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誠実であることが、最も残酷だった世界で ――第一部 完  作者: 平成アニメとゲームに取り残された者(旧名pawa)


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第30話 笑って

地下牢での日々は、単調だった。


裁判までの猶予として与えられた日は、祈りの時間でも、反省の時間でもなかった。


俺は、ただ、そこにいた。


処理待ち区画。

人として扱われる最後の場所。


そこに横たわるのは、意識の薄いシスターたちだった。

俺は、彼女たちの世話を続けた。

命令もない。ただ、放っておけず、過去の恩に報いたかった。


布を濡らし、額を拭く。

乾いた唇に、水を含ませる。

絡まった髪を、指でほどく。


それは、かつて自分が受けてきたことだった。


剣を振れなかった頃。

何者でもなかった頃。


「誠実でいなさい」


不意に、頭の中で声がよみがえった。育てのシスターの声だ。


俺は、動きを止めた。


誠実。それは、剣術でも、信仰でもない。原初の思い。

嘘をつかないこと。

自分の心を裏切らないこと。


「強くなくてもいいの」


「正しくなくてもいいの」


「でも、自分を誤魔化さないで」


「そして」


幼い俺に、そう言った。


その意味を、俺は、ずっと考えないようにしていた。


騎士として、正しくあろうとした。


騎士として、仕える剣として、迷いを捨てようとした。


だが——それは、本当に誠実だったのか?


「目の前の人に、優しくしようね」


ある夜、一人のシスターが、わずかに身じろぎした。


俺は、すぐに気づいた。


呼吸が、違う。意識が、こちらへ向いている。


「……」


彼女の目が、開いた。虚ろだが、確かに俺を見ていた。


「……寒いですか」


問いかける。


返事はない。だが、目は逸らされなかった。


「……あなた」


声が、かすれていた。かすれながらも、部屋の隅にあった、俺の剣を指さした。

俺の心が折れたのを悟ったのだろう。『自刃』してもよいようにと、上層にいる聖職者たちはこの部屋に俺の剣をある日持ってきたのだ。その剣を目の前のシスターの一人は認識した。


「剣、振ってた……」


胸が、詰まった。

記憶だ。


つながっている。

神への適合が高い者同士。記憶は、鎖のように連なっていく。聖女様も記憶がつながったと言っていた。だからこのシスターたちに芽生えても不思議ではない。

俺はこの子の言葉を聞き逃さないよう、意識を集中した。


「……転んで……」


「……泣いて……」


「……それでも……」


彼女は、そこで息をついた。


「……あなたは、立って」


——あの人の声だ。


「……誠実で…………いなさい……」


同じ言葉。


「……やさしくね」


俺は、目を伏せた。


「……俺を、思い出してくれたのですね」


彼女は、かすかに笑った。


「剣、もってきて……」


シスターの言葉に従い、剣を彼女の前に運ぶ。

淡く、その剣が光ったような気がした。

以前シスターはこの剣に神聖魔法をかけてくれたのを思い出す。『癒し』の魔法を。俺ががむしゃらに使うのに苦笑し、少しでもこの剣が俺とともにあるようにと祈ってくれた。その残滓が反応したのだろう。

彼女は、その剣を抱きしめた。


「シスター、神は正しいと思いますか?」


ここに来て、初めて知らされた真実。

育てるために生まれ、選別され、残りは廃棄される。

神の理。秩序の維持。


「……神……」


彼女の声が、震える。


「……正しい……?」


俺は、答えなかった。

答えを出せなかった。

正しいかどうかでは、もう、足りなかった。


「……でも……」


彼女は、俺を見た。


「……あなたは……」


「……気持ちに、正直に、なって……」


その一言が、深く、胸に刺さった。


——嘘をつかない。


俺は、正しさを装っていた。

だが、本当は。


見殺しにした村人の顔が、焼け落ちる家の音が、助けを求めた少女の声が。すべて、再度耳の中で聞こえていた。


「……救えなかったのです」


俺は、呟いた。


「……俺は……俺のせいで、村人が死んだのです。俺を信じてしまったから」


彼女は、首を振った。


「……救おう……と……した……」


「……それが……誠実……」


「……あり、がと」


「わ、たしも、……すくわれた、よ」


その言葉で、俺の中で、何かが崩れた。

正しさではない。世界を救う結果でもない。

誠実だったかどうか。


それだけが、人を人たらしめる。


彼女の呼吸が、浅くなる。


「……おねがい……げんきになって」


俺に神聖魔法をかけてくれようとするがわかる。だが、光がまとまらない。

だからだろうか、昔、癒しの魔法をかけてくれた剣を俺に渡してくる。


「えがおに、なって……」


彼女は、静かに息を引き取った。無茶な実験の結果かどうかわからない。


俺は、その場に座り込んだ。涙が止まらなかった。

しばらくたった後、俺の中では一つの者が生まれていた。ただ、胸の奥で、何かが、静かに燃えていた。


——理解している。


神は、秩序を守る。

聖国は、正しい。


だが。

正しさは、誠実ではないことがある。そして。誠実であるためには、正しさを敵に回す覚悟がいる。大事な人を失う可能性がある。


それでも。

俺は、立ち上がる。


剣を振るう腕力はもうない。運ぶのが精一杯だ。『騎士』としての力も封じられ、弱っている。


それでも。


「……俺は」


俺は、自分に誓った。


「……自身の気持ちに、向き合う」


神に従わない。だが、神を否定もしない。

世界を壊すかもしれない。だが、それでも。


目の前で泣く者を、「仕方ない」と言わない。

それが、俺の選んだ『誠実』だった。それが悪というのなら。悪になるなら、悪になる。


それでいい。それしか、なかった。


地下牢は、相変わらず暗い。

だが、俺の中に、もう迷いはなかった。


裁判の日は、近い。


すべてを失うだろう。


それでも。


——俺は、俺である。


それだけは、

誰にも奪わせない。


それが、俺を育ててくれたシスターが、神に捨てられたシスターが、最後まで守ろうとしたものだったから。



………

……



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