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こころのいろ  作者: 如月心
第7章 雪溶けの空には虹がかかる
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6幕 彼にしか出来ないこと

「先輩たちはどうしてこう、俺を辱めるのが好きなんですか?」


 ――その時、俺は額に青筋を立ててそう尋ねた。

 ……俺の家での作戦会議の後日、水無月を除く美術部の面々は、学校が休みだというのに学校に来ていた。

 土曜日の学校に来ているのは数少ない教員と運動部ぐらいなもので、校舎はとても静かだ。


 特に特別棟の三階はいつも静かなのに拍車をかけて静寂に包まれていて、俺たちが騒ぐと一階にまで声が届くのじゃないか、と思うほどだった。

 ――部室の鍵は渡邊先生がくれた。普通ならば職員室は空いていないが、渡邊先生がもしかしての時のために事前に取っておいてくれたのだ。

 本当に先生には頭が上がらない。


「いやぁ、やっぱりちひろんの反応って秀逸でね? もうちひろん中毒になってるんだよ!」

「そんな風に言っても嬉しくも何ともありませんから――ほら、そこ。勝手に新しい案をノートに書かないでください」


 一色はノートに手を伸ばそうとしている雪彦の手をパシンと手で払い、じと目で先輩を見つめた。


「クソ、お前の視野はどうなってやがんだ! 今、死角だったぞ!?」

「こうも静かなら動く音で察しますよ。何か余計なことを書いたら昼食抜きですからね」

「――はは、俺がそんなひどいことをするはずないだろ。だから昼抜きはマジで止めてくださいお願いします!」


 ……雪彦先輩は慣れた動きで半ば土下座をする。先輩にはプライドとか、羞恥心とかはもうないのか。入部したての頃はまだ威厳はあったけれど、今は微塵にも感じない。


 ――先日の作戦会議の後半が碌なことにならなかったから、会議は俺の主導で続いていた。

 とはいえ、ある程度のことは既に決まっている。しかしその「ある程度のこと」を実践しないといけないと思うと、気が重い。


 ……ちなみに昼食は俺が四人分のお弁当を作った。大したものは作っていないけど、雪彦先輩が無駄に大きなリアクションを取るから、弁当に期待が掛かる。

 ――何故、弁当に対してプレッシャーを感じないといけないのだ。


「……ふむ、しかしまだまだインパクトに欠けるな」

「インパクトとか考えてどうするんですか。またサプライズとか言い出したら、舌を引っこ抜きますよ」

「こ、殺すつもりか!?」

「言葉を真正面に受け取らないでください――これでも十分にインパクトはありますよ」


 最初に至っては、水無月の了承も何もない。無理やり化粧して、無理やりお洒落を強行し、家から追い出す。これのどこがインパクトなしだ。衝撃的過ぎるプランだ。

 ……今の水無月にはそれぐらいの強引さが必要、というのは貴音先輩の意見だ。それは一応納得はするけれども……。


「しかしなぁ……あまりに普通のデート過ぎて、このままだと私が血の滝を目と口から流してしまう」

「少しは水無月離れしませんか? これを機に」

「――断る」


 頑なだ。何があろうと、この人は水無月の過保護を止めないらしい。

 俺は先輩の馬鹿さ加減に溜息を吐く。そして時計を見た。


「……そろそろお昼ですね」


 既に時計の短針は十二の数字を超えていて、腹の虫も鳴っている。

 しかし飲み物を用意するのを忘れていたな。……先輩たちには曲がりなりにも世話になっているのだから、ここは俺が買いに行くのが妥当だろう。


「俺、飲み物を買いに行ってきます。何が良いですか?」


 俺は自分からそう提案すると、三人は少し考え、そして――


「スーパーイチゴミルク!!」

「黒糖珈琲微糖で頼む」

「グレートコーラ、よろしくな!」

「…………分かりましたよ」


 どうもわざととしか思えない。

 ――それぞれが言った飲み物は、売っている自販機が全てバラバラだった。海老名先輩の言った飲み物は二年校舎の一階に、貴音先輩のものは研究棟の近くで雪彦先輩のものに至っては授業棟の三階にある。雪彦先輩には悪意を感じた。


 随分とマニアチックな飲み物ばかりなのは、全てがご当地の飲み物だからだ。

 ……この学校、何故かそういった飲み物が自販機に入っていて、しかも一つにまとめればいいものを、各所の自販機にバラバラに配置しているところにも悪意を感じた。


「じゃあ行ってきますけど、余計なことはしないでくださいね?」


 俺は若干の不安を残しつつ、部室を離れる。

 ……場所的に最初は研究棟から行くのが手っ取り早いか。研究棟と一年校舎、二年校舎、三年校舎と授業棟は並列に並んでいるから、順番に行ける。


 研究棟に寄るなら、渡邊先生のところに寄ろう。色々と迷惑を掛けたから、コーヒーでも差し入れに持っていくか。


「……咲良先生もいるのかな」


 運動部が活動をしているのなら、養護教諭の咲良先生もいるだろう。俺は研究棟に行くため、今いる特別棟の一階に行った。

 研究棟はどこの校舎とも繋がっていないから、一度外に出る必要があるからだ。


 歩いていると目的の自動販売機にたどり着き、まずはそこで貴音先輩の飲み物を買った。ついでに先生たちにコーヒーと紅茶を購入し、研究棟に入っていく。

 その途中、忌々しい美術系の研究室の横を通り、研究棟の最奥にある漫画系の研究室に入って行った。

 研究室には渡邊先生がいた。他の教員はいなく、代わりに咲良先生がいる。


「失礼します」

「一色くん、どうしたんだい? 先輩たちが問題を起こしたのかな」

「……最初からそれを疑うのは無理もないですが、今日は違います」


 俺といえども苦笑いを浮かべてしまう。あの人たちは疑われるようなことを今までに繰り返しているから、しょうがない。ともかく俺は二人の側に近寄った。

 ……二人は食事をしているようだ。広げられた同じ弁当箱には、中身も同じものが入っている。

 ――咲良先生のお手製と見た。中身は洋風がメインで、見た目も良い。


「すみません、お邪魔でしたか」

「一色くん、それは彼らの悪い影響かな。ちょっと僕の彼らへの教育は甘かったようだ」

「一色くんは彼らに染まってはダメよ。美術部唯一の良心なんだから」


 先生たちは真剣な表情で、二人して俺の両肩をそれぞれが掴んでそう言った。


「あの、心配しなくても俺はあの人たちを反面教師にして生きています」

「なら安心だね。いやぁ、僕もまだまだ若輩者だ。こんなことで取り乱すなんて、恥ずかしいな」

「全くですよ」


 俺と渡邊先生の会話をあの人たちが聞けばどうなるか。……怒りはするが、渡邊先生の前では何も言えないか。


「それで一色くんはどういったご用件?」

「これ、つまらない差し入れなんですけど……」


 咲良先生がそう尋ねてきたから、俺は片手で抱えるように持っていた二つの缶を机の上に置いた。


「悪いね、気をつかわせてしまったみたいで」

「払うわよ、これくらい」

「いや、良いです――ずっとお世話になりっぱなしだから、これくらいはさせてください」


 俺がそう言うと……先生たちは呆然と俺の顔を見つめてきた。

 なんだ、その顔は。まるで見たこともないようなものを見ているような表情だ。流石にこんな表情を浮かべられたら居心地が悪い。


「な、なんですか。何か変なことを言いましたか?」

「い、いえ? ただ、すごく自然に笑うなって思ってね」


 咲良先生がアタフタしながらそう言ってくる。

 ……俺は今、笑っていたのか? 自分では全く気付かなかった。


「俺もたまには笑いますよ」

「そういう意味じゃないんだけど……ねぇ、玲」


 咲良先生は同意を求めるように渡邊先生にそう言った。渡邊先生はその声でハッとして、そして――とてつもない笑顔を俺に向けた。


「そうだね。とても、一色くんらしい笑顔だったよ」

「……俺らしいなら別に驚く必要もないでしょう」

「そんなことはないさ。むしろ驚くよ。だって一色くんは、自分らしく笑うことを、まるで禁忌のことのように抑えていたんだから」


 渡邊先生は、そんな表現をしてくる。

 ……禁忌に思う、なんて漫画家らしい表現だ。だけどその意味が俺は自分では分からない。

 かといってそれをわざわざ聞くのも、どこか違う気がする。それは自分で気付くべきことなんじゃないかと、そう思った。


「先生が何を言いたいかは、分からないですけど……仮に先生たちが言ってるように、俺らしく笑っていたんだとしたら――美術部のおかげですよ」


 ……本心から、そう思う。

 ――先輩たちは俺の話を聞いてくれた。俺の思いを聞いて、俺の一方的な願いも受け入れてくれた。わがままを言ったのに、それを平気で許してくれて……だからこそ、どうしてか気が楽なんだ。


 今までにない気分であることは間違いない。ただ、それを全て素直に表現してしまうのは恥ずかしくて……


「自分を隠すのは、もう止めたんです。……すみません、少し嘘です。隠すことは少なからずまだありますけど――本心を隠して、周りの心配させる方が余計辛いってことに、やっと気付いたんです」


 そんなことをしていたから、俺は水無月を傷付けてしまった。

 ……そんなことをしなくても、もしかしたら水無月を傷付けてしまっていたかもしれない。でも俺が本心を隠し、周りが心配するという可能性を排除してしまったせいで今、こんな状況になってしまっている。

 それは間違いなくて、だからこそ――いや、そうでなくても俺は力を尽くしたい。


「自分が痛い目を見ないと分からないって、本当に馬鹿らしいですよね。……だから、先生には謝罪の思いでたくさんです」


 今すぐにでも先生に謝りたい。あれだけ心配してくれて、たくさんの言葉をかけてくれて、いつも見守ってくれていたのに。それなのにこんな状況になって、今なお心配をかけて。

 だけど謝るのはまだなんだ。まだ何も解決していない。自分が少し晴れやかになったからすぐに謝罪するのは間違っている。


 謝るのは、自分のすることをして、水無月としっかりと向き合って――それから二人で謝りに来るんだ。迷惑を掛けた人たち全員に謝って、そして――感謝をする。

 ……でも、少しだけその考えから外れる。謝りはしない――だけど先に、一つだけ言わないといけないことがある。


「今、色々と事情があって謝ることは出来ないことを、許してください」

「……許すもなにも、僕は怒ってなんて」

「ええ、知っています――だから、そんな先生に感謝をしたいんです。いつも俺を……俺たちを見守ってくれて、ありがとうござます」

「「――」」


 ……たぶん、今の俺はちゃんと笑顔でそう言えていると思う。先生たちの顔色は残念ながら分からない。

 けど、嫌な顔はしていないと思うから。だからこの行動には間違いはない。


「渡邊先生は、傷つくことを恐れずに前に進んでほしいって言いましたよね。……あの時、その意味がちゃんと理解できていませんでした」


 あの言葉を掛けられた後、すぐに俺は失敗した。美術部から、水無月から逃げて、でも無関心で居ることは出来なかった。


「でも、今は前に進めます。……不安はずっとありますけど、でも――怖くても、俺は水無月の力になります」

「……一色くん」


 渡邊先生は、どこか泣きそうな表情を浮かべるも、それを耐えるように笑う。

 ……俺は先生たちに頭を下げて、研究室から出ようとする。


「――一色くん!!」


 ……その時、渡邊先生が力強く俺の名を呼んだ。俺は振り返り、先生たちを見る。

 渡邊先生と、咲良先生と目が合った。きっと言いたいことがたくさんあるのだろう。それが目を見るだけで分かった。


「……授業の課題、そろそろ出してもらわないと困るんだ」

「……はい」

「だから――早く、持って来れるようにしてくれると、助かるよ」

「――はい」


 その言葉の意味を受け取り、俺は確かに頷いた。

 ……俺の漫画の課題を最初に見る人は決まっている。その人に見せないと課題を出すことが出来ないと渡邊先生に言った。

 俺は次こそ背中を二人見せ、研究室を出る。部屋の扉を閉め切る前、


「頑張って、一色くん」


 背中越しにそんな声が聞こえた。それを心の中で頷き、扉を締め切った。


●○●○


 なんとも言えない気分のまま、俺は残りの飲み物を買いに校舎を歩いていた。

 二年校舎の一階で海老名先輩の飲み物を買い、そのまま二年校舎の二階に上がった。二年校舎の二階から三年校舎へ繋がる渡り廊下があり、三年校舎の二階から授業棟に渡り廊下が繋がっているのだ。


 最短で買い物を済ませたいからそのルートを選んだのだが……寄り道というものは付き物で、俺は二年校舎の渡り廊下にある掲示板の前で立ち止まった。


「……すごいな、これは」


 各学年にはそれぞれ掲示板が置かれていて、これは二年生のものだ。

 掲示板にはそれぞれ芸術関連のコンクールのチラシがピン止めされており、それは一年生も同様だ。

 一年生と二年生以上の学年で違いがあるとすれば、それはチラシの量である。


 一年生の掲示板は綺麗に整頓がなされていて、それぞれのコースで分けられているのだが……二年生以上は授業の形式上、自分でどのコンクールに応募するかは自由になる。

 よってより多くの掲示物が乱雑に張られていて、まるで落ち葉を掻き集めたような惨状だ。


「これじゃあ何がどのコンクールが分かったものじゃないな」


 一人そう漏らしてしまうほど、凄まじい掲示板だ。基本的に整理整頓を心掛けている身としては、この掲示板をどうにかしたいと思うが……板の大きさに対し、掲示物の数が合っていない。

 というより日本にここまでのコンクールがあることに驚きを隠せない。


「……あ、漫画の小さな賞もあるな」


 大手出版会社ではないけど、小さな賞金が付く賞もあるのか。

 一年生の課題はいきなり大手に送るのに、こういうものを一年生の掲示板で張らないとは、どういう了見なのだろう。

 そう思えば、一年生の方に張られている掲示物もあって……


「先輩たちが嘆くのも分かるな」


 俺はそう嘆息して、その場から離れようとした。

 ……視界の端に、一枚の掲示物が落ちているのに気が付いた。


「……なんだこれ」


 俺はそれを拾い上げる。色は分からないものの、チラシ一杯に描かれているものは向日葵であった。

 驚くことに、そこには文字一つなく、本当に向日葵しか描かれていない。


「……裏があるのか」


 ふと裏面を見ると、そこに詳細が書かれているようだ。

 斬新なデザインに少しばかりか感心するも、内容が気になって裏を返して詳細を見る。


「……向日葵学生コンクール?」


 裏面の、最初に目に入ったのはその文字列だった。

 向日葵学生コンクール。……その名の通り、学生のコンクールである。絵画限定のコンクールで、主催は大手とまでは言わないものの、俺でも聞いたことのある企業だった。確かデザイン系の企業だった覚えがあるけど……。


「だから斬新だったのか。確かにこれなら手に取るよな」


 表面だけ見れば何が何だか分からないけれど、手には取る。そしてきっと裏を見るだろう。俺がそうしたように。

 企業の思惑にまんまと乗せられて、気分的には微妙だけど――


「…………学生のためのコンクール。一人だけの価値観、世界はとても大切――でも、個ではなく、輪の価値観を見付けるためのコンクール」


 その内容を読み進めると、興味をそそられる言葉が綴られている。

 ……個ではなく、輪。これだけではどんなコンクールか、想像もつかない。



 ――このチラシから、目が離せない。これを見ていると、周りの音さえも次第に聞こえなくなっていった。



 言葉の一つ一つを丁寧に読む。紙に穴が空くと思うほどに読み、そして全てを読み終わった。

 端から端まで全てを読み切り、そして顔をバッと上げた。


「――っ」


 俺は駆け出した。

 廊下であることを忘れ、三年校舎を抜けて授業棟の三階まで駆け上がる。そして自販機で雪彦先輩の飲み物を購入し、それを取るとすぐさま部室に向かって走る。


 自分の分は買っていないとか、そんなことはどうだっていい。

 一分一秒でも早く部室に帰る。そしてこのことを、先輩たちに言うんだ。

 ――こんな走りをしたのは、少し前だ。渡邊先生と会話をして、先生の元から逃げ出した、一月も前のこと。あの時もこんな風に我を忘れて走って、疲れていることさえも忘れてしまった。


「はぁ、はぁ……っ」


 だけど、あの時と今では心が違う。

 あの時は辛さとか、悲しさとか、そんな負の感情が募って走っていた。

 今はどうだろう。言葉にすることが出来るか。……いや、興奮が募って、冷静に物事を考えることなんて不可能だ。

 今はただ走って、くしゃりと握るそのチラシを先輩たちに見せたい。



 ――わかったんだ。俺に出来ることが、俺には出来ないことがあるって。



 ――思いついたんだ。俺には出来ないことが、水無月にしか出来ないことがあるって。



「……ったい」


 階段を踏み外し、足を捻る。転んでしまい、缶を落としてしまった。それを放置してチラシだけを手に特別棟の階段を駆け上がった。


 二階から三階へ。


 美術部の部室が特別棟の一番奥にあることが恨めしい。どうしてこんなにも距離があるんだ。

 俺は廊下を一直線に走り、部室の扉を勢い良く開けた。


「おぉ、おかえり千尋。なんだ、走ってきたのか……って、お前! 怪我してんじゃねぇか!! どうしたんだよ!」


 扉を開けると、雪彦先輩が呑気な表情で話しかけてくる。


「はぁ、はぁ……んく、あ、あの……」


 息が途切れて、上手く話せない。

 全力疾走でここまで走ってきたからか。言われて気付くと、服は埃まみれだ。転んだ時に怪我をしたのか、頬が少しだけ痛い。

 先輩たちは俺の変化に驚いて心配げに近づいてくる。


「どうしたんだ、一色。っていうか何を持って……」

「あ、の……どう、しても。今すぐに話したい事があって」


 少しずつ呼吸は収まっていく。


「その前に、飲み物、落としてそのまま置いてきてしまって、すみません」

「……それは良いけどさ。ちひろん、何があったの?」


 海老名先輩が不思議そうな表情を浮かべて、俺の肩に手を乗せる。

 ……そうだ。このことを――この人たちに相談しないと。


「――見付けたんです。もしかしたら、どうにかできるかもしれない、きっかけを」


 俺はくしゃくしゃになった向日葵学生コンクールのチラシを広げ、それを先輩たちに見せる。


「どうなるかは分からないから不安で、上手くいくかも分からないですけど――でも、水無月が楽しく絵を描けるかもしれない、そんなきっかけを見付けたんです……!」


 らしくなく、興奮気味にそう先輩たちに投げ掛けた。

 先輩たちは俺の言葉に驚いたようで、そのチラシを見る。


「これは、俺にしか出来ないことで――俺は、これがしたいです。あいつのために出来ること、あいつのためにしたいこと! その全てが、これにあるって、そう思います!」

「……一色、お前――」


 誰よりも早く俺の言いたいことを理解してくれたのは、貴音先輩だった。


「……お前ってやつは、どうしてこう、急なんだ」


 ……貴音先輩のその瞳には、涙が浮かんでいた。俺の渡したチラシの内容を理解して、その上でこの表情を浮かべてくれている。

 先輩は俺の手を両手でわし掴んだ。


「私も、どうなるかなんて分からないよ。だけど、一色の伝えたいことは良く理解が出来た。だから、頼む。これは、何がっても、どう覆ろうとも――一色千尋にしか、出来ないことだ!」


 貴音先輩は、俺の言ったことに頷く。

 彼女の手は冷たい。だけど、冷たいのに、何故か温かいものを感じた。これは何なんだろう。

 ――幼馴染の、想い。水無月を強く想う気持ちが、俺の中に流れてきているんだと。柄にもなくそう思った。

 そして……


「一色、今だからこそ、お前に頼みたい――虹を、頼む……っ!!!」


 そうして懇願する。心からの願いを、いつも通りの力強い声音で。

 ……それは雪彦先輩と海老名先輩も同じなようで、声に出さない代わりに視線を俺に向けていた。

 そんな期待の視線と言葉を、俺は、


「――はい……っ!」


 力強い声で、頷いた。


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