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こころのいろ  作者: 如月心
第7章 雪溶けの空には虹がかかる
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14幕 涙の真実は、心に優しい虹を描いた

 ――俺は知った。水無月の本当の想いを、彼女の口から直接聞かされた。

 自分が救われたと思っていたのに、本当は俺も彼女を救っていたなんて……気付くはずもなかった。


「分かったよね、一色くんが私を救ってくれたってことは」

「ああ、良く分かった――そっか、俺は、お前を救うことが出来ていたんだな」


 それを知って、俺は少し満たされた。

 ――ずっと自分の一方通行だと思っていたから。だからそれが一方通行でないことが分かって、安心した。


 だけど、本当は全く救えてなんていないのだろう。

 …………だって彼女から、まだ一言も言われていない言葉があるから。


「……俺はさ、君にずっと理想ばかりを押し付けていた」


 水無月は、笑顔で楽しんで絵を描いて、いつも美しい世界を描ける。優しくて皆の中心で笑顔という花を咲かせる。

 だけど本当は、誰よりも傷ついていて、笑顔の下でいつも苦しんでいて、些細な願いさえも叶えることのできない……そんな女の子だった。

 でも、俺は失望なんてするはずがなかった。


「――確かに俺は、水無月を一度救ったかもしれない。だけど、今の水無月は、救われているのか?」

「……っ。それは」


 水無月の問題は何一つ解決していない。彼女の手は今も震えて絵を描けず、楽しんで絵を描くこともままならない。

 そんな状態で救われたとか言われても……納得できるはずがない。


「でも、どうすれば良いか、私は分からないの。確かに一色くんの事情は知った。一色くんが私の絵で感動して、認めてくれていたのも再認識出来た。……でも、私の手の震えはきっと止まってくれないんだよ」


 水無月は、部室に落ちていた筆を拾おうとするが……条件反射のように手が震える。


「――目が悪くなって、線が全然上手に引けなくなった。色弱のせいで赤の判別も上手くできなくて、そんな私がどうやって良い絵を描けばいいの? ……分かんないよ、一色くん」

「……良い絵を描く、か」


 俺は彼女の言葉に疑問を持った。

 ――良い絵というのは、果たして描こうと思って描けるものなのだろうか。

 そもそも良い絵とは何か。たぶん、それは人それぞれ考えが違う。だから俺の言葉には何の説得性はない。


「……俺は水無月の描く作品を、良い絵だって思うけどな」


 俺は、目の前の彼女の作品を指でなぞりながら、そう言った。


「水無月はこの作品を、良い絵を描こうと思っただけで描いたのか?」

「……違う! この絵は、ママを想って描いて、だから――あっ」


 ……そうだ。この絵にはとてもつもない想い篭っていた。それを俺は感じ取ったんだ。

 俺の目には、この絵は色とりどりの美しいものに映る。それはこの作品だけじゃなく、水無月がこれまで描いてきた作品全てに言えることだ。


 少なくとも、あのアルバムの中の全てに色が宿っていた。その全ては、水無月のひたむきな想いが詰まっていたからなんだと思う。


「誰かを想って描いた作品には命が宿る――本当にその通りだと思う。水無月の絵もそうだし、きっと俺の漫画だってそうなんだ」


 俺は、美術部を想って作品を描いた。そうしたら、雪彦先輩や海老名先輩は感動してくれて、水無月もまた、感動してくれた。


「水無月が楽しんで描けないのは、そんな想いが今は無くなってしまったからだと思う。良い作品を描かないといけないって、心のどこかで思いつめているんだ」


 ……そしてそれは、俺の責任でもある。


「――だって、そうでもしないと……」


……水無月は閉じた口を、ゆっくりと開いた。


「――一色くんのあの顔を、見ることが出来ないって思ってたから!」


 そして感情の濁流を抑え切れなくなったように、涙声でそう叫んだ。


「あの時、私は本当に嬉しかったの! ママ以外に、本当に心から感動してくれた人は、一色くんだけだった!」 


 今まで言うことの出来なかった本音が、水無月の口から吐き出される。


「それに縋って、依存して! そんな歪んだ想いで描いた作品が、良いはずないもん!!」


 ……それが、どうしようもなく――俺は、嬉しかった。

 感動をくれた人に報いたいって、それは俺も同じだ。報いたいけど、でもその方法が分からなかった。それを聞くことも足踏みして出来なくて、八方塞がりだ。


「……私は、楽しく絵を描きたいだけなのにっ」


 その叫びが嘘だとは思わなかった。

 ……むしろ水無月らしい考え方だと、頬が緩んでしまう。義理堅く、自分に対して厳しい。周りからしたら大したことでもないのだろうけど、俺にはその気持ちが少なくとも理解できる。

 ――理解できる俺だから、言わないといけない。


 この美術部に入ってから変わった考えや気持ち。入る前から持っていたかもしれない価値観。それらを水無月に真正面からぶつけよう。


「――縋って、何が悪いんだ? 依存して、何が悪いんだ?」

「…………え?」


 俺の言葉に、水無月は目を見開く。

 水無月はずっと、それが悪いことだと決め付けている。それが純粋な想いじゃないから、そんな自分が描く作品が美しいものなんかじゃないのだと、そう決め付けていた。


 ……水無月は勘違いしているけど、彼女の抱くそれは決して歪んだものなんかじゃない。むしろ誰よりも純粋なものだと俺は思った。


「水無月も俺も、何でも自分の中で答えを出し過ぎなんだよ。水無月の言う縋りとか依存って、たぶん周りはそんな風には思わないぞ」

「で、でも」

「まず俺がそう思わない――感動してくれる人のために、もっと感動させる作品を生みたい。褒めてほしい、認めてほしい。それのどこが歪んでるんだよ」


 ……誰だってそれを求めている。言葉にはしないだけで、根底では人はそんな生き物だ。

 努力をしても納得できない人だって、褒められて嫌な気はしない。

 ……水無月を納得させる、分からせる言葉がいる。俺と同じで石頭の水無月に、前を向いてもらえる言葉がいる。

 そう思って、俺は口を開けた。


「――線ってさ、点と点を結ばないと引けないものだろ」

「一色くんは、何を言って……」

「まあとりあえず聞いてくれよ――人は一人では線を引けない。でも人が線を引けるようになるのは、実は一人じゃないからなんだ」


 ……何を詩人のようなことを言っている。

 こんなもの、水無月の真似事だ。自分でも何を言っているのかと恥ずかしくなる。


 きっと明日になれば顔を真っ赤にして、水無月と顔も合わせられないだろう。だけど今日はもう、数え切れないほどの恥ずかしいことばかりしてきたから、感覚が麻痺していた。

 だから、言いたいことを言ってしまおう。そして明日、盛大に後悔しよう。


「それは色も同じで、自分一人だけでは色なんて塗れない。最初は誰かに教えられるんだ。…………線と色、その二つで出来ている絵だって、同じなんだよ。自分ためのために絵を描き続けることは出来ない。……料理だって同じだな」

「自分のためだけに……」

「……描きたいものの先には、見て欲しい人がいる。例えどれだけ自己満足に浸っても、根底にあるのはそんな想いなんだ――水無月は一人で何とかしようとしていると思う。だけど周りに目を向けてくれ」

「周り……?」


 水無月は顔を上げ、周りを見渡す。

 ……そこにあるのは、たくさんの絵だ。俺の作品があり、先輩たちの作品の数々。その中には水無月の作品もある。


「……水無月の周りには、俺がいる。貴音先輩がいる。雪彦先輩も、海老名先輩も……皆、水無月の手を握り続けているんだ」


 だから、例え一人でも、一人なんかじゃない。


「目には見えない、たくさんの手で繋がっているんだ。俺たちはそんな見えない輪で繋がっている――だから、怖がる必要なんて、ないんだよ」


 ……結局言いたいことはそれだ。一人で頑張ることが無理なら、手を伸ばして助けを求めて欲しい。

 それを伝えたかった。水無月にはそれが伝わっているのだろうか。彼女は下を向いて、無言のままだった。身体は少し震えていて、鼻を啜る音も聞こえた。


「…………でも」


 床を向いたまま、水無月は呟く。ポツリポツリと涙の雫が次々に流れ落ちて、床に小さな水溜りが出来る。


「――俺は水無月を全部、受け止める」


 俺が最後、そう言った瞬間だった。

 ……水無月はバッと顔を上げた。……その表情は、涙で覆われていた。眉間に皺を寄せて、あまり他人に見せられるものではない。


「それでも……」


 だけど俺は、それが魅力的に感じた。水無月の本当の素顔を、隠してきた本音がそこにはあった。


「――それでも、怖いの! このままずっと、絵が描けないんじゃないかって思うと、私の大好きなものが無くなってしまうのが!! ……自分では、どうすることも出来ないのが、怖いんだよぉ!!」


 ……水無月は、瞳に涙を溜めて、そう叫んだ。

 ……ああ、怖い。辛くて、悲しくて、何も喉を通らないほどに、厳しい現実だ。全てを理解することが出来ないことが心苦しい。

 俺は彼女になんて言葉を掛けたら良い……昔ならずっとそう思っていたと思う。

 彼女が傷つかないように言葉を探して、その結果、何も見つからずに無言になっていた。


「――だったら、俺が水無月の代わりに線を描くよ」

「――」


 俺は水無月の肩を掴んで、目を合わせてそう言った。


「水無月は線を描けないんだろ? だったら俺が、水無月の代わりに線を描く。だから水無月は俺の代わりに色を塗ってくれ」

「ちょ、待って、一色くんは何を言って」

「だから――二人三脚をしようって言っているんだ」


 俺があっけらかんとした態度でそう言うからか、水無月はひどく狼狽していた。

 ――俺には色が足りない。水無月には線が足りない。俺たちは本当に欠陥だらけだ。

 でも今は、それが良かったとさえ思える。きっと俺は、色が見えていたら水無月と出会うことはなかったから。

 俺は話に付いて来ていない水無月を置いて、話し続けた。


「自分で言うのもあれだけど、俺は線が綺麗で定評があるからな。水無月が色を担当してくれたら、互いの欠点を補えると思うんだよ。具体的なプランは――」

「ま、待って! ……私、今は色も塗れないんだよ? そんな状態じゃ、ただ足を引っ張るだけだよ……っ」


 ……そうだな。その点に関しては、保証は何も出来ない。何せ水無月自身の問題だから。俺がどんな前向きな言葉で言いくるめても意味はない。

 だから俺がすべきなのは、水無月が自分で前を向かせること。そう思わせてしまうことを話そう。


「足の引っ張り合いの何が悪いんだ」

「違う、私の一方的な」

「――ここまで俺が水無月の足を引っ張って、今は水無月。どこも一方的ではないよ」


 ……俺は、そこでようやく水無月の絵の隣――布の被せられたキャンバスに手を掛けた。

 布を取り払い、水無月にその絵を見せる。そこに描かれているのは――


「――これが水無月の、願いだ」

「これって……」


 水無月が描きたかった、願いだ。

 木漏れ日の美術部で、ゆっくりと、仲間と楽しく絵を描く。手が震える状態で描こうとしていた、あるはずのない絵だ。

 その絵を前にして、水無月はキャンバスにゆっくりと近づいた。

 イーゼルからキャンバスを外し、手に取ってじっくりと見る。そして……驚いた表情を浮かべた。


「水無月の描いた絵を俺が描き起こした――間違っていたら、ごめん。でも俺には、水無月が美術部の皆に助けを求めてる。……そう思ったんだ」

「……すごいや――私の描こうとしてた絵が、描けなかった絵だ……っ」


 水無月は、俺の描き起こした線画を指でなぞり、俺の不安を肯定してくれた。


「苦労したよ。でもこの絵に、水無月の願いが篭っていると思って、自分なりの解釈で描いたんだ」


 あんな線の集合体から、良くここまで絵に出来たものだ。

 ……水無月は俺の考えを肯定した。つまり水無月は、紛れもなく俺たちに助けを求めていたってことだ。


「――そろそろ、頼っても良いんじゃないか?」


 ……俺は水無月に、そう提案する。だけど水無月は自分がどうしたら良いか分からず、再び下を向いてしまった。

 ……思い付かないのは当然だ。そんなにすぐに思い付いているのなら、苦労はしない。


「……でも、どうすればいいの? 一色くんが私の線を描くって言っても、そんな機会は」

「――機会はあるよ」


 ……そう、俺は機会を見つけたのだ。

 俺は水無月の質問に応えるため、鞄の中から一枚のチラシを取り出した。水無月はその題目を見て、ポカンとした表情で呟いた。


「向日葵学生、コンクール……?」

「そうだ。このコンクールは、一人じゃなくて、複数人で一つの作品を作るんだ。個ではなく、輪の持つ価値観。それぞれが価値観を研磨して、高め合って描く」


 それが向日葵学生コンクールの内容だ。

 ……一年生の二学期から三学期にかけての課題は、あくまでコンクールに作品を応募すること。その内容までは決められていない。

 複数人の制作を念頭に置いたコンクールならば、俺の提案に沿っている。


「――このコンクールに、俺と一緒の合作を出さないか?」

「一緒、に?」

「あぁ、そうだよ。俺と水無月の二人で一つの作品を作るんだ」


 ……このチラシを見た時、俺にしか出来ないことだと思った。

 ――水無月の絵の素晴らしさを知っている俺だからこそ、あいつの描きたい世界を知っているからこそ、俺は彼女と共に作品を描きたいと思った。

 だけど、それでも水無月は反応が悪かった。


「……ダメだよ、私じゃ、一色くんの足手まといになるよ」

「お前な……まだそんなこと、言ってるのか」


 ……水無月の自信のなさと遠慮するところは、相変わらずだな。

 ――あの人たちの漲る自信と遠慮のなさを少しは見習え、馬鹿。心の中でそう思いつつ、俺は水無月の肩を掴む。


「一人が無理なら、二人で足を引っ張り合えば良い。俺だって初めての試みで不安だらけなんだ。……合わない歩幅は、ゆっくりと合わせて行こう。俺は水無月と……楽しんで、絵を描きたいんだ!」

「一色、くん……っ――どうして、ここまで私のために考えて、くれるの? どうして、私のことを、こんなにも分かって、くれるの?」


 ……どうして、か。

 救われたから、救い返す。そう言っても水無月は納得しないだろう。本音を言えば、俺もそれだけではないと思っている。

 ……明確な答えがある訳ではない。むしろ不鮮明で良く分からない心の答えを、俺が出せるはずがない。


 そんな俺でも、一つだけ断言できることがある。

 わざわざ言うのもはばかられるし、普段ならば何があろうと口にしないこと。

 ――俺が水無月のことをどう思っているか。それは……


「それは――きっと、俺にとって、水無月は特別な人だから」


 ……その感情の答えは、分からない。


「最初に救われてから、水無月は俺にとっての特別だった。……特別な感情の正体は、俺も分からない――だけど、水無月を助けたいって気持ちは、貴音先輩にだって負けないくらいなんだ」

「……あははは――美月ちゃんに負けないなら、嘘なんかじゃないね……っ」


 水無月は、笑顔を浮かべた。

 瞳に涙を溜めながら、嬉しそうに。その光景は、初めて会った時と同じだった。

 あの時のことを思い出して、俺は水無月に問うた。


「――君の色は、何色ですか?」

「……え?」


 ……俺が不意に投げ掛けた質問に、水無月は目を丸くした。

 何で目を丸くしている。この質問は水無月自身が俺に投げ掛けたものだろう。


「最初、これを聞いた時は意味不明で困ったよ。だけど今なら分かる。……色は心なんだ。水無月は俺に、そんな色を聞いてきたんだ」

「……昔、言ったね。色は心で、線は身体だって――私の色は、虹色だよ」


 ……水無月は梅雨の季節に言ったことを、もう一度俺に言った。


「私は、いつも色があやふや。コロコロと色を変えて、一つに留まらない。中途半端で、何色にもなれない……だから、虹色」


 そんな風に自分を否定したように、あの時、水無月は虹色と言ったのか。

 ――だったらそれを否定しよう。確かに水無月は虹色だけど、それは俺の思う色とはかけ離れている。

 ……俺の思う水無月の虹色は、


「何色にもなれるくらい豊かな心――それが、水無月の色だよ」

「――ッ」


 水無月は、俺の表現に言葉を詰まらせた。

 ……そうだ、何色にもなれないなんてこと、あるはずがない――水無月は色々な色を俺に見せた。

 いつも穏やかな優しく、皆の中心で満面の笑みを浮かべる。少し悪戯なところもあって、だけど基本的には生真面目で色々なことを考えている、真剣なところ。


 様々な場面で彼女は人よりも表情が多彩に変わる。それぞれの表情が全て魅力的で、どんな色にだって、水無月はなれるんだ。


「だから、中途半端なんて言わせない。水無月の心は、どんな色にだってなれる豊かなものだ。……俺と同じで、何色にもなれるんだよ」

「……そう、かな?」

「ああ、もう確定的だよ――だって、君のお母さんがそう断言したんだから」


 ……水無月繭七さん。水無月虹を肯定し続けて、最後まで愛し続けた人だ。

 その人ならきっと、水無月の色をそう解釈すると思う。……俺がそう思うのだから。


「あぁ、もぅ……ママが断定するなら、否定できないよ」


 水無月は、涙を流しながら苦笑いを浮かべる。

 ……なぁ、水無月。今、俺が言ったことは、最初は君が言ってくれたことなんだよ。

 俺が自分のことを無色透明だって言った時、水無月は俺のことを「何色にもなれるね」って言ったんだ。


 その時に思った。水無月は他とは違う何かを感じるって。自分とは表裏のようなのに、水無月のことを知りたいって。


「……正直に言えば、俺も不安だよ。どう転ぶかも分からない。水無月の手の震えが無くなる保証もない。行き当たりばったりで、失敗の連続かもしれない」

「……うん」

「それでも、俺は水無月の力になりたい――君は俺に色を教えてくれた。虹色を見せてくれた。あの時、俺はこのたった一枚の絵で変われたんだ」

「……うんっ」


 水無月は、止まることのない涙を流しながら、ひたすら頷き続ける。涙の水溜りは今なお広がり続け、窓からは――夕焼けの木漏れ日が、差し込んだ。


「水無月が一人で変わることが出来ないなら、二人で変われる絵を描こう――俺の色を描いてくれ。水無月の色も描いてくれ!」


 ……俺と水無月の色。それは単純な色じゃない。

 目には見えない色だ。目には見えないからこそ、俺たちはずっと探し続けていた。

 探し求めて、失敗して、すれ違った。それでも諦めることが出来なくて、色々な人に迷惑を掛けて……ようやく、それを見つけることが出来た。

 それの正体は、たぶん――


「――二人で、こころのいろを、描こう!!」

「――うん……っ!!!」


 心の色のことだ。

 ……水無月は、これほどにないほどに涙を流し、これほどまで見たことのない笑顔を浮かべて、強く頷いた。

 俺の手を取って、涙を流す彼女を見て俺も涙が出てしまう。

 ――強く、水無月の手を握る。絶対に離してやるものか。


「……一色くん」


 ……不意に、水無月は俺の名を呼ぶ。


「――私のことを、助けて」

「――ああ……っ!!」


 水無月は初めて、その言葉を口にした。

 決して自分から頼ることのなかった水無月が、初めて本当の意味で頼ってくれた。

 それがあまりにも嬉しくて、涙が出てしまう。

 ……俺は先輩たちに、こんな気持ちを味合わせてしまったのか。


「あぁ、今日は泣かされてばっかりだよ」

「……責任を取れとか、言うなよ?」

「……一色くんは勝手に取ってくれるだろうから、言わないもん」

「…………まぁ、おいおい考える――一緒に先輩たちに謝ろう。俺たちの事で随分と心配を掛けたし、泣かせちゃったからさ」

「うん、謝って、ありがとうって言わないと」


 俺と水無月は笑いながら、明日のことを話す。

 ――思えば俺たちはずっと、昔と今のことばかり考えていた。自分の過去の失敗や現状。その苦しさから未来の話を一度もしてこなかったか。


 不安だと、未来が怖いから。だから遠ざけていたのかもしれない。

 ……だから初めて知った。

 ――未来の話を、笑顔ですることは心地の良いものってことを、初めて知った。些細なことだと思う。

 でも今の俺たちには一番必要なものはそれで、


「一色くん」

「水無月」


 ……二人して、同時に話しかけてしまう。でもきっと、言いたいことは二人とも同じだ。

 だから俺たちは互いに示し合わせたわけでもなく、偶然にも、


「「ありがとう、救ってくれて」」


 同じ言葉を口にして、


「……なんで同じこと言うんだよ」

「えへへ……本音だもん」

「……ははは、本音か。じゃあ、仕方ないな」

「うん、仕方ないよ」


そして笑い合った――……。


これにて7章は終わりです。

7章のテーマは、似たもの同士の本音のぶつかり合いですね。色々とこれまで置いていた伏線みたいなものを回収と、これからの物語の道標のようなものでしょうか。

7章をもって起承転結の転が終わり、最後の結に向かいます。それほど長くはならないと思うのでお付き合いくださいませ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 千尋と水無月の互いの事実を知り、本音を言い合い、前向きに次のステップへ歩もうとする姿勢が伝わってきてよいと感じました。 GWはこの小説を読むのに没頭していました。ありがとうございます
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