120 2026年5月14日(木)_05 裏方の矜持
警備班の髙橋と長井は、背中合わせに立つ。
首元で、旧式のアンチインサニティマテリアルがかすかに振動する。
低い、耳鳴りにも似た共鳴。
ワークマンで買ったスーツ。
安物のYシャツ。
その内側に仕込まれているのは、霊子化炭素ケプラー複合材と合成ミスリル銀糸の防刃・防弾ジャケット。
お揃いの黒縁メガネは、軍用スマートグラス。各種情報が視覚化される。
見た目はただの中年サラリーマン。
中身は、怪異対策仕様。
髙橋が低く言う。
「……来るぞ」
長井がうなずく。
粉末冶金鋼(PM鋼)製のタクティカルナイフ。
刃には天然ミスリル銀で薄くメッキ。
視認できるギリギリのサイズで新訳聖書、ヨハネによる福音書 1:5「光は闇の中に輝いている。闇はこれに勝たなかった。」の一文を英語で刻印してある。
逆手に構える。
SIG SAUER M18。
装填されているのは特注弾丸。
聖別された銀弾頭の破砕型。
ライフジャケットは着けていない。
「海に落ちたら終わりだ、あいつ等の庭だからな」
髙橋が短く吐く。
「ああ、餌になるだけだ」
軽さを優先する。
整備班だけには着せた。
非戦闘員の生存率を上げるため。
イヤカムから声が流れる。
浮雲の声。
上空からの俯瞰情報。
児島の補足。
そして――
「邪神、ネームド複数観測。後は頼む」
通信が、途絶える。
長井が弾倉を交換する。
カチリ。
「大将、監視網抜けられて焦ってやがる……やるか」
「やるしかねぇ、終わったら港の加藤も誘って国分町で付き合えよ」
「やだね、死亡フラグじゃねぇか」
「違いない」
深き者が甲板に躍り上がる。
鱗。
ぬめり。
異臭。
「撃て!」
発砲。
鱗を削る衝撃音。
大腿を撃ち抜く。
倒れ込む。
髙橋が踏み込み、迷いなくナイフを心臓部へ突き立てる。
鈍い手応え。
「斯くあれ」
抜く。
次。
長井が叫ぶ。
「右舷! 三体!」
「了解!」
甲板はすでに血と海水で滑る。
イヤカムから怒声。
「海上は高速のイルカと交配型を足にしてる奴らもいる、気をつけろ!」
次の瞬間。
浮雲の声が全回線に響く。
「邪神、三体、ネームド。交戦する! 全員衝撃に備えろ! ……奈良ぁ!!!!!!!!!!!!」
児島がかぶせる。
「防衛ロボ級の結界無しでの空間戦闘が始まる! 全員、衝撃に備えろ!」
髙橋と長井は、同時に甲板の固定リングに腕を通す。
「デカいの来るぞ!」
空が、歪む。
神格が、衝突する。
目に見えない圧力。
耳が潰れるような無音。
そして――
衝撃波。
海面が、円形に割れる。
白い壁のような水柱が外へ押し出される。
「衝撃波来る! 掴まれ!」
甲板が軋む。
艦体が横に揺れる。
深き者が数体、海へ吹き飛ぶ。
髙橋が軽減されても尚、正気を奪う神気に中てられ歯を食いしばりながら、
レンズに投影される情報を軽く読み取る。
「……まだだ、あのまだおちょこちょい嬢ちゃんがいる」
長井が軽い脳震盪から立ち直りながら息を整える。
「ああ、本番はこれからだ。山形ロボ、俺たちのお姫様のお出ましだ!」
空では、神と神が激突している。
甲板では、人間が、歯を食いしばっている。
海面が一瞬、凪ぐ。
次の瞬間、突如水面が沸騰と凍結を繰り返す。
そして――
深海から。
何かが、上がってくる。




