第33話 裁判
裁判の場は、静まり返っていた。
白い石で造られた円形の法廷。天井は高く、神紋が刻まれている。
光は、上からのみ差し込む。
影は、すべて下へ落ちる。
そう、俺は彼らから見れば影なのだ。
俺は、中央に立たされていた。鎖につながれていて。
逃げ場もない。
封印は、なお効いている。
『騎士』としての力は、沈黙している。
——それでいい。
今俺を裁くのは、剣ではない。槍でもない。魔法でもない。
裁くのは、言葉だけだ。
正面の高座に、裁判長が座っていた。
聖女様だった。神の代行者としてこの場を任されているのだ。
白の法衣。金の装飾。
かつて、村で見た彼女と同じ姿。——だが、違う。
目が、違った。
澄んでいる。あまりに澄んでいる。そして、空虚だ。
「これより」
聖女様の声が、法廷に響く。
「聖国の名において、『神』の名において、被告の裁判を開始します」
形式的な言葉を述べていく。感情は、ない。
証言は、すでに終わっている。残されたのは、最終問答のみ。
聖女様の視線が、俺を捉える。
「被告。最後に、弁明はありますか」
俺は、少し考えた。
弁明。
——違う。
これは、
弁明ではない。
「ありません」
法廷が、ざわめく。聖女様の眉が、わずかに動く。
「今ここであなたは神に何も誓うことをしなかったら、あなたは処されます。……それでも」
彼女は、続けた。
「あなたは、神に従う意志を示せませんか? 今ここで、神への忠誠を誓えば。判決は……変わります。私の、『聖女』の名において誓いましょう。」
「聖女!」
横に居る教皇が聖女様に大きな声を出す。とがめるように。
だが、聖女様は、あのお優しかった聖女様は、教皇に正面から向き合った。
「黙りなさい! 私は神の名を借り、この場に立っています。その私に意見するとは何事か!」
聖女様の『眼』で、教皇はたじろぐ。その聖女様の目は、憎しみがこもっているように見えた。何かが見えているのだろうか。だが、それは俺の勘違いのはずだ。聖女様はもうすでに、神の代行者として完成なさっているはずだ。感情など、もうほとんど残っていないはず。
それでも。
それでも、この救いの提示。それは、彼女なりの、最後に残った彼女心の一部の慈悲だと思った。俺は、聖女様を見た。
「聖女様」
声は、静かだった。
「あなたは秩序のために、人を切り捨てられますか」
法廷が、凍りつく。
「……」
「俺はそれが、できませんでした。だからあなたたちが処すべき存在として、ここにいます」
聖女は、口を閉ざす。
「……秩序は」
彼女は、ゆっくり言った。
「世界を救います。何度も言います。この喉がかれようとも、話します。神は、欲望を抑え世界を守ります。それがなければ世界は、壊れる」
俺は、首を振った。
「こちらも何度でも言います。世界のために、人を切り捨てたくはない。俺はそう思うのです」
頭の中に浮かぶ。これまで会った人々。
聖女様の指先が、震えた気がした。
「……もういいではないですか。あなたは今、何を守ろうとしているのですか? もう、あなたが守るべきものなどないでしょう……? 村人も消え、そして育てのシスターも消え。そして目の前には、あなたが認めようとしない『世界』がある。何をそこまで貫こうとしているのでしょうか?」
問いが、投げられた。
俺は、少しだけ目を閉じた。
燃える村。泣き叫ぶ少女。血に染まった地面。
痛めつけられる教会の人々。燃えた木々の匂い。悪臭。
そして、シスターの笑顔。
「弱き者です」
………
……
…




