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影のように密やかに。孤高の騎士は、その熱を燻らせたまま、ひだまりの少女を護り抜く   作者: 星海 零


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第6話:追憶の青い花、雨宿りの檻

下町で手を繋いだあの日から、二人の間の空気は、どこか触れたら壊れてしまいそうなほど繊細なものに変わっていた。


そんな中、エルナは聖女の魔力を安定させるための特殊な霊草『月見草』を採取するため、王宮の裏手に広がる「精霊の森」へと向かっていた。危険が伴うため、付き従うのはもちろんギルバート一人だけだ。


「……不思議。この森の匂い、なんだか私の故郷の山に似ているの」


籠を手に、草むらをかき分けるエルナが懐かしそうに目を細める。


「似ているのも当然だ。お前の故郷の辺境領と、この森は同じ霊脈で繋がっているからな」


甲冑の音を響かせながら、ギルバートがぶっきらぼうに答えた。


「そうなんだ……ねえギルバート。あなたの故郷は、どんな場所だったの?」


何気ないエルナの問いに、ギルバートは一瞬、歩みを止めた。すぐにまた歩き出したが、その背中はどこか硬い。


「……言うほどの場所じゃない。ただの荒れ果てたスラムだ。毎日誰かが飢えて死ぬような、な」


「あ……ごめんなさい」


「謝るな。そんな場所だからこそ、俺は剣を取った。のし上がって、まともな飯を食うために。……だが、そんな薄汚い泥の中で、一度だけ、あり得ないほど綺麗な光を見たことがある」


「光……?」


エルナが首を傾げたその時、サァ、と木々が激しく揺れ、大粒の雨が降り注いできた。山の天気は変わりやすい。雷鳴が遠くで轟き、一気に視界が白く染まる。


「くそ、荒れるな。エルナ、こっちだ!」


ギルバートはエルナの手を強く引き、近くの岩肌に開いた小さな洞窟へと滑り込んだ。


◇◇◇


ごうごうと吹き荒れる雨の音。


狭い洞窟の中で、二人は身を寄せ合っていた。ギルバートが火打ち石で小さな焚き火を起こすと、パチパチと爆ぜる炎が、二人の影を岩壁に映し出す。


「寒くはないか。服が濡れているだろう」


ギルバートは自分の黒い外套を脱ぎ、エルナの肩にふわりとかけた。彼の体温が残る外套は、驚くほど温かい。


「ありがとう。……そういえば、さっきの光の話、途中だったね。続きを聞かせて?」


炎を見つめるギルバートの横顔があまりに寂しそうで、エルナはそっと言葉を紡いだ。


彼は自嘲気味に笑い、剥き出しの石壁に寄りかかり、ポツリポツリと語り始める。


「……昔、平民の傭兵崩れだった頃、大怪我を負って北の辺境の山で死にかけていた。意識が薄れる中、もう駄目だと思った時、目の前に小さな女の子が現れたんだ」


エルナの心臓が、ドキリと跳ねた。北の辺境。それは、エルナの故郷だ。


「その子はボロボロの俺を見ても怯えもせず、冷たい手を俺の傷口に当てた。そうしたら、見たこともない温かい光が溢れて、痛みが消えたんだ。……あぁ、世界にはこんなに温かい光があるんだって、泥の中で生きてきた俺は生まれて初めて知った」


ギルバートは、自分の首元から、古びた安物の『青い守り石』のペンダントを取り出した。


「その子は、泣きじゃくる俺にこの石を握らせて、『もう痛いの飛んでいけ』と笑った。……その笑顔を守りたくて、俺は死に物狂いで剣を磨いて、騎士になった。いつか、あの光の少女にふさわしい男になるために」


エルナは、息をするのも忘れて、彼の胸元で揺れる青い石を見つめた。


それは、彼女が幼い頃、山で行方不明になった怪我人にあげた、お守りの石と全く同じものだった。


「……ギルバート……? それ、もしかして──」


『私?』と、その言葉が、エルナの唇まで出かかった。


しかし、それを遮るように、ギルバートが顔を上げ、ひどく切なく、狂おしいほどの愛おしさを込めた目でエルナを見つめる。


「だが、王宮で再会した時、その子はもう『聖女』になっていた。……そして、王子の隣で、国中の人々に祝福されるべきまばゆい光になっていたんだ」


ギルバートは、ゆっくりと手を伸ばした。


手袋の外された彼の無骨な手が、エルナの頬に触れるか触れないかの距離で、ピタリと止まる。


彼は、それ以上触れることを自分に許さないように、拳をきつく握りしめて、手を下ろした。


「俺の過去の光は、お前だ、エルナ。……だが、俺の泥まみれの手じゃ、今の、そしてこれからの聖女のお前を汚してしまう。お前の光は、あの綺麗な第一王子の隣に、一番綺麗な場所にいるべきなんだ」


「そんなこと……! 私は、そんな綺麗なだけの場所なんて……!」


「いいや、お前はあそこにいるべきだ」


ギルバートの瞳に、絶対の、そして哀しいほどの決意が宿る。


「俺は、お前をあの場所へ送り届けるためのただの護衛に過ぎない。お前が光の中で幸せになるなら、俺の過去も、この命も、すべて報われる」


雨の音が、エルナの叫びたい言葉を全てかき消していく。


ギルバートが自分をどれほど深く、狂おしいほどに愛してくれているか。


そして、愛しているからこそ、彼は最初から身を引くと決めているのだという残酷な事実を、エルナは雨の中で、痛いほど知ってしまったのだった。

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