第18話 村の防衛も騎士の役目の一つです
この村は、町から外れた位置に存在していた。すぐ横に森林が広がり、美しい川が流れている。作物はあまり育たないように見え、豊かな生活はできていないように見える。それでも、住民たち健気に過ごしている。清貧を体現しているよう。
だが、そのような、あまり国から『重要視されない』ような村だからか。魔物に対する防備、そして町からの救援も十分ではなかった。
俺は馬を降り、兜を外した。
「失礼いたします」
声をかけると、村の者たちは一瞬、言葉を失った。傷だらけの鎧。その上に魔物の血もついている。怖がらせていないだろうか。
俺は勇者様がこの村に戻ってくるまで滞在することになったが、ただ飯食らいをするのは忍びないため、こうして村の防衛をしていた。ここを回ったら、一通り巡回したことになる。ここに来るまで数匹の魔物を退治していた。
座り込んでいる村人の目線に合わせるように、俺は姿勢を低くする。
「……あ、あなた様は、もしや」
「どうやらご存じのよう。はい、お察しでしょうが、しばらくこの村に滞在させていただいてる『騎士』です。ご無事でしょうか?」
村人たちは顔を見合わせ、頷きあった。
「村の外れに、魔物の痕跡を見ました。被害が出ていませんか」
その言葉で、空気が変わった。沈黙。視線が伏せられる。
「……夜になると、出るのです」
村人の一人である男は、絞り出すように言った。
「森の方から。家畜がやられ、柵が壊され……。今回は特にひどい。町の守備隊にも応援を呼びましたが」
「返答は、なかったのですね」
男は、うなずいた。
それ以上は不要だった。理由は分かっている。優先度が低い。ただそれだけだ。
「この気配ですと……まだいるようですね。少々お待ちを。退治してまいります」
「え?」
「私一人で十分です。村の方は、戸を閉め、私が声をかけるまで用心してください」
村人たちに背を向け、気配の方へ歩みを進める。
「そ、そんな……お一人では」
「ご心配には及びません」
村人を安心させたいと思い、表情を変えようとした。だがやめた。
勇者様が前におっしゃったことを思い出したのだ。
『きーくんはいつも表情硬いから、ちょっと笑顔意識した方がいいよ? ただでさえ、きーくんは誤解されやすいんだからさ。ほら、笑って笑って! ……やっぱり無理して笑うのはやめようか。獣が人を襲おうとしているような顔しているよ。わっ、わっ! ごめんね? 傷つけるつもりはなかったんだよ? そんな落ち込まないで!?』
だから、言葉だけでもと思い、穏やかに。
「目の前で怯え苦しんでいる民に報いず、何が騎士でしょうか」
夜。焚き火は落とされ、村は闇に沈んていた。村の外れに立つ。
血の匂いがする。周りには人間と思わしき物体があった。生命活動はしていない。
剣を抜き、呼吸を整える。
魔獣は一般的な動物と違い大きな魔力を保持している。魔力を感じれば、対処はできる。目に頼る必要はない。
集中していると、魔物は、音もなく現れた。
目に頼る必要はないと言ったが、夜の中でも輝く赤い目。異様に発達した脚。犬に似ているが、その獰猛な呼吸は隠しきれない暴力性を感じる。
計三体。
最初の一体が飛びかかる。半歩退き、剣を振る。浅い。爪が鎧を掠め、衝撃が骨に響く。いくら龍騎士の称号を得ようと、勇者様と違い所詮は一般人に毛が生えた程度なのだ。当然痛みもある。
「……っ」
声は漏らさない。漏らしてはいけない。隙を見せるとそこから決壊してしまう。
足を止めない。腕も止めない。
二体目が横から迫る。盾で受ける。体当たりだ。絶対に転がりはしない。それは終わりを意味する。転がったままだとそのまま食いちぎられ、終わりなのだ。
龍騎士の称号のおかげか、身体能力が上がっているのが実感できた。昔の俺ならば転がって死んでいただろう。無事ですんだ。
だが、恐怖はある。
しかし、それは退く理由にはならない。
背後には、家がある。暴力におびえる民がいる。
あの俺の原初の光景が頭に過る。これは、勇者様が昔おっしゃった『りべんじ』だ。俺が村を守る。今度こそ。
こいつらの速さはわかった。あとはこの犬たちの体当たりに合わせて剣で切り払えばよい。
最後の一体を斬り伏せたとき、膝をついた。剣を支えに、荒い息を吐く。極度の緊張から解放されたのだ。興奮状態が覚めていく。よく生きていたものだ。
「……終わりました」
誰に向けた言葉でもなかった。自分に言い聞かせた言葉。興奮をおさえたく。
すると足音がした。振り向くと、小さな人影があった。
少女だ。夜着のまま、裸足で立っている。そういえば村で見た覚えがある。あまり話したことはなかったが……。
「隠れているように言ったはずですが……。危ないですよ? 確かに気配は消えましたが……。戻りましょう」
できるだけ穏やかに言った。
少女は、少し震えながら近づいてくる。そして、俺のマントを掴んだ。
「……こわかった。だけど、気配、なくなったからお外に」
小さな声。折れてしまいそうな体躯。
この子は魔力の気配に人一倍敏感なのか。だから出てきたのか。
「だけど……おじちゃんにお礼言いたかったから」
俺はまだ10代だが……。
だが、それは些細な事。
「もう、大丈夫です」
「来ないよね? もう、怖いの、来ないよね?」
「ええ、来ません。来ても俺が守りましょう。」
その言葉に少女は、ほっとしたように息を吐き、笑った。
「ありがとう! ありがとうね、『騎士』様!」
聖国の信仰があるこの村であっても、少女から神への祈りはなかった。神の名も出なかった。
ただ、俺への『信頼』がそこにあった。
胸に奇妙な重さを残したが、ただそれも些細な事。目の前の少女の笑顔による達成感に比べれば。
少女を伴い、村の者たちの元へ戻る。村人たちは安心し、そして俺に感謝を述べた。
達成感があった。あの時俺にできなかったことを自分は成し遂げたのだと。
ただ、少し虚しさもあった。俺が成し遂げたとしても、あのシスターは帰ってこないのだと。
「騎士様!」
村人たちの中を潜り抜け、聖女様が駆け寄ってくる。そして俺を抱きしめた。
「お体は大丈夫でしょうか、騎士様?」
「はい、私は問題ありませんが…。聖女様、危ないですよ。この夜更け、女性が一人で歩んでいたら。それに魔物もいたはず」
「もう、私は勇者パーティの一員ですよ? 自分の身は自分で守ることができます。それより勇者様です! お一人で魔物退治しに回っているとお聞きし、胸が張り裂けそうで……」
「それこそ、私は勇者様パーティの壁です。通常の魔物など、取るに足りません。それより聖女様だ。あなたは前衛ではない」
「私はこの神聖魔法があります!」
「神聖魔法だけでは、聖女様の安全が完全に確保されたとは……。やめましょう。これ以上は平行線です。それよりも今はお互いの無事と、村人たちの無事を喜びましょう」
「ええ、そうですね。本当によかった、騎士様がご無事で。もしあなたがいなくなったらと思うと、私は……」
聖女様は涙を瞳に溜めながら俺を上目遣いで見つめる。
俺は達成感からか、それとも安心感からか、少し胸が高まるが、それは自分に疲れがたまっているからだと断じ、聖女様を正面から見つめ返した。大丈夫だと、安心させたいから。
「問題ありません。俺が居なくとも、聖女様は、いえ、勇者様パーティに何の影響も及ぼしません。私の代わりなどいくらでもいます」
「そんなことありません! あなたは、私の、私だけの理想の……。あなたのためなら私は……」
正直、嬉しく思った。
俺程度の存在を気にしてくださっている聖女様のお優しさに。この人に報いたいと、心の中から深く思った。
理想の騎士、今はなれているかわからない。だが、この人との誓いはこれからも守り続けたい、そう願った。
「聖女様……」
「騎士様……」
見つめあっていると、視線を感じた。村人たち皆がこちらを生暖かい目で見ていたのだ。
俺と聖女様はお互い恥ずかしさを感じ、距離を置いたが、聖女様は俺の服の裾を握ったままだった。
俺は、それを拒否せず、されるがままでいた。心地よかったのだ。
………
……
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