15. その価値がまだ自分にある
「結婚は急いだほうがいいだろう」
ルシーは、クレマンにそう言われて我に返った。
(私からお願いしなければならなかったのに)
妹の命を盾に、彼の騎士道精神に付け込むような真似をしている自覚はあった。
だからルシーは、結婚を早めてくれるなら代わりになんでもすると、そう言おうとしていたのだ。
けれど、逆にクレマンの口から結婚の提案をされてしまい、ルシーは何を言っていいのかわからなくなってしまった。
「参考までに聞かせてほしい。あなたの母君には体調を崩してからどのくらいで亡くなったのだ……ルシー嬢?」
「は、はい。母は、体調を崩してから二年で亡くなりました。妹は、体調を崩し始めてから五年近くたっていますわ。当初は今ほど魔力は強くなかったので症状の進み方は穏やかでしたが、最近どんどん魔力が強くなって……」
「つらかっただろう」
目の奥が熱くなる。
ひざまずき、ルシーの手をとるクレマンの瞳の中に見える光を、勘違いしそうになる。
(勘違いしないで。旦那様は、騎士として妹を救う提案をしてくれているだけよ)
「自由になってやりたいこととは、魔塔へ行き、妹を助けることだったのか?」
「はい。自由恋愛などで公爵家の家門に泥を塗るような真似は決していたしません。先日のような騒ぎも起こしません」
「責めているのではない。一瞬でも勘違いした愚か者を殴り飛ばしてやりたいだけだ」
そう言うと、クレマンはルシーの手をとる自らの手に力を込めた。
「俺が、あなたのために何かしたいんだ。あなたの重荷を一緒に背負って軽くしたい。あなたを笑顔にしたい。婚約者に──妻に対してそう思うことは、自然なことだ」
クレマンの瞳に宿る真摯な光の意味を、もうそれ以上違えるのは難しかった。
(本当に、いいの? 私は、旦那様の信頼と愛情を受ける、その価値がまだ自分にあると、思っていいの?)
ルシーの目に映るクレマンの顔が歪む。
「俺は、貴方と信頼と愛情を育んでいけるような関係になりたい。今からでも遅くはないだろうか」
ぽたぽたとルシーの目から涙が落ちていく。
「俺はまた何か、貴方を傷つけるようなことを言ってしまったのか⁉」
クレマンはルシーから手を離し、あたふたとポケットからハンカチを探しだした。
「はい、傷つきました。私立ち直れません」
(あなたに捨てられたら、きっと)
クレマンから渡されたハンカチの下で、ルシーは泣きながら笑った。
「でも、抱きしめてくれたら、治るかもしれませんわ」
クレマンに渡されたハンカチの隙間からのぞき込むと、クレマンは盛大に苦虫をかみつぶしたような顔をした。
けれど、おずおずと手を差し出し、ルシーの背に包み込むようにそっと腕を回すと、ルシーの傷を癒すための協力をしてくれた。
「その……結婚の返事をもらっていないんだが」
「必要ですか?」
「それは、やはり、いや……」
「冗談です」
ルシーは伸びあがると、クレマンの耳に返事をささやく。
クレマンの肩にギュッと腕を回してその首筋に頬を埋めると、強面のクレマンの耳が赤くなった。
◇◇◇◇◇
四大公爵家の婚姻は、事前に王族へ報告を行うのが慣例だ。
直接王城に向かい、結婚式の招待状を王家へと手渡す。
先触れを出して登城したルシーとクレマンは、謁見の間の控室で、王族への挨拶の順番が来るのを待っていた。
「この一か月、本当に疲れましたわ」
「全くだ」
「旦那様が毎晩離してくださらないからですのよ?」
「それは……確認することが多すぎるからだろう」
「そうですわね。夜でないと確認できないことが多すぎますもの。でも、心地いい疲れですわね」
ルシーは、隣に座るクレマンに体を寄せて、その腕に腕を絡めた。
ついでに指も絡ませて手をつなぐ。
王城に仕える警備兵やメイドたちは顔に出したりしないが、皆ちらちらと二人の様子をうかがっている。
ひと月半前の王宮舞踏会で、平民であるとばれ、痴情のもつれでトラブルを起こした、話題のカップルが人目もはばからず王城に来て、いちゃいちゃとしているのだ。
これから王に何を報告するのかと、皆、興味津々だ。
『おい、わかってやっているだろう』
『もちろんですわ。私たちがうまくいっていることを周囲に知らせるには一番効率的ですもの』
クレマンが小声でルシーにささやくと、ルシーも笑顔のまま小声でささやき返す。
ルシーの回答に、クレマンはさらに不機嫌になり、周りの雰囲気を凍らせている。
ルシーはほほ笑ましくなってしまい、思わず、くすくすと声に出して笑ってしまった。
結婚を決めてからのこの一か月は、怒涛の日々だった。
レアは公爵家に住むことになり、公爵家の専属医の治療を受けて、体調はすこぶるいい。
義父であるデュボワ伯爵の機嫌は急上昇した。公爵家と縁続きになったことで順調に事業は拡大できているらしい。ルシーとレアに構っている暇はないらしく返って助かっている。
クレマンの職場である騎士団にも顔を出し、クレマンの休みが増え負担が増えることへの謝罪もした。副官であるエリックと初めて会ったが、むしろ団長の仕事の効率が上がってしごきが減ったと感謝された。エリックとは気が合いそうだ。
領地にいる前公爵に会えていないことが心残りだが、手紙を送ったところ、祝福の返事をもらったのでいったんは保留だ。
「ランベール公爵閣下、デュボワ伯爵令嬢。謁見の間へご案内いたします」
王宮つきの侍従の案内にクレマンとルシーの二人は立ち上がる。
よろけるルシーにクレマンは腕を差し出す。
「大丈夫か?」
「ふふ、さすがに少し疲れたかしら。夜が忙しすぎるから」
「そうだな、これからは少しセーブしよう」
ごほん、と侍従に咳払いされて、クレマンは自分がルシーに乗せられて口を滑らせたことに気づく。
再び額にしわを寄せるクレマンをルシーはくすくすと笑った。
赤い絨毯が敷かれた謁見の間では、壇上の玉座に座る王へと挨拶を行う。
今日は、四大公爵家のクレマンの謁見のためか、王、王太子、第二王子までもがその場にそろっていた。
(あの方は誰かしら?)
第二王子のすぐそばには、黒髪が美しい女性が立っていた。
ルシーと同じくらいの年だろうか。少し幼い顔立ちの愛らしい女性だ。
「王国の輝ける太陽、国王陛下、英知と勇気の象徴たる王太子殿下、そして若き希望、第二王子殿下。この国の繁栄と平和をお守りくださる御三方に、深き敬意と感謝を捧げます」
クレマンがひざまずき口上を述べる脇でルシーもカーテシーで挨拶をする。
「ランベール公、その忠誠と功績に深く感謝する。王国の守護者として、汝の働きを誇りに思う。──顔を上げよ」
クレマンとルシーは国王の声に頭を上げる。
(旦那様も挨拶をしなかったから、ご存じない方なのね)
ならば、女性については特に気にする必要もないだろうと、ルシーは他の王族の顔を眺める。
(あら、どうなさったのかしら?)
舞踏会の時はにこやかだった国王と王太子の顔は曇り、逆に第二王子は不敵な笑みを浮かべている。
「急な謁見をお許しいただきありがとうございます。この度、結婚のご報告と、挙式への参席を賜りたく、招待状をお持ちいたしました」
クレマンは気にすることもなく、謁見の目的を国王に告げる。
魔力婚姻法による、婚約者の選定と結婚は、王家の名の元に行われる国事でもある。
今回の二人の結婚も、時期が早いか遅いかだけの問題で障害など全くない。
わざわざ謁見をしたのも、四大公爵の結婚式には王族が参席するため、慣例として報告することになっているからにすぎない。
だから、クレマンの言葉にも、国王から当然、肯定の言葉が返ってくるはずだった。
しかし。
「すまないが、ランベール公。そなたたちの婚姻は、すぐに許可することができない事態になった」
国王の口から語られたのは、まさかの否定の言葉だった。




