第23話 弾圧、そして信仰
目を覚ました瞬間、喉の奥に鉄の味が広がった。
鼻を刺すのは、焦げた木材の臭いだけではない。
油と、血と、焼けた肉の臭いが混ざり合い、肺の奥にまで入り込んでくる。
身体を起こした俺の視界に、まず飛び込んできたのは、赤い光だった。
夜明け前の空を裂くように、村の方角から炎が立ち上っている。
一本ではない。二本でもない。
家屋ごとに火が放たれ、村全体が、まるで巨大な供物のように燃えていた。
「……嘘だろ」
足が、自然と動いた。考えるより先に、身体が動く。
近づくにつれて、音がはっきりと聞こえてくる。
泣き叫ぶ声。
骨が砕ける鈍い音。
剣が肉を断ち、引き抜かれるときの、湿った摩擦音。
まるで、まるでこれでは……!
村の入り口に辿り着いた瞬間、俺は息を呑んだ。
白と金の全身の鎧。胸に刻まれた神紋。
――神殿兵。
彼らは、整然と動いていた。
怒りでも、憎しみでもない。
作業のように、人を殺している。
逃げ遅れた老人の脚を斬り、倒れたところを槍で突き刺す。
母親に縋りつく子どもを、引き剥がして切り払い殺す。
泣き声が止むまで、何度も。
「やめろ……!」
叫びながら、俺は剣を抜いた。最初の一太刀で、神殿兵の腕を裂く。噴き出した血が、顔にかかり、温かさが頬を伝う。
その温かさをもった人間がなぜ……!
次の瞬間、背後から槍が迫る。反射的に受け流し、相手の膝を斬る。頭では何も考えていなかった。ただ一つ――守らなければならないという衝動だけがあった。
家屋の影から、呻き声が聞こえる。瓦礫の下敷きになった村人が、助けを求めて手を伸ばしていた。だが神殿兵は、火を放ち、その手ごと焼き払った。
俺は、次々と神殿兵を倒していく。剣は重くなり、腕は痺れ、呼吸は荒れる。
騎士の称号……それは、誠実。人を守ることで力を増すならば、人を殺めることで力が減る。道理であった。
それでも、止まれなかった。
「騎士様……!」
その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
以前、魔物から救った少女だった。小さな身体を震わせ、血と煤に塗れながら、こちらを見ている。
「助けて……お願い……!」
その少女がに弓を向ける者が見える。射られた。俺は全力を持ってその直線上に入り、矢を止めた。
「騎士様っ! 信じてた! 信じてよかった……!」
彼女を守れたのだと、俺は安心した。だが、その安心が駄目だったのだ。
「大丈夫です。俺が――」
言葉が、途中で途切れた。振り向くと、横合いから伸びた剣が、少女の腹を裂いた。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。少女は目を見開いたまま、ゆっくりと崩れ落ちる。
内臓が、地面に零れ落ちる。温かい血が、俺の足を濡らす。
「……あっ……ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
喉から、音にならない声が漏れた。
「邪教に汚染された信徒だ」
神殿兵が、淡々と告げる。
「疫病の兆候も確認されていると聞く。……神殿からの通達により、処分対象とされた」
世界が、反転した。
「……やめろ。こんなことは、このようなことはっ! 何が邪教か! お前たちが行っていることこそ、まさに悪の所業ではないか!」
全身が、怒りに支配される。剣を振り上げた瞬間、身体が動かなくなった。
白い光が地面に広がり、紋様が刻まれる。光の鎖が、四肢を縛り上げた。
神聖魔法の『拘束』。
『神』に邪な心を持っているとみなされるものに、絶大なる力を発揮する、神の法。
弱体化した俺の肉体でも、通常の神殿兵の神聖魔法ならば打ち払える。だが、それでも解けない。
この力の強大さは…。
「……やめてください、騎士様」
その声を聞いた瞬間、心が折れた。
「聖女様……!」
彼女は、炎と死の中心に立っていた。白衣は血で汚れ、頬には涙の跡があった。
「どうして……!」
俺は、必死に叫ぶ。
「なぜ、このようなことを! なぜ、彼らを止めないのですか!」
聖女様は、震える声で答えた。
「神託がありました……」
唇を噛みしめ、涙をこぼしながら。
「この村には、疫病が広がり始めていると。そして……神を捨て、別の邪なる者の力に縋ろうとする兆しがあると」
「だから……殺すのですか……。この世に、この世に正義などないのか? これが正義か? これが、これが……。俺も、お前たちも、まさに悪ではないか……!」
「放置すれば、聖国全体に災厄が広がります。世界の秩序が、乱れてしまうのです……」
その言葉は、祈りのようで、呪いのようだった。
「私は……、私は……!」
彼女は、神殿兵に向かって手を振る。号令代わりだ。涙を流しながら、弾圧に加担し始める。
その姿を見て、俺は理解した。
――俺だ。
俺を信じたせいで。俺が救ったせいで。俺が、神を拒んだから。
村人たちは、『神罰』を受けたのだ。
「……俺の、せいだ……」
剣が、地面に落ちる音が、やけに大きく響いた。
信仰は、人を救うものだと思っていた。
だが、信仰は――人を殺す理由にもなるのだ。
神殿兵が、俺の腕を掴む。
「……『裏切り』の騎士を拘束する」
抵抗する力は、もう残っていなかった。
聖女様と、目が合った。
彼女は、泣きながら、目をそらした。俺は、何も言えなかった。
意識が遠のく。……いや、意識を保つ必要を感じてないからか。もう、疲れた…。
こうして俺は、自分の信念が生んだ死を背負い、聖国の中心へ連れていかれる。
すべてを、失ったまま。
………
……
…




