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こころのいろ  作者: 如月心
第7章 雪溶けの空には虹がかかる
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5幕 久しぶりの笑顔

 動物との触れ合い場の更に奥には、子供から大人までが遊べる丸太や縄で造られたアスレチックの施設がある。一色と水無月はそこに来ていた。

 子供、特に男の子に人気な場所で、今日は天候も加味して人口密度は高い。


 少し離れたところには大きな滑り台などの遊具がある公園もあり、この一帯が子供連れならば楽しめる場所であった。

 ――そんな場所で、一色と水無月は子供たちが遊ぶ風景を見ながら静かに雑談を繰り広げていた。そこにあるのは……隠す必要のない、自然な笑顔だった。


 最初こそ、表情に影があったものの、昼を過ぎた頃より水無月は笑顔を取り戻していた。

 そういう意味では一色たちの思い描いていた作戦は成功と言えよう。

 ただ、油断はならない。それは一色も重々把握しているようで、言葉は選んでいた。何しろ、言葉を選ぶことが出来なかったからこそ、この状況を作り出しているようなものなのだからだ。


「いやぁ、子供たちの熱気がすごい。私、あんなに動いたら、たぶん一週間は筋肉痛になるよ」

「……運動音痴だからな」

「あ、今、馬鹿にした! ……美月ちゃんと海老名先輩がここに来たら、壮絶な鬼ごっこをするんだろうなー」

「……もしかして、それは実体験か?」

「…………」


 沈黙は肯定の証である。

 ――それは懐かしい、美術部が発足して初めて虹北高原に来た時の出来事だった。事あるごとに衝突する美月と雪彦であるが、その時に雪彦は美月を完全に怒らせてしまったのだ。

 何をしたかと言えば……


「私があそこの丸太の上で落ちそうになった時があってね。その時に海老名先輩が助けてくれたんだけど……抱き締められる形で受け止めてくれたんだよ。それを見た美月ちゃんが……」

「みなまで言うな、もうそれで想像できるから」


 この広大な木製のアスレチックで、縦横無尽に駆け巡り、捕まるまで終わらない鬼ごっこをしたことは頭に浮かんでくる。それは遊びなんて生温いものではなく、言葉通り捕まったら最後であろう。

一色はその光景を想像し、しかし心のどこかでそれを見たいとも思った。


「……ちなみに結果はどうなったんだ?」

「……捕まって、えっと――し、しばらく海老名先輩が女性恐怖症になったよ」

「…………そっか」


 あの雪彦が女性恐怖症に至るほどの恐怖とは如何なものか。一色は想像しただけでも身震いがした。

 ――良く自分が今も生きている、と心の中で思った。


「っていうか実体験だったんですね、雪彦先輩」


 ……雪彦より、美月の過保護さを初めて聞いた時、彼はこう言った。

 ――かつて、水無月に興味を持った色々な女性に手を出している男子生徒が水無月を射程に入れた時、後日その男子は女性恐怖症になった。

 狙ってはいないだろうが、水無月が話した情報と辻褄が合いすぎているため、一色はその男子生徒=雪彦と断定した。


「……でも、見ているだけっていうのもな」

「え、えー。子供たちの和気藹々を見ているだけでお腹いっぱいだよ?」

「普段運動していないだろ」


 特に最近は、という言葉は控える。一色は立ち上がり、水無月に手を差し伸べた。


「ほら、せっかく来たんだし、少しは身体を動かそう」

「うぅ……お、教えてくれる?」

「俺、実は習うより慣れろ派の人間なんだ」

「――う、嘘だ!!」


 無論、嘘である。どちらかと言えば人にものを教えることが得意な理論畑の人間だ。

 しかし一色は悪戯な笑みを浮かべるばかり。……水無月は、少しばかり俯きながらも笑みを浮かべた。


「まぁ、スカートだから激しいものは選ばないよ。とりあえず、あのブランコからはじめてみよう」

「ブランコか……それならまだ」


 水無月も納得したのか、一色の手を取って立ち上がる。

 ――そしてブランコの前にたどり着いた。普通の公共にある公園のブランコと違い、この場にあるのは木と縄で頑丈に作られている。

 スカートが捲れないように足で裾を挟み、少し内股気味になりながら水無月は座った。

 ……そして上下に揺さぶり始めるのだが、


「――下手だな」

「い、言わないで! ……どうして美月ちゃんはあり得ないほどに高い状態から飛び上がって着地まで出来るんだろうね」

「あの人と比べるのはよせ。あの人は才能の無駄遣いばかりだから」


 まさか新体操の才能まであるとは、一色も思っていなかった。

 ……ブランコのコツは、上手な体重の移動にある。後ろに上がった時には体重を全力で後ろに持っていき、前に上がった時は前のめりにする。そしてそれを繰り返して少しずつ高さを上げていく。

 ――ここで一色は彼女の隣のブランコに座り、実演して見せる。


「っと」


 前に上がり、後ろに上がり、それを繰り返して少しずつ高さは上がっていく。それを真横で見た水無月は感心したのか、軽く拍手をしていた。

 いやお前もやれよ、と一色は心中で思うも、想像以上に高さが上がってしまう。


「……あ、やば」


 そして後ろに上がって時、予想以上に上がり過ぎてしまったのか、態勢が悪くなる。

 少し落ちそうになるものの、冷静さは人一倍強く、重心をそれぞれ逆方向にすることで振り子の具合を軽減させ、ある程度収まると、少しばかりの勢いが残るブランコから飛んで降りて、そのまま着地した。

 着地した時に手に砂が付いたため、それを払うと――周りには子供が集まっていた。


『おぉぉぉぉ!』

「……なんだこれ」


 周りからは何故か拍手が起きて、飛び降りた一色の周りに子供が近づいてきた。


「にいちゃん、すげぇ! 何あれ、教えて!!」

「ど、どうしたんだ? 別にすごいことはしていないぞ」


 一色は自分に寄ってくる子供に動揺する。

 ――確かに大したことではない。この子供たちよりも大人な一色からすれば普通にブランコで遊んだだけなのだが……子供とは自分よりも凄い人を見ると、それをちゃんと認める純粋さを持っている。


 子供の視点から見て、一色のブランコの上がり具合はとても高く、更にブランコから飛び降りた時もそれなりに高い高さであったのだ。そこから特撮さながらに飛び降りて、怪我などはなく手を払う。

 ……さぞ、格好良く見えただろう。ついでに外行きのしっかりとしたお洒落も相まって余計に格好良かった。


「なんか、ヒーローみたいだった!」

「あんなに高く上がるなんてすごい! パパ、あんなにも上がらないもん! あのお姉ちゃんくらい!」

「おい、止めてくれ。それを言うと、あのお姉ちゃんが割と傷つく」


 小さな女の子が水無月を指してそう比べるので、一色はすぐにそう言って止めさせた。

 ……しかし、集まってしまえばどうしようもない。幸い、和那の相手を長年しているため、子供も扱いには慣れている。


「分かった。でも、飛び上がるのは禁止だぞ。やった癖にって思うかもしれないけど、あれは危ないから」


 一色は子供と視線を合わせるために地面に膝をつき、子供の一人の頭に手を乗せてそう言った。


「え~、いいじゃん!」

「ダメだ、お父さんとお母さんが心配するだろ? 代わりにいつもより高く上がてやるから」

「え、ホント!? よっしゃ、皆! この兄ちゃんが遊んでくれるってさ!!」


 ――すると、子どもが一色の元に殺到する。

 ……その数はそれなりで、ブランコはここには二つしかなかった。つまり、全員分の面倒を見切れるほどである。


「……こうなるか」

「あはは、諦めようね、一色くん――はい、みんな、そこに並んでね~。このお兄ちゃんが一人ずつ教えてくれるから!」


 いつの間にか一色の近くにいた水無月が子供たちに大きな声でそう言った。

 すると子供たちは素直に二列に並んで、わくわくとした表情を浮かべている。

 ――一色は嘆息しつつ、一度子供たちの親と思われる大人の方を見た。親たちはニコニコと笑いながらお辞儀をしたところを見るに、一色は逃れることを諦める。


「――仕方ないな。全員、危ないことはしない。約束できるか?」

『はーい!!』


 子供の元気な声が公園に響き渡る。それはもう、心地の良い返事だ。

 一色は上着を脱ぎ、服の裾を捲る。


「悪い、水無月。これ、持っておいてもらってもいいか?」

「うん、荷物持ちは任せて! 慣れてるから!!」

「いや、慣れるな。お願いだから慣れないでくれ」


 一色は上着と手荷物を水無月に渡して、子供たちの方を向く。水無月はブランコから少しだけ離れたベンチ――親たちのいる方に行く。明らかに歓迎されており、少しすると会話に華を咲かせ始めた。

 その逆に一色は、体力が有り余る子供を相手に、全力で付き合うのであった。


○●○●


 一色が子供たちと戯れている時、水無月はその子供たちの保護者たちの中にいた。


「いやぁ、すまないね。なんか子供たちが懐いちゃって」

「いえいえ、一色くん……彼、あの子たちくらいの妹がいて、それでたぶん慣れているんですよ!」

「あぁ、だからあんなに自然なんですねぇ――あ、お菓子はいかがですか?」


 非常に溶け込むのが上手な水無月であった。社交性に富んでおり、特に年上に気に入られる傾向にある水無月が、保護者の方々と打ち解けるなど朝飯前なのである。


「ありがとうございます! ……あの、彼の分も頂いてもいいですか?」

「もちろん! むしろこっちからお願いしようとしていたくらいですよ」

「いやぁ、しかし好青年ですね。子供のわがままにも真面目に応えるなんて――うちの娘の兄になってほしいものですな」

「それは止めた方が良いと思います」

「……彼に問題があるのかい?」

「いえ、一色くんじゃなくて――妹ちゃんが嫉妬の炎を燃やすと思うので」


 それはもう大火災にしかならないため、水無月はそう言うのであった。

 ……水無月の視界に入る子供たちは、本当に和那と変わらない年頃だ。水無月はしばらく会っていない和那を思い出して、唐突に会いたくなる。

 ――会ってはいないが、今日は異常に面影のある存在が目の前に多々現れているが。それとこれとは話が別である。


「ところで、君と――」

「水無月っていいます」

「水無月ちゃんと一色くんは、どんな関係?」


 すると水無月の隣に座る親が、非常に内幕な質問をする。

 やはり女性はどの世代でも恋愛的な話題には敏感で、更には彼らの現在の服装の気合度を見て、余計に関係性が気になるのだろう。


 一色も一色で、今はチェスターコートを脱いでいるから分かり辛いが、赤色のタートルネックに黒のスキニーパンツ。一色の大人らしさに合わせた服選びがなされている。

 ……これでデートを疑うな、と言う方が難しい。


「部活の同級生です」

「ほぉほぉ、同級生かー。……ところで、デート?」


 確信に迫る質問だと、水無月は苦笑いを浮かべながら思った。

 ――答えはイエスだ。何しろ一色が出合い頭にそう言ったのだ。だから水無月は素直に頷く。


「デートですよ。一応」

「あぁぁ、若いわ! でも、付き合ってるって感じはしないですね」

「だから同級生ですよ――私に一色くんはもったいないです」


 水無月は一色を見つめながら、ふとそう言い漏らした。

 それに話し相手の女性は首を傾げる――この子は何を言っているのだ、と。しかし水無月は本気でそう思っているのだ。


「一色くんはとても冷静で、頭も良くて、面倒見が良くて……あんな風に子供にしっかりと言い聞かせる器量もあります。本当にすごく優しいんですよ」

「……うん、それは分かるよ。でも水無月ちゃんもとっても魅力的な女の子に思うな、おばさんは」

「……そんなことないです。全然ですよ。……私って本当に面倒臭い女です。すぐ人に迷惑をかけますし、すぐに落ち込んで殻に閉じ篭って……」


 ――内罰的な言葉を並べていると、水無月は次第に声のトーンが下がっていく。表情もそれに従って暗くなり、周りの人はかなり罰の悪そうな表情を浮かべた。

 ……今になって自分の情けなさを思い出してしまったのだ。彼らは事情を知らないのだから、どうしようもない。

 そうして会話に困っている――その時だった。


「――水無月、ちょっと助けてくれ……っ。俺一人じゃ手に負えない……っ!」


 パッと顔を上げると、そこには困った顔をしながら笑みを浮かべる一色の姿があった。彼の背中には子供が二人ほど乗りかかっていて、二人とも満面の笑みである。


「兄ちゃん、女子にたすけてもらうなんて、男らしくないぞ!」

「お姉ちゃんもそう思うよね!?」


 男の子と女の子が水無月に同意を求める。それまで気分が下がり気味だった水無月は、そんな三人を見て毒気が抜かれたようにポカンとした表情をするものの――すぐに笑い、立ち上がった。


「そうだねぇ、こうなったら皆、思う存分、お兄ちゃんに遊んでもらおっか!!」

『おぉー!!』


 水無月の宣言に、子供たちは練習していたようなほどにピッタリと応えた。それを聞き、一色は顔色を青くして……


「う、裏切ったな、水無月……っ」


 一色は子供たちから逃げるように、走り去る。しかし既にその背中に子供を背負っている時点で捕まっているようなものだ。


「一色くんにタッチ出来た子には、お兄ちゃんがアイスをプレゼントするよー!!」

「え、ホント!?」

「じゃあ絶対に捕まえてやるぞ!!」


 水無月の言葉に子供は分かりやすく反応し、一色にめがけて駆け足で走っていく。それを面白可笑しそうに笑いながら、水無月は一度、子供たちの親の方に歩いて行った。


「すみません、ちょっと荷物を見ていてもらっても良いですか?」

「……ああ、構わないわよ」


 最も水無月と会話を交わしていた女性が、驚いた表情を一瞬浮かべるものの、すぐに了承する。

 ――しかし水無月が離れる間際、その女性は水無月に話し掛けた。


「――あの子が水無月ちゃんの笑顔のきっかけなんだね」

「……え?」


 そう言われて、水無月は呆然とした表情になった。

 ……笑顔のきっかけ。そう言われて、その言葉の意味を理解できなかったのだろう。


「彼は分かっていて、あのタイミングで話し掛けたんじゃないかな? ほら、水無月ちゃんは今、笑っているし」

「…………一色くんが」

「そんなに想われているんだから、あんなに寂しい顔をしたら彼が可哀そうよ――きっと君のそんな顔を見たいなんて思っていないんだから」


 女性がそう言うと、水無月は顔を背けた。

 ――仄かに、心が温かくなったような気がした。それは決して気のせいなんかではない。

 ……一色の気遣いや温もりが、彼女をどうしようもなく嬉しくさせる。他の人が同情して優しくしたり、気を遣ったりしたら辛いのに、何故か彼からの心遣いにはいつも拒否感が生まれなかった。


「……すみません、私、あっちに行きますね」


 水無月は決して振り返ることなく、その場から走り去る。彼女は自分の気持ちを言葉にすることが出来ず、その正体を掴むことも出来ない。

 ――ただ今は、


「……一色くんっ!」


 今は、彼の側にいたい。一色と話し、接していたい。

 そのことだけは、言葉で言い表せた。


「あはは、待てー」

「待てって言われて待つ奴がいるか」

「……なぁなぁ兄ちゃん、はじめからつかまえてるオレたちってアイスもらえるの?」

「……仕方ないな」


 追いかけられながら、そんな会話を器用に交わす一色を、水無月は追い掛ける。

 子供たちは回り込むという作戦が思い付いていないが、水無月は違った。走力ではどう足掻こうが敵わないことを理解しているため、子供たちが追い掛けるのを逆手に取り、一色の行先に回り込んだ。

 一色は目の前に水無月が立ち塞がったため、立ち止まってしまう。


「……水無月?」


 一色はほんのり汗を垂らしながら、突然目の前に現れた水無月を見つめる。目をキョトンと丸くさせ、首を傾げていると……


「――捕まえた!」


 ……彼の僅かな油断の隙に、その手を両手で握った。


「みんなー、今がチャンスだよー!!」


 そして彼を追い掛ける子供たちを呼び、少しばかり悪い笑みを浮かべた。


「み、水無月、お前なぁ……――ほんとに、仕方ないな」

「…………っ」


 ――その優しい微笑みを見て、また胸が温かくなる。

 どうしてか嬉しい気持ちがこみ上げて、彼の手を握る力が強くなった。


「……ありがとう、一色くん」

「ここでありがとうは悪意があるぞ、馬鹿」

『――捕まえたー!!!』


 そうしていると子供たちが一色に次々に抱き着き、彼の身体に触れていく。鬼ごっこは一色の完全敗北に終わり、アイスを奢ることが決定してしまった。


「……はぁ。仕方ない、全員で……九人くらいか。ほら、買ってやるから大人しくついてこいよ」


 一色はポリポリと額を掻きながら言うと、子供たちは喜んで彼に付いて行く。一色はその場から動こうとするが――


「……どうした、水無月」」

「……ううん。何でもないよ……っ!」


 水無月はいつの間にか俯いていたが、顔を上げる頃には影も茂りもない笑顔を浮かべていた。

 そして一色と共に子供たちを連れて売店の方に向かっていく。

 ――繋いだ手を決して離すことなく。

たまに更新が遅れるのは、それぞれ章ごとに一気に書き上げているからなのです

それまでがずっとシリアスだったので、のほほんとした話が少し続きます。

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