニティマテリアルを首筋に装着。
無名でも邪神級なら、
結界展開前に正気を奪われる。
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森の奥。
全長八十メートル。
芋虫。
だが胴体には、人面。
目から、血涙。
滴るたびに、草木が枯れる。
地面が腐る。
エリザベスが静かに言う。
「タボさん。シャオユンとマイケルの件、覚えていますか?」
「浮雲の真似だね。やるのかい?」
「ええ。せっかくですもの」
タボが笑う。
「カラオケより爽快かな?」
二人、深呼吸。
「「虚空召喚!!」」
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虚空が裂ける。
空気が悲鳴を上げる。
存在が軋む。
己の存在を対価に、
意志を質量へ変換。
精神投影型戦闘構造体、顕現。
エリザベスを包む黒鉄の騎士。
紅の予測線が走る装甲。
王剣の銘を模した漆黒の模倣体。
カリバーン。
タボを包む四足可変型巨体。
肩甲骨から雄々しい角。
高速陸戦型の漆黒の模倣体。
ホライゾンゼロ。
七十メートルの戦鬼が、森に立つ。
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芋虫が血涙を流す。
森が、さらに死ぬ。
「この山を汚させはしません」
「空中で仕留めよう」
ホライゾンゼロが跳羚羊型へ変形。
しなやかに跳躍。
巨体とは思えぬ軽さ。
強靭な後脚が芋虫を蹴り上げる。
空へ。
カリバーンが跳ぶ。
レイピアが閃き、さらに上空へ突き上げる。
芋虫は結界天井へ激突。
存在格差が激痛を生む。
血涙が飛び散る。
だが結界が因果を書き換える。
“無害な体液”。
森は守られる。
芋虫は脱出を試みる。
だが。
侵入は容易。
脱出は、ほぼ不可能。
局所位相固定。
怪異と殴り合うための場。
まして相手は戦鬼。
これは戦闘ではない。
狩り。
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「一気に参りましょう」
「時間が惜しい」
「叫びますか?」
「俺はいい。舌を噛みそうだ」
「では、呼吸を」
カリバーン。
レイピアの柄が展開。
黒光が伸び、片手半剣へ。
因果切断。
ホライゾンゼロ、人型へ。
腰装甲を小盾に。
肩角を合わせ一本の棍へ。
因果歪曲打撃。
一閃。
打撃。
斬撃。
衝撃。
すべて必殺。
芋虫は、
名付けられる暇もなく、
現世から、
消えた。
森に、静寂が戻る。
風が、ゆっくりと木々を揺らした。
エリザベスが空を見上げる。
夜明けだった。
「やはり、日本の森も美しいですね」
タボが頷く。
「ああ、良いにおいがする」
結界が、静かに解かれる。
「そういえば今日、浮雲たちが海から帰ってくる日だ」
「なら、私たちもおいしいもの食べながら帰りましょう」




