121 2026年5月14日(木)_06 守護神参上
爆音。
水柱が天へ突き上がる。
七十メートルの巨影を背負い、
二十メートルそこそこの“箱”が海面を割って立つ。
重力が、一瞬だけ遅れる。
円形の双眸が、淡い黄色に灯る。
揺れた海面が、ぴたりと止まる。
艦に群がっていた深き者どもが、動きを止めた。
見下ろす。
ただ、それだけで。
「――去れ」
声は、出ていない。
だが、告げられた。
海水が、きしむ。
鱗の隙間に冷気が走る。
耳鳴り。
平衡感覚が狂う。
「ギィ、ギギ……シャアァ!」
鰓が痙攣する。
半魚人たちの喉から、意味にならない叫びが漏れる。
一体が、後ずさる。
海面が、その足元だけ凍りつく。
「去れ」
再び。
それが誰の声か、わからない。
操縦席の少女か。
補助AIか。
それとも、この海に在るはずのない守護神そのものか。
去れ。さもなくば……。
その瞬間。
空気が重く、沈む。
深き者の一体が泡を吹き、錯乱したまま海へ飛び込んだ。
続く。
我先に。
押し合い、もつれ合い、海へ転げ落ちる。
鱗が擦れ、血と海水が混ざる。
艦縁から、ぬめりが剥がれ落ちる。
甲板に立つ髙橋と長井の足元まで迫っていた影が、
音もなく引いていく。
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山形ロボの外部スピーカーが低く震え、
拡声された一葉の声が艦上に響く。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
その声は、巨大な箱から発せられているのに、
妙にいつものトーンだった。
甲板では――
返り血を浴びた観測班の三人が、
すでに通信室を放棄し、ブリッジ前へ展開していた。
折り畳み式ナイフ。
掌に挟んだ呪符。
S&W M360J。
最低限の装備。
それで足りる位置に立っている。
武田が一歩踏み出す。
距離、角度、風向き。
一瞬で測る。
発砲。
跳ねた鱗の隙間へ二発。
怯んだ個体の動きを呪符で止め、
迷いなく刃を差し込む。
引き抜く。
もう次を見ている。
今田は間合いを詰める。
至近距離。
二丁拳銃。
一発。
肘打ち。
半歩ずらす。
もう一発。
銃口がぶれない。
視線もぶれない。
槌谷は二人の背後。
逆手の刃で振り上げられた腕を弾き、
順手に持ち替え、
滑り込むように脇腹へ。
刃は深く、だが無駄はない。
三人の動きは重ならない。
干渉しない。
ただ、隙間が消える。
血と海水で濡れた甲板。
滑る足場。
それでも崩れない。
山倉の訓練通り――
いや、それ以上に洗練されている。
息は荒い。
だが、
誰も膝をつかない。
その背後。
児島が踏み込む。
二十七年前と同じ速度。
跳躍。
襲いかかった深き者の顎を、膝で砕く。
鈍い音。
着地と同時に体をひねり、
回し蹴り。
崩れた体を掴み、
手首を極め、
そのまま海へ叩き落とす。
波しぶき。
静かに構え直す。
視線は、まだ戦場を離れていない。
児島がゆっくりと顔を上げる。
「結構な数が今逃げたから、あとはこっちで何とかするわ」
武田が息を整えながら、山形ロボを見上げる。
「“ギガマサムネ”受け取りますので、浮雲さんの援護お願いします!」
山形ロボの双眸が一瞬だけ瞬く。
「了解! ハコ子、やるよ!」
>りょうかい ひとは
山形ロボは下腕のワイヤー固定機構を静かに稼働させる。
甲板に転がる深き者の死骸を、
巨大な足で器用にどける。
鉄と肉が擦れる鈍い音。
背中の“ギガマサムネ”を、
衝撃を殺しながら、そっと寝かせる。
……しばらく肉と魚は食いたくない。
コクピット内で一葉がぼそりと呟く。
>えいぞうに フィルターを かけますか
「大丈夫。確認するけどさ」
深き者の死骸を見下ろす。
「この半魚人達とは分かり合えないんだね?」
>きほん しんりゃく こんけつをくりかえして
>ひとを とうたすることが もくてきです
>とくに ひとは は ていそうの ききです
「……まんまえっちな漫画のネタじゃん」
一瞬、無言。
「そういうNTRはちょっと、いいっす。ゴメンナサイ」
ハコ子が一拍置いて答える。
>がいねん むずかしいです けんさくします
「いい、学ばなくていい、忘れて」
ガゴン、と金属音。
艦のクルーが、護衛されながら
簡易ワイヤーで“ギガマサムネ”を固定していく。
まだ数体、深き者が残っている。
だが、勢いは明らかに鈍っている。
甲板の空気が変わった。
恐怖から、防衛へ。
一葉は、洋上を見た。
雷光が走る。
神格と神格がぶつかり合う、空の裂け目。
へにょ、と拳を鳴らそうとして失敗する。
「……よし」
深呼吸。
「いきますか!!」
山形ロボの双眸が、再び強く灯る。
重力制御が唸りを上げる。
守護神は、次の戦場へ向き直った。




