107 2026年5月12日(火)_02 会議の真似事02
奈良が、影を見上げる。
「今回は盗み見してる悪い子は居ないね?」
虚空に残るのは、 少しだけ湿った沈黙。
奈良が、肩を回す。
「さて。本題だみんな、
そろそろ一年経つが、現世、肉体かな?もう馴染んだかな?」
空間が、わずかに軋む。
怒りではない。 圧迫。
存在そのものが、 削られている感覚。
新しく若い頭部を見つけたイゴーロナクが、掌の口を歪ませる。
「……狭い」
ツァトゥグァが、人の身体をくねらせる。
「空気が、重いわ。 消化が、進まない」
グラーキの棘が、きし、と鳴る。
「伸びぬ。 我が意志が、広がらぬ」
奈良が、くすりと笑う。
「そりゃそうだ。 “張られている”からね」
影の奥。 地球を包む膜が、ゆっくり波打つ。
浮雲。 グレート山形ロボ。
地球規模の位相遮断領域。
この内側では。
幽世の論理は、成立しない。
信仰で生まれたものは、 信仰のまま、溶ける。
恐怖で形を得たものは、 恐怖のまま、崩れる。
“強大な神格を許さない”
ただ、それだけ。
ボクラグが、低く言う。
「……我らは、縮んでいるのか」
奈良が、指を一本立てる。
「違う。 均されている」
アトラック=ナチャが、画面を見つめる。
「神格出力制限。 干渉半径制限。 顕現時間制限。 ……ラグい」
シャウルスが、静かに呟く。
「以前ならば、 一都市を夢で満たせた」
イゴーロナクが、歯を鳴らす。
「今は、 ひとりの胸の奥に、 小さな不安を落とすのが限界だ」
ツァトゥグァが、唇をなぞる。
「小皿料理。小魚では 飢えは消えないわ」
奈良は、ゆっくり拍手する。
「そう。 神話級が、都市伝説級に」
空気が冷える。
グラーキが怒鳴る。
「笑うな、ナイアルラトホテップ!」
奈良は微笑む。
「笑うさ。 だってね」
一歩、踏み出す。
「制限された怪物ほど、 賢くなる」
影が、わずかに揺れる。
奈良の声が、低くなる。
「正面突破は無理だ。 だから、正面からはやらない」
沈黙。
「結界の維持条件は?」
アトラック=ナチャが答える。
「忘却と沈黙の同期状態」
奈良が頷く。
「語られないこと。 記録されないこと。 恐怖が物語にならないこと」
指先で、電網の文字を描く。
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「だが、 幼い者たちは違う」
声が、甘くなる。
「1999年を知らない。 だから、怖がらない。 だから、遊ぶ」
ツァトゥグァが、喉を鳴らす。
「甘い匂い」
奈良は続ける。
「善意の検証。 正義の暴露。 好奇心の共有」
ゆっくりと。
「それらはすべて、 “沈黙”を壊す」
影が、薄く笑う。
奈良は、指先で見えない糸を摘まむ。
「悪意はいらない。 悪意は警戒される」
首を傾げる。
「必要なのは、善意だ」
一語ずつ。
「守りたい。 助けたい。 暴きたい。 広めたい」
「その角度を、 ほんの少しだけ傾ける」
指を、わずかに傾ける。
「正義は、 刃物になる」
沈黙。
奈良の目が細くなる。
「人はね。 悪意で堕ちるより、 善意で堕ちるほうが、 ずっと深く沈む」
イゴーロナクが、低く笑う。
「壊す必要はない」
奈良。
「うん。 壊さない」
アトラック=ナチャ。
「トレンド操作、微調整」
奈良は両手を広げる。
「小さな誤解。 小さな炎上。 小さな“正論”」
一拍。
「それだけで、 膜は内側から薄くなる」
影が、わずかに笑う。
歓喜ではない。
期待。
奈良が、影に囁く。
「次の踊り子も、 “自分は正しい”と信じている子にしよう」
静かな沈黙。
「絶望は、 誰かに押し付けられるより、 自分で選んだほうが、 ずっと美味しい」
虚空に、低い笑いが広がる。
終末は、起こらない。
代わりに。
ゆっくりと、 倫理が削れていく。




