14幕 涙の真実は、心に優しい虹を描いた
――俺は知った。水無月の本当の想いを、彼女の口から直接聞かされた。
自分が救われたと思っていたのに、本当は俺も彼女を救っていたなんて……気付くはずもなかった。
「分かったよね、一色くんが私を救ってくれたってことは」
「ああ、良く分かった――そっか、俺は、お前を救うことが出来ていたんだな」
それを知って、俺は少し満たされた。
――ずっと自分の一方通行だと思っていたから。だからそれが一方通行でないことが分かって、安心した。
だけど、本当は全く救えてなんていないのだろう。
…………だって彼女から、まだ一言も言われていない言葉があるから。
「……俺はさ、君にずっと理想ばかりを押し付けていた」
水無月は、笑顔で楽しんで絵を描いて、いつも美しい世界を描ける。優しくて皆の中心で笑顔という花を咲かせる。
だけど本当は、誰よりも傷ついていて、笑顔の下でいつも苦しんでいて、些細な願いさえも叶えることのできない……そんな女の子だった。
でも、俺は失望なんてするはずがなかった。
「――確かに俺は、水無月を一度救ったかもしれない。だけど、今の水無月は、救われているのか?」
「……っ。それは」
水無月の問題は何一つ解決していない。彼女の手は今も震えて絵を描けず、楽しんで絵を描くこともままならない。
そんな状態で救われたとか言われても……納得できるはずがない。
「でも、どうすれば良いか、私は分からないの。確かに一色くんの事情は知った。一色くんが私の絵で感動して、認めてくれていたのも再認識出来た。……でも、私の手の震えはきっと止まってくれないんだよ」
水無月は、部室に落ちていた筆を拾おうとするが……条件反射のように手が震える。
「――目が悪くなって、線が全然上手に引けなくなった。色弱のせいで赤の判別も上手くできなくて、そんな私がどうやって良い絵を描けばいいの? ……分かんないよ、一色くん」
「……良い絵を描く、か」
俺は彼女の言葉に疑問を持った。
――良い絵というのは、果たして描こうと思って描けるものなのだろうか。
そもそも良い絵とは何か。たぶん、それは人それぞれ考えが違う。だから俺の言葉には何の説得性はない。
「……俺は水無月の描く作品を、良い絵だって思うけどな」
俺は、目の前の彼女の作品を指でなぞりながら、そう言った。
「水無月はこの作品を、良い絵を描こうと思っただけで描いたのか?」
「……違う! この絵は、ママを想って描いて、だから――あっ」
……そうだ。この絵にはとてもつもない想い篭っていた。それを俺は感じ取ったんだ。
俺の目には、この絵は色とりどりの美しいものに映る。それはこの作品だけじゃなく、水無月がこれまで描いてきた作品全てに言えることだ。
少なくとも、あのアルバムの中の全てに色が宿っていた。その全ては、水無月のひたむきな想いが詰まっていたからなんだと思う。
「誰かを想って描いた作品には命が宿る――本当にその通りだと思う。水無月の絵もそうだし、きっと俺の漫画だってそうなんだ」
俺は、美術部を想って作品を描いた。そうしたら、雪彦先輩や海老名先輩は感動してくれて、水無月もまた、感動してくれた。
「水無月が楽しんで描けないのは、そんな想いが今は無くなってしまったからだと思う。良い作品を描かないといけないって、心のどこかで思いつめているんだ」
……そしてそれは、俺の責任でもある。
「――だって、そうでもしないと……」
……水無月は閉じた口を、ゆっくりと開いた。
「――一色くんのあの顔を、見ることが出来ないって思ってたから!」
そして感情の濁流を抑え切れなくなったように、涙声でそう叫んだ。
「あの時、私は本当に嬉しかったの! ママ以外に、本当に心から感動してくれた人は、一色くんだけだった!」
今まで言うことの出来なかった本音が、水無月の口から吐き出される。
「それに縋って、依存して! そんな歪んだ想いで描いた作品が、良いはずないもん!!」
……それが、どうしようもなく――俺は、嬉しかった。
感動をくれた人に報いたいって、それは俺も同じだ。報いたいけど、でもその方法が分からなかった。それを聞くことも足踏みして出来なくて、八方塞がりだ。
「……私は、楽しく絵を描きたいだけなのにっ」
その叫びが嘘だとは思わなかった。
……むしろ水無月らしい考え方だと、頬が緩んでしまう。義理堅く、自分に対して厳しい。周りからしたら大したことでもないのだろうけど、俺にはその気持ちが少なくとも理解できる。
――理解できる俺だから、言わないといけない。
この美術部に入ってから変わった考えや気持ち。入る前から持っていたかもしれない価値観。それらを水無月に真正面からぶつけよう。
「――縋って、何が悪いんだ? 依存して、何が悪いんだ?」
「…………え?」
俺の言葉に、水無月は目を見開く。
水無月はずっと、それが悪いことだと決め付けている。それが純粋な想いじゃないから、そんな自分が描く作品が美しいものなんかじゃないのだと、そう決め付けていた。
……水無月は勘違いしているけど、彼女の抱くそれは決して歪んだものなんかじゃない。むしろ誰よりも純粋なものだと俺は思った。
「水無月も俺も、何でも自分の中で答えを出し過ぎなんだよ。水無月の言う縋りとか依存って、たぶん周りはそんな風には思わないぞ」
「で、でも」
「まず俺がそう思わない――感動してくれる人のために、もっと感動させる作品を生みたい。褒めてほしい、認めてほしい。それのどこが歪んでるんだよ」
……誰だってそれを求めている。言葉にはしないだけで、根底では人はそんな生き物だ。
努力をしても納得できない人だって、褒められて嫌な気はしない。
……水無月を納得させる、分からせる言葉がいる。俺と同じで石頭の水無月に、前を向いてもらえる言葉がいる。
そう思って、俺は口を開けた。
「――線ってさ、点と点を結ばないと引けないものだろ」
「一色くんは、何を言って……」
「まあとりあえず聞いてくれよ――人は一人では線を引けない。でも人が線を引けるようになるのは、実は一人じゃないからなんだ」
……何を詩人のようなことを言っている。
こんなもの、水無月の真似事だ。自分でも何を言っているのかと恥ずかしくなる。
きっと明日になれば顔を真っ赤にして、水無月と顔も合わせられないだろう。だけど今日はもう、数え切れないほどの恥ずかしいことばかりしてきたから、感覚が麻痺していた。
だから、言いたいことを言ってしまおう。そして明日、盛大に後悔しよう。
「それは色も同じで、自分一人だけでは色なんて塗れない。最初は誰かに教えられるんだ。…………線と色、その二つで出来ている絵だって、同じなんだよ。自分ためのために絵を描き続けることは出来ない。……料理だって同じだな」
「自分のためだけに……」
「……描きたいものの先には、見て欲しい人がいる。例えどれだけ自己満足に浸っても、根底にあるのはそんな想いなんだ――水無月は一人で何とかしようとしていると思う。だけど周りに目を向けてくれ」
「周り……?」
水無月は顔を上げ、周りを見渡す。
……そこにあるのは、たくさんの絵だ。俺の作品があり、先輩たちの作品の数々。その中には水無月の作品もある。
「……水無月の周りには、俺がいる。貴音先輩がいる。雪彦先輩も、海老名先輩も……皆、水無月の手を握り続けているんだ」
だから、例え一人でも、一人なんかじゃない。
「目には見えない、たくさんの手で繋がっているんだ。俺たちはそんな見えない輪で繋がっている――だから、怖がる必要なんて、ないんだよ」
……結局言いたいことはそれだ。一人で頑張ることが無理なら、手を伸ばして助けを求めて欲しい。
それを伝えたかった。水無月にはそれが伝わっているのだろうか。彼女は下を向いて、無言のままだった。身体は少し震えていて、鼻を啜る音も聞こえた。
「…………でも」
床を向いたまま、水無月は呟く。ポツリポツリと涙の雫が次々に流れ落ちて、床に小さな水溜りが出来る。
「――俺は水無月を全部、受け止める」
俺が最後、そう言った瞬間だった。
……水無月はバッと顔を上げた。……その表情は、涙で覆われていた。眉間に皺を寄せて、あまり他人に見せられるものではない。
「それでも……」
だけど俺は、それが魅力的に感じた。水無月の本当の素顔を、隠してきた本音がそこにはあった。
「――それでも、怖いの! このままずっと、絵が描けないんじゃないかって思うと、私の大好きなものが無くなってしまうのが!! ……自分では、どうすることも出来ないのが、怖いんだよぉ!!」
……水無月は、瞳に涙を溜めて、そう叫んだ。
……ああ、怖い。辛くて、悲しくて、何も喉を通らないほどに、厳しい現実だ。全てを理解することが出来ないことが心苦しい。
俺は彼女になんて言葉を掛けたら良い……昔ならずっとそう思っていたと思う。
彼女が傷つかないように言葉を探して、その結果、何も見つからずに無言になっていた。
「――だったら、俺が水無月の代わりに線を描くよ」
「――」
俺は水無月の肩を掴んで、目を合わせてそう言った。
「水無月は線を描けないんだろ? だったら俺が、水無月の代わりに線を描く。だから水無月は俺の代わりに色を塗ってくれ」
「ちょ、待って、一色くんは何を言って」
「だから――二人三脚をしようって言っているんだ」
俺があっけらかんとした態度でそう言うからか、水無月はひどく狼狽していた。
――俺には色が足りない。水無月には線が足りない。俺たちは本当に欠陥だらけだ。
でも今は、それが良かったとさえ思える。きっと俺は、色が見えていたら水無月と出会うことはなかったから。
俺は話に付いて来ていない水無月を置いて、話し続けた。
「自分で言うのもあれだけど、俺は線が綺麗で定評があるからな。水無月が色を担当してくれたら、互いの欠点を補えると思うんだよ。具体的なプランは――」
「ま、待って! ……私、今は色も塗れないんだよ? そんな状態じゃ、ただ足を引っ張るだけだよ……っ」
……そうだな。その点に関しては、保証は何も出来ない。何せ水無月自身の問題だから。俺がどんな前向きな言葉で言いくるめても意味はない。
だから俺がすべきなのは、水無月が自分で前を向かせること。そう思わせてしまうことを話そう。
「足の引っ張り合いの何が悪いんだ」
「違う、私の一方的な」
「――ここまで俺が水無月の足を引っ張って、今は水無月。どこも一方的ではないよ」
……俺は、そこでようやく水無月の絵の隣――布の被せられたキャンバスに手を掛けた。
布を取り払い、水無月にその絵を見せる。そこに描かれているのは――
「――これが水無月の、願いだ」
「これって……」
水無月が描きたかった、願いだ。
木漏れ日の美術部で、ゆっくりと、仲間と楽しく絵を描く。手が震える状態で描こうとしていた、あるはずのない絵だ。
その絵を前にして、水無月はキャンバスにゆっくりと近づいた。
イーゼルからキャンバスを外し、手に取ってじっくりと見る。そして……驚いた表情を浮かべた。
「水無月の描いた絵を俺が描き起こした――間違っていたら、ごめん。でも俺には、水無月が美術部の皆に助けを求めてる。……そう思ったんだ」
「……すごいや――私の描こうとしてた絵が、描けなかった絵だ……っ」
水無月は、俺の描き起こした線画を指でなぞり、俺の不安を肯定してくれた。
「苦労したよ。でもこの絵に、水無月の願いが篭っていると思って、自分なりの解釈で描いたんだ」
あんな線の集合体から、良くここまで絵に出来たものだ。
……水無月は俺の考えを肯定した。つまり水無月は、紛れもなく俺たちに助けを求めていたってことだ。
「――そろそろ、頼っても良いんじゃないか?」
……俺は水無月に、そう提案する。だけど水無月は自分がどうしたら良いか分からず、再び下を向いてしまった。
……思い付かないのは当然だ。そんなにすぐに思い付いているのなら、苦労はしない。
「……でも、どうすればいいの? 一色くんが私の線を描くって言っても、そんな機会は」
「――機会はあるよ」
……そう、俺は機会を見つけたのだ。
俺は水無月の質問に応えるため、鞄の中から一枚のチラシを取り出した。水無月はその題目を見て、ポカンとした表情で呟いた。
「向日葵学生、コンクール……?」
「そうだ。このコンクールは、一人じゃなくて、複数人で一つの作品を作るんだ。個ではなく、輪の持つ価値観。それぞれが価値観を研磨して、高め合って描く」
それが向日葵学生コンクールの内容だ。
……一年生の二学期から三学期にかけての課題は、あくまでコンクールに作品を応募すること。その内容までは決められていない。
複数人の制作を念頭に置いたコンクールならば、俺の提案に沿っている。
「――このコンクールに、俺と一緒の合作を出さないか?」
「一緒、に?」
「あぁ、そうだよ。俺と水無月の二人で一つの作品を作るんだ」
……このチラシを見た時、俺にしか出来ないことだと思った。
――水無月の絵の素晴らしさを知っている俺だからこそ、あいつの描きたい世界を知っているからこそ、俺は彼女と共に作品を描きたいと思った。
だけど、それでも水無月は反応が悪かった。
「……ダメだよ、私じゃ、一色くんの足手まといになるよ」
「お前な……まだそんなこと、言ってるのか」
……水無月の自信のなさと遠慮するところは、相変わらずだな。
――あの人たちの漲る自信と遠慮のなさを少しは見習え、馬鹿。心の中でそう思いつつ、俺は水無月の肩を掴む。
「一人が無理なら、二人で足を引っ張り合えば良い。俺だって初めての試みで不安だらけなんだ。……合わない歩幅は、ゆっくりと合わせて行こう。俺は水無月と……楽しんで、絵を描きたいんだ!」
「一色、くん……っ――どうして、ここまで私のために考えて、くれるの? どうして、私のことを、こんなにも分かって、くれるの?」
……どうして、か。
救われたから、救い返す。そう言っても水無月は納得しないだろう。本音を言えば、俺もそれだけではないと思っている。
……明確な答えがある訳ではない。むしろ不鮮明で良く分からない心の答えを、俺が出せるはずがない。
そんな俺でも、一つだけ断言できることがある。
わざわざ言うのもはばかられるし、普段ならば何があろうと口にしないこと。
――俺が水無月のことをどう思っているか。それは……
「それは――きっと、俺にとって、水無月は特別な人だから」
……その感情の答えは、分からない。
「最初に救われてから、水無月は俺にとっての特別だった。……特別な感情の正体は、俺も分からない――だけど、水無月を助けたいって気持ちは、貴音先輩にだって負けないくらいなんだ」
「……あははは――美月ちゃんに負けないなら、嘘なんかじゃないね……っ」
水無月は、笑顔を浮かべた。
瞳に涙を溜めながら、嬉しそうに。その光景は、初めて会った時と同じだった。
あの時のことを思い出して、俺は水無月に問うた。
「――君の色は、何色ですか?」
「……え?」
……俺が不意に投げ掛けた質問に、水無月は目を丸くした。
何で目を丸くしている。この質問は水無月自身が俺に投げ掛けたものだろう。
「最初、これを聞いた時は意味不明で困ったよ。だけど今なら分かる。……色は心なんだ。水無月は俺に、そんな色を聞いてきたんだ」
「……昔、言ったね。色は心で、線は身体だって――私の色は、虹色だよ」
……水無月は梅雨の季節に言ったことを、もう一度俺に言った。
「私は、いつも色があやふや。コロコロと色を変えて、一つに留まらない。中途半端で、何色にもなれない……だから、虹色」
そんな風に自分を否定したように、あの時、水無月は虹色と言ったのか。
――だったらそれを否定しよう。確かに水無月は虹色だけど、それは俺の思う色とはかけ離れている。
……俺の思う水無月の虹色は、
「何色にもなれるくらい豊かな心――それが、水無月の色だよ」
「――ッ」
水無月は、俺の表現に言葉を詰まらせた。
……そうだ、何色にもなれないなんてこと、あるはずがない――水無月は色々な色を俺に見せた。
いつも穏やかな優しく、皆の中心で満面の笑みを浮かべる。少し悪戯なところもあって、だけど基本的には生真面目で色々なことを考えている、真剣なところ。
様々な場面で彼女は人よりも表情が多彩に変わる。それぞれの表情が全て魅力的で、どんな色にだって、水無月はなれるんだ。
「だから、中途半端なんて言わせない。水無月の心は、どんな色にだってなれる豊かなものだ。……俺と同じで、何色にもなれるんだよ」
「……そう、かな?」
「ああ、もう確定的だよ――だって、君のお母さんがそう断言したんだから」
……水無月繭七さん。水無月虹を肯定し続けて、最後まで愛し続けた人だ。
その人ならきっと、水無月の色をそう解釈すると思う。……俺がそう思うのだから。
「あぁ、もぅ……ママが断定するなら、否定できないよ」
水無月は、涙を流しながら苦笑いを浮かべる。
……なぁ、水無月。今、俺が言ったことは、最初は君が言ってくれたことなんだよ。
俺が自分のことを無色透明だって言った時、水無月は俺のことを「何色にもなれるね」って言ったんだ。
その時に思った。水無月は他とは違う何かを感じるって。自分とは表裏のようなのに、水無月のことを知りたいって。
「……正直に言えば、俺も不安だよ。どう転ぶかも分からない。水無月の手の震えが無くなる保証もない。行き当たりばったりで、失敗の連続かもしれない」
「……うん」
「それでも、俺は水無月の力になりたい――君は俺に色を教えてくれた。虹色を見せてくれた。あの時、俺はこのたった一枚の絵で変われたんだ」
「……うんっ」
水無月は、止まることのない涙を流しながら、ひたすら頷き続ける。涙の水溜りは今なお広がり続け、窓からは――夕焼けの木漏れ日が、差し込んだ。
「水無月が一人で変わることが出来ないなら、二人で変われる絵を描こう――俺の色を描いてくれ。水無月の色も描いてくれ!」
……俺と水無月の色。それは単純な色じゃない。
目には見えない色だ。目には見えないからこそ、俺たちはずっと探し続けていた。
探し求めて、失敗して、すれ違った。それでも諦めることが出来なくて、色々な人に迷惑を掛けて……ようやく、それを見つけることが出来た。
それの正体は、たぶん――
「――二人で、こころのいろを、描こう!!」
「――うん……っ!!!」
心の色のことだ。
……水無月は、これほどにないほどに涙を流し、これほどまで見たことのない笑顔を浮かべて、強く頷いた。
俺の手を取って、涙を流す彼女を見て俺も涙が出てしまう。
――強く、水無月の手を握る。絶対に離してやるものか。
「……一色くん」
……不意に、水無月は俺の名を呼ぶ。
「――私のことを、助けて」
「――ああ……っ!!」
水無月は初めて、その言葉を口にした。
決して自分から頼ることのなかった水無月が、初めて本当の意味で頼ってくれた。
それがあまりにも嬉しくて、涙が出てしまう。
……俺は先輩たちに、こんな気持ちを味合わせてしまったのか。
「あぁ、今日は泣かされてばっかりだよ」
「……責任を取れとか、言うなよ?」
「……一色くんは勝手に取ってくれるだろうから、言わないもん」
「…………まぁ、おいおい考える――一緒に先輩たちに謝ろう。俺たちの事で随分と心配を掛けたし、泣かせちゃったからさ」
「うん、謝って、ありがとうって言わないと」
俺と水無月は笑いながら、明日のことを話す。
――思えば俺たちはずっと、昔と今のことばかり考えていた。自分の過去の失敗や現状。その苦しさから未来の話を一度もしてこなかったか。
不安だと、未来が怖いから。だから遠ざけていたのかもしれない。
……だから初めて知った。
――未来の話を、笑顔ですることは心地の良いものってことを、初めて知った。些細なことだと思う。
でも今の俺たちには一番必要なものはそれで、
「一色くん」
「水無月」
……二人して、同時に話しかけてしまう。でもきっと、言いたいことは二人とも同じだ。
だから俺たちは互いに示し合わせたわけでもなく、偶然にも、
「「ありがとう、救ってくれて」」
同じ言葉を口にして、
「……なんで同じこと言うんだよ」
「えへへ……本音だもん」
「……ははは、本音か。じゃあ、仕方ないな」
「うん、仕方ないよ」
そして笑い合った――……。
これにて7章は終わりです。
7章のテーマは、似たもの同士の本音のぶつかり合いですね。色々とこれまで置いていた伏線みたいなものを回収と、これからの物語の道標のようなものでしょうか。
7章をもって起承転結の転が終わり、最後の結に向かいます。それほど長くはならないと思うのでお付き合いくださいませ!




