第26話 処理待ち
地下牢での日々には、昼も夜もなかった。
松明の明かりが消えることはなく、鐘も鳴らない。
時間は、ただ呼吸の回数として蓄積されていく。
俺は数日を、ここで過ごした。
シスターたちは、何も変わらなかった。
眠り、目覚め、ぼんやりと天井を見つめる。食事は流動食が与えられ、拒むことも、求めることもない。俺はその手伝いをして過ごしていた。せめてもの、シスターへの恩返しとして。
生きてはいる。
だが、生きているだけだ。
ある日のことだった。
鉄格子の向こうから、足音がした。
一人ではない。複数だ。
黒衣の神殿兵に囲まれ、二人の人間が現れた。
装飾過多な衣服。指には宝石の指輪。視線は、最初から俺ではなく——シスターたちに向いている。
「……これが、噂の」
男の一人が、舌なめずりをする。
「ええ。こちらは“処理待ち”ですが、
まだ使えるものもおります」
応じたのは、あの神殿研究官だった。疲れ切った目をした、地下牢の管理者。
「……使う?」
思わず、声が出た。
男たちは、ようやく俺を見た。
不快そうに眉をひそめる。
「誰だ、こいつは」
「裁判待ちの、あの『騎士』です。」
研究官は淡々と答えた。
「ならいい。こいつは聖女に任せている。……で、どれだ?」
男たちは、品定めを始めた。
シスターの顎を持ち上げ、
顔を見、腕を撫で、反応の鈍さを確かめる。
「……これは」
一人の少女が、わずかに身をすくめた。
だが、声は上げない。
——声を上げられない。
「初期化は、済んでいるのか」
「ええ。自己認識は最低限に抑えられた存在です」
「なら問題ない」
研究官の声には、感情がなかった。
それが、何よりも重かった。
「……待て」
俺は、鉄格子に近づいた。
「彼女たちは、聖職者だろう」
男たちは笑った。
「違うな。『元』聖女候補だ」「役割を果たせなかった以上、聖国にとっては資産だ」「私たちの財産だ」
資産。財産。
その言葉が、頭の中で反響する。
「……何に使う」
問うたのは、俺自身が知りたかったからだ。
研究官は、少しだけ視線を伏せた。
「前にも言っただろう。用途は、様々だ」
静かな声だった。
「貴族の愛玩。実験。次世代の“より適合の高い個体”を得るための交配」
一つひとつ、丁寧に。まるで、薬の効能を説明するかのように。
「……聖女、とは」
喉が、ひくりと鳴る。
「最も成功した個体」
研究官は答えた。
「だからこそ、他の個体は『失敗作』として不要になる」
男たちは、話を聞いていなかった。
すでに、値段の話をしている。
「……三人、まとめてなら安くなるか?」
「品質保証は?」
「生存率は?」
——数字。
——確率。
——効率。
人間を語る言葉ではない。
「……聖国は、正しい」
不意に、研究官が呟いた。
俺は、彼を見た。
「……正しいからこそ、無駄を許さない」
研究官の声は、震えていた。
「欲望を抑え、秩序を保つためには、犠牲は必要だ」
「……それが、彼女たちだと?」
俺の問いに研究官は、答えなかった。
男たちは、数人のシスターを選び、連れて行こうとした。
「やめろ! やめてくれ! 彼女たちを連れて行かないでくれ! もう、もう十分じゃないか…! ゆっくりとさせてくれ……!」
俺の言葉を無視し、男たちは出ていこうとする。
鉄格子を殴る。傷一つつかない。俺につながれた鎖に込められた神聖魔法が憎い。
何時間も殴っても壊れない鉄格子に、鎖に俺は絶望し、座り込む。
残された少女たちは、何も変わらない。
地下牢に、再び静寂が戻る。
「……なぜ、俺に見せる」
問いかけると、研究官は言った。
「君は、裁判を受ける。そして、すべて理解する必要がある。聖国は、人間にとって善ではないが、世界秩序を守るためには必要だということを。そのうえで、裁判で自分の答えを言ってほしい。俺は罪を被りすぎた。それに俺はもう疲れた……。資格も、気力もない。だから、できなかったからこそ……」
俺は、言葉を失った。
理解は、できてしまう。
反逆者区画を見た。
欲望の解放が、何を生むかを。
——だからこそ。
「……それでも」
俺は、呟いた。
「それでも、これは」
言葉が、続かない。
研究官は、背を向けた。
「答えは、裁判で出せ」
その背中は、英雄でも、悪党でもなかった。ただの弱い人間だった。
ただ、秩序を維持するために、壊れきれなかった人間だった。
その日、俺は改めて思った。
——聖国は、正しいかもしれない。
——だが、正しさの形が、あまりにも醜い。
そして、
その醜さを理解しても、まだ聖国が正しいと思ってしまっている自分自身を、俺は、強く憎んだ。
シスターたちは、静かに眠っていた。
何も知らないまま。何も選ばないまま。その傍らで、俺は過ごした。
裁判の日が、
ゆっくりと近づいているのを、
肌で感じながら。
………
……
…




