124 2026年5月15日(金)_01 空席のわけ
朝五時半。
ガバリ、と一葉はとび起きる。
目覚ましが鳴る前に、身体がもう起きている。
「……もう、私、普通に戻れないわ……」
自分で言って、自分で引く。
寝坊する体にはもう戻れないのであった。
疲労は、あるはずだった。
それでも身体は、勝手に動く。
もそもそと着替え、六時。
初日の夕方は人目を気にしてUNDER ARMOUR一式に身を包み、
本気のトレーニングウェアで気取っていたのが懐かしい。
疲労困憊の体でレギンスとショートパンツの二段構えは、
もはや軽い筋トレに匹敵した。
脱ぐときも、軽い筋トレ。
汗で湿ったアレはもはや拘束具。
あれで懲りた。
今は、ファミリーファッション マルトクで買った
激安二千円のジャージ。
寝巻き用に買ったやつ。
結果、これが一番楽。
甲板で始まる、不思議な体操。
海上自衛隊式の、リズムと間合いが独特なやつ。
その後、鬼ども三人と並んで。
腕立て。
スクワット。
体幹。
……何か、違和感。
朝食。
今日はうどん。
出汁の匂いが優しい。
お揚げが美味しい。
「あれ?」
席。
空いてる。
私と競争してお代わりするマッチョ、いない。
やたら笑顔で、歯がやたら白い人、いない。
豚汁を「芋煮」と言って譲らなかったやつ、いない。
芋煮は醤油やろがい。
これは譲れない。
陸に戻ったら、私の芋煮を食わせてやる。
主にお母さんが作るけど。
サンキューマイマザー。
……体操のキレがやたら良い人も、いない。
食堂のざわめきが、どこか薄い。
そのとき。
スピーカーが、わずかにハウリングしてから、
落ち着いた声が流れた。
簡潔で、抑揚の少ない声。
「総員に告ぐ。」
ざわめきが止まる。
「昨日一〇四三より発生した洋上における交戦について、報告する。」
空気が、固まる。
「当艦および随伴艦は、敵性存在複数と交戦。」
「主たる敵勢力は排除。」
「現在、当該海域の安全は確保されている。」
一呼吸。
「被害状況。」
「戦死、五名。」
音が、遠くなる。
「重傷、九名。」
「軽傷、四十五名。」
「艦体損傷は軽微。航行および任務遂行に支障なし。」
続く。
「戦死者氏名を読み上げる。」
名前が、読み上げられる。
階級、氏名。
一人ずつ。
正確に。
淡々と。
食堂の空気が、重い。
「……以上五名。」
「遺族への連絡は完了。」
「今後の葬送については、関係各所と調整中である。」
声は、揺れない。
「本日〇八〇〇より、通常課業を再開する。」
「各部署は予定通り任務に当たれ。」
「安全確認、装備点検を徹底せよ。」
わずかな間。
「各員の行動は、適切であった。」
「以上。」
プツ、と回線が切れる。
……っッ!!!!!!
一葉は、歯を食いしばる。
静寂の食堂に音が響く。
全身を硬直した反動で箸が落ちたのだ。
落ちた箸が床を転がる。
誰も、
拾わない。
鼻から、熱い息が漏れる。
名前。
きっと、知っている。
顔と一致しない。
でも、わかる。
あの席。
あの体操の動き。
あの歯の白さ。
無意識に、首から下げた<おまもり>を握りしめる。
視界が滲む。
脳が熱くなる。
呼吸が浅くなる。
喉がうまく開かない。
衝撃で、名前を聞ききれなかった。
覚えなきゃいけない。
数字にしたくない。
私は<ゆうしゃ>なんだから。
そっと。
包帯まみれの手が、重なる。
あたたかい。
「……児島さん?」
声が、掠れる。
児島は、静かに言う。
「いいの。」
優しい。
でも、強い声。
「あんたはちゃんとやった。」
一葉の手を、ぎゅっと握る。
「覚えきれなくてもいい。」
「でも、忘れないであげて。」
その言葉で、何かが崩れた。
一葉は、児島にしがみつく。
声を上げて。
子どもみたいに。
号泣した。
食堂の隅で、静かに。
誰も、何も言わなかった。




