第24話 反逆者区画
目を覚ましたとき、俺は石の冷たさを背中に感じていた。
均等に並べられ、磨かれ。意図をもって敷かれた石たちだ。そしてその石たちは、聖なる力を発していた。
——聖国だ。
立ち上がろうとして、身体が重いことに気づく。力が抜けているわけではない。だが、いつものように踏み込めない。血が巡らないのではなく、許されていない感覚だった。
「目を覚まされましたか、騎士様」
声は静かだった。振り向くと、そこに聖女様が立っていた。
白い衣。光を反射する刺繍。だが、その清浄さが、今はやけに無機質に見えた。俺の両腕には封印具が嵌められている。神聖国の紋章が刻まれた、銀色の枷だ。
「……ここは」
「地下牢です。裁判まで、こちらでお過ごしいただきます」
事実だけを述べる声だった。
感情の起伏はない。だが、目だけが俺を見ていない。
その視線が向けられている先は、俺ではなく……『役割』だ。
歩け、と促される。
俺は逆らわず、立ち上がった。
長い階段が下に続いていた。
松明の光は均等に配置され、影すら計算されている。秩序を感じる風景が続いていた。
そんな中、異質な魔力を感じた。
聖国にはふさわしくない、『混沌』
最初に案内されたのは。
「反逆者区画です」
扉が開いた瞬間、空気が変わった。湿った空気と、腐臭と、汗の匂い。
そして——欲望の臭い。
鉄格子の向こうに、人がいた。いや、人の形をした何かだ。
誰かを罵り続ける者。
自分の身体を壁に打ちつけ、笑いながら血を流す者。
他者の苦痛を想像するだけで興奮し、唾液を垂らす者。
目が合った瞬間、彼らは笑った。いや、嗤った。
俺を見てではない。殺せる存在を見た目でだ。
「……これが反逆者?」
言葉を失った俺に、聖女様が淡々と告げる。
「神の加護が及ばない人々です。欲望を抑制する理から切り離された結果です」
俺は聖女様の顔を見る。表情は変わっていない。
「私の『聖女』としての適合は進み、神から真理を多く教えられるようになりました。神は人類の欲望を抑えているのです。この世界の人類は皆、このように『獣』なのです。」
「……なぜ、理から外れたのですか?」
「神を信じなくなり、神から見捨てられたからです」
断言だった。そこに迷いはない。
「彼らは、元は普通の人間でした。盗みも、殺しも、心の奥には誰しもあります。神の加護は、それを抑えていたにすぎません」
俺は鉄格子の向こうを見た。理解してしまった。彼らを裁けない。そして神を否定できない。
ならば、この世界は……。
「地獄ではないか……!」
「はい。だからこそ聖国は、神は正しいのです」
思わず、そう呟いた。
聖女様はそれ以上何も言わなかった。ただ、わずかに視線を伏せる。階段は、さらに続いた。
最下層。通称、処理待ち区画。
扉が開いた瞬間、俺は足を止めた。そこにいたのは、人ではなかった。否、人だ。だが……生を感じない。
白い衣を着た少女たち。
壁に沿って並べられ、ある者は座り、ある者は横たわり、ある者は天井を見つめていた。
そこには見覚えがある者たちがいた。いや、……全員見覚えがあった。
「……シスター?」
声をかけた。
反応はない。
一人、二人ではない。
何人もいる。顔が——同じだった。
「……どうして」
なぜ? あのとき、確かにシスターは……。
喉が詰まる。歩み寄る。触れる。脈はある。呼吸もある。だが、目は虚ろだ。
「……もし」
肩を揺する。反応は鈍い。まるで、深い眠りの底。
「これは」
ようやく、聖女様が口を開いた。
「処理待ちです」
その言葉が、刃のように突き刺さる。
「彼女たちは……役割を終えました」
役割?
俺は膝をついた。目の前の少女の顔は、記憶の中のそれと重なっていた。だが明確に違った。
俺を育てたシスターの、穏やかな微笑み。
だが、目の前のこの人は、眉一つ動かさなかった。
「……聖女様」
声が震えた。
「か、彼女たちは、何なのですか」
沈黙が落ちる。長い、長い沈黙だ。
聖女様は踵を返す。扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。聖女様がこの場からいなくなる。
俺は、その場に立ち尽くした。
理解はまだ追いつかない。だが、一つだけ、確かなことがある。
——ここは、正しい。
——そして、あまりにも、正しすぎる。
地下牢の奥で、少女たちは静かに息をしていた。
まるで、次に来る命令を待つように。
俺は、その中央に立ち、初めて思った。
もし神が秩序ならば、
その秩序の底には、必ず犠牲がある。
その犠牲が、
今、目の前に横たわっているのだと、そう感じた。
………
……
…




