第32話 二人での最後の会話
裁判の準備は、淡々と進められた。
そこに感情はなく、慈悲も、憐れみもなかった。
俺は地下牢から引き出され、白い石でできた控室に収容された。良い朝だった。久しぶりの日の光を浴びた。
神聖国の封印は、なお強く効いている。剣を握った感覚すら、遠い。剣をもう振れない。それほどまでに俺は弱っていた。周囲からの信仰が落ちていた。
ここでは俺はただの罪人だった。
——神に背いた者。
——神殿兵に刃を向けた者。
——村を混乱に陥れた反逆者。
そう定義されていた。
証言の準備という名目で、何人もの聖職者が入れ替わり立ち替わり現れた。
誰も俺をただの『騎士』とは呼ばない。呼んでも……、こうだ。『裏切りの騎士』、と。
番号。
罪状。
処理対象。
それだけだ。
最初の証言者は、
神殿兵の指揮官だった。
彼は、傷ひとつない鎧をまとい、冷え切った声で語った。
「被告は、神託に基づく粛清に武力介入しました」
「複数名に重傷」
「結果として、村の鎮圧が遅延しました」
鎮圧。
俺が守ろうとしたものは、
その一言で処理された。
次に呼ばれたのは、神殿研究官だった。
地下で、真実を語った男。だが、ここでは違った。
「量産されたシスターの存在は、国家機密です」
「被告が目撃したものは、あくまで神聖国の安全保障に必要な措置」
彼は、俺を一度も見なかった。
「感情論で秩序を乱す行為こそが、最大の罪です……。私の、ように」
記録官が、淡々と筆を走らせる。最後の言葉以外を。
反論の機会は、与えられない。
次は、辺境村の生き残り——はいなかった。
証言台は、空席のままだ。
村は焼かれ、人は死に、語る者は、もういない。
それが、この裁判の前提だった。
俺は、完全に孤立していた。——当然だ。俺を信仰した村人たちは、もう存在しない。
俺が救った村人も、少女も、死んだ。
「……」
控室で、一人になる。
静かだ。
頭の中で、
いくつもの声が交錯する。
——正しかったのか。
——間違っていたのか。
だが、
その問いは、もう意味を持たない。
俺は、---うん、そうだな。それだけだ。
扉が、開いた。
聖女だった。白い法衣。顔色は、悪い。目は、俺を見ているが、どこか遠い。
「……騎士様」
声は、かすれていた。
「裁判が始まります」
「証言の機会は……ありません」
それは、通告だった。
「……分かっています」
俺は、静かに答えた。
「聖女様」
沈黙。
俺は、彼女を見た。
「俺は、誠実でいたかった」
それだけを、言った。
聖女の肩が、わずかに震える。
「……秩序は、世界を守ります。それを……壊すわけには」
俺は、遮った。
「それは、誰の世界ですか」
聖女は、言葉を失った。
「人を救わない神ならば」
俺は、続ける。
「俺は、従えません」
空気が、張り詰める。
「……裁判では」
聖女は、視線を逸らした。
「その言葉は……命取りです」
「構いません」
俺は、迷わなかった。聖女の瞳に、涙が滲む。だが、表情は変わらない。
神の力が、彼女の感情を抑えている。
「……それでも」
彼女は、震える声で言った。
「私は……聖女です」
「秩序を……選びますよ? いいのですか?」
俺は、頷いた。
「それでいい。聖女様……あなたは、あなたの役割を、生きてください」
扉が、再び開く。
裁判の時間だ。
俺は、立ち上がる。
味方はいない。
救いもない。
だが、
後悔はなかった。
誠実だった。
それだけで、
俺は、歩けた。この『人』の生を。
白い光の差す法廷へ。
——ここが、
俺の終着点だとしても。
………
……
…




