14. 慈悲を乞うなら
(くそっ。俺はなぜあんなことを言ってしまったんだ)
頭の中で悪態をつくと、クレマンは、伯爵家に向かう馬車の中で、額に手を当てた。
(いくら直前に第二王子殿下の発言や王太子殿下の助言があったからといってあの態度はないだろう)
舞踏会の日、第二王子はルシーを自由恋愛に誘う発言をした。さらに、王太子からは彼女を守るためにも早く公爵家に住まわせ結婚した方がよいと助言を受けた。
その後に起きたのが、ルシーが元取り巻きに言い寄られたあの騒ぎだ。
クレマンは、無性に腹が立って仕方がなかった。
過去のこととはいえ、彼女が、あの男にも自分に向けていたようなほほ笑みを向けていたのかと思うと冷静な判断ができなかった。
彼女の過去に何かを言うつもりはない。大切なのはこれからだ。
理性ではそうわかっていた。
それなのに、怒りに任せて彼女を侮辱するような発言をしてしまった自分が許せなかった。
彼女の手紙には今後自由恋愛などするつもりがないことが書かれていた。
『そうだと言ったら、早く結婚してくれますか?』
ルシーがそう言ったのは、クレマンの言葉に対しての売り言葉に買い言葉のようなものだったのは容易に想像がついた。
すぐにでも返事を書くべきだと思いながら、クレマンは自分の気持ちをうまく手紙で伝えられる自信がなかった。
(手紙ではなくきちんと会って彼女に謝罪した方がいい)
そうこうしているうちに忙しくなり、どんどん時期を逸してしまった。
どうにか休みをもぎ取れたのは、緑風祭の朝だった。
伯爵邸に着くと、あいにくルシーは出かけた後だった。直前に先触れを出したのだが、彼女が出かけた方が早かったらしい。
「何をやっているんだ俺は。当日に先触れを出しても彼女がつかまるはずないじゃないか」
「あの、公爵閣下……」
ため息をついて帰ろうとしたところで、侍女のアメリが、クレマンにルシーの居場所をそっと教えにきてくれたのだった。
◇◇◇◇◇
クレマンは広場で倒れたレアを公爵邸に連れ帰ってくれた。
ルシーとレアは邸に着くと客室に通され、すぐに医者が現れた。
「妹か」
「はい、レアといいます」
それ以上クレマンとの会話は続かなかった。
診察を終えた医者が、クレマンに向き直り、結果を伝える。
人の好さそうな口ひげを生やした初老の医者だ。
「症状は、おそらく、魔力過多による機能障害です。心疾患として症状が現れているのでしょう」
「魔力過多? しかし、彼女はそんな魔力持ちには……」
そこまで言って、クレマンは口をつぐむ。
(旦那様は気づかれたわよね)
ルシーが問いかけるように、ちらりと医者を見るとクレマンは頷いた。
「代々公爵家に仕えている医者だ。歴代の公爵夫人の診察もしている。魔力に対しての造詣も深いし、秘密も守れる」
ルシーは覚悟を決めて、レアのそばに近づくと、レアの髪に手をかざした。
まるで塗り替えられるように、その髪が黒く染まった。
「これは……」
「これが本物のレアの髪の色です」
ルシーの髪以上に濃い、深い、沈むようなぬばたまの黒だった。
「この子は私よりも魔力が高いのです」
ルシーは、顔を上げて医者を見た。
歴代の公爵夫人を診たというこの医者なら、答えを知っているかもしれない。
「先生、レアを治すことはできますか⁉ どうやったら症状をよくすることができるのでしょう?」
「……私では、症状を緩和させることしかできません。おそらく、答えを持っているのは魔塔だけでしょう」
「そう……ですか。ありがとうございます」
(結局そこに行きつくんだわ)
医者が出した心臓の薬を飲み、レアの顔色はよくなった。
ルシーはレアの髪色を元のこげ茶に変化させる。
その様子を見届けると、クレマンはルシーを応接室に促した。
おそらく、クレマンはルシーがなぜ結婚を急ぐのか、その事情にも気づいただろう。
クレマンも、ルシーに幻滅しているとは言え、国が決めた婚約をどうすることもできない。
ルシーが泣いてすがれば慈悲を示してくれるだろう。
ただ、それをすると決定的に何かが失われてしまうような気がした。
(でも、もうそれしかないわね。まずは舞踏会で騒ぎを起こしたことを謝らなくては)
ルシーが謝ろうと口を開いた時だった。
「その、すまなかった」
「はい?」
「舞踏会の日、貴方にひどい言葉を浴びせた」
先に謝られるとは思っていなかったルシーは、目を瞬かせた。
すぐに理由がわかってルシーは目を伏せた。
(あんな状況でも旦那様は礼儀正しいのね)
彼は、常に騎士として正しくあろうとしている。
あの日の自分の行為が理想と外れていたのが許せなかったのだろう。
「私も、誤解を招くような行動をとりましたもの」
「そ、そうか。許してくれるか」
「もちろんですわ。こちらこそ、騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや。それはあの男が原因だろう。俺もあの日は、殿下が……いや、何でもない」
「はい」
ルシーは、クレマンが、少なくとも表向きは関係改善を望んでくれていることにほっとした。
これならばきっと、ルシーの話を聞いてくれるに違いない。
(婚約者として、騎士として、慈悲を願ってもいいわよね)
ルシーはクレマンに向き直る。
「旦那様。私たち姉妹の話を聞いていただけますか?」
(慈悲を乞うならば、私たちのことも話しておかなければならない)
「私とレアは、母に連れられて、幼い頃に、国外からこの国に来ましたの」
「国外? しかしこのモンテリュー王国は、封鎖政策により他国と国交がないはずだ」
「はい。他国と国交のないこの国にどうやって入国したのか、今となってはわかりません。母は、亡くなってしまいましたから」
「母上も黒髪だったのか?」
「いいえ。こげ茶の髪色でしたわ……ですが、今思うと、魔法で色を変えていたのでしょう。母が亡くなったのは、私が十歳、レアが五歳の頃です。私たち姉妹は、母が亡くなった後は、雑貨屋の老夫婦に引き取られ幸せに暮らしていました。しかし、私が十二歳に近づくにつれ髪の色がどんどん濃くなり、デュボワ伯爵の目に留まってしまいました。ちょうどその頃ですわ。レアが体調を崩しだしたのは。私は、レアを医者に診せ今後の面倒をみていただくことを条件に、デュボワ伯爵家の養女になりましたの」
「宵闇の妖精が突然社交界に現れたのは、幼い頃病弱だったせいではなかったんだな。そういうことか」
ルシーは、クレマンの問いに、小さくうなずくと話を続けた。
「私は、デュボワ伯爵家へ養女として連れられる際、荷物整理をしていて、母の遺品から一冊のノートを見つけました」
「ノート?」
「はい、魔法の使い方が書かれたノートですわ」
「……それは」
「私の使える、簡単な色替えの魔術などは、そのノートに書かれていたものですの」
他にも精神干渉など使える魔法はいくつかあるが、それについては伏せておくことにする。
「この国では魔法の使用方法は公にされていません。実質的に、使うことが禁じられているのだと理解しています。私は、それを知るとすぐにノートの中身を頭の中に叩き込んで燃やしました。母のノートには、母の病気のことも書かれていましたわ。母も魔力過多症だったのでしょう。今のレアの様子とよく似ていますわ。徐々に弱っていきました」
クレマンの顔に浮かぶであろう同情の色を見たくなくて、ルシーは下を向く。
「母の母国ではこのような病気はなかったと書かれていましたわ。ですから、魔力過多症については、医者が言ったように、魔塔に知識を求めるしかないのだと思います」
(さあ、ルシー、言うのよ。彼はきっと断らない。彼の騎士道は、私たちを見捨てないわ)
ルシーは、顔を上げる。
──が、次の瞬間、息を呑んだ。
「ルシー嬢」
クレマンが、顔を上げたルシーの目の前にいた。
驚くルシーの前でクレマンはひざまずき、その手をとった。
「結婚しよう」
クレマンのエメラルドグリーンの澄んだ瞳が、まっすぐにルシーを見つめていた。




