13. どうせ手に入れられないのなら
「この、愚か者めがっ! 散々目をかけてやったのに、最後の最後で失敗しやがって!」
予想通り、ルシーは、先日の舞踏会で婚約者以外の男と不貞を働いたと噂された。平民上がりの養女だということもばれ、ルシーの社交界での地位は地に落ちた。
舞踏会の翌日、それを知ったヴァロワ伯爵は、ルシーを呼びつけ苛立ちをぶつけている。
床には既にいくつもの花瓶やグラスが割られて破片が踏みにじられている。
「これから公爵家から搾り取ってやる予定なのに、断られたらどうしてくれる!」
「申し訳ありません」
「これ以上何かあったら、妹に影響が出る。わかっているだろうな」
ルシーは、バッと顔を上げる。
(しまった)
伯爵はルシーのその様子を見て、まるで獲物を見つけたかのようにどす黒い笑みを浮かべる。
「金銭面だけの話をしているのではないぞ。お前が嫁いでも、平民のお前の妹ぐらいどうにでもなる。毎日川に浮いている遺体がどれだけあるかお前は知らないだろう」
「……クレマン様のお心を失わないよう努めます」
ルシーは、ぎゅっと手の平を握りしめた。
◇◇◇◇◇
舞踏会から、一週間がたった。
クレマンには、あれから一度手紙を送った。
平民であると黙っていたこと、それから男性と騒ぎを起こしてしまった事を丁寧に謝罪した。
過去はどうあれ、ルシーは、貴族としての義務を果たすつもりでいる。義務を果たした後も、男性との自由恋愛をするつもりはない。
そういったことも、きちんと手紙に書いた。
けれど、クレマンからの返事はない。
きっとルシーの書いた手紙は信じてもらえなかったのだろう。
『そうだと言ったら、早く結婚してくれますか?』
(なんであんなことを言ってしまったのかしら?)
ルシーの目的は、早く公爵夫人の座を手に入れ魔塔でレアの病気を治す知識を手に入れることだ。
そのためには、クレマンに結婚してもいいと早く思わせなけらばならなかった。
結婚に信頼や愛情を求める堅物のクレマンにとって、自由恋愛は許せないものだったに違いない。
(私は、自由恋愛がしたくて結婚を急いでいるという誤解を解くべきだったのに)
思ってもいないことが口から零れ落ちてしまった。
(本当に、どうしてあんなことを──)
いくら考えても答えが見いだせず、ルシーは何度目ともしれないため息をつくのだった。
日差しは徐々に強くなり、街は初夏を迎えていた。
王都は本日、緑風祭でにぎわっている。緑風祭とは、新たな季節の始まりを祝い、自然の恵みとさわやかな初夏の風を称える祭りだ。
「姉様! 見て。あっちに花冠がいっぱい置かれてる!」
今日は、久しぶりにレアと二人で祭りを楽しむために下町に繰り出している。
レアは、何日も前からルシーと祭りに行くのを楽しみにしており、この日のためにいつも以上に体調管理に気を配っていた。
ルシーも久しぶりに妹に会うのが楽しみで仕方なかった。
クレマンのことで曇りがちだった気分も、妹にと一緒にいる今日この時だけは晴れやかだ。
ルシーとレアがやってきたのは、街の中央にある噴水広場だ。
広場では、様々な出店や屋台が所狭しと軒を連ねている。
「レア! 危ないから走らないで」
そう言いながらもルシーは、レアの元気な様子にほほ笑みを隠せない。
人ごみをなるべく避け、早い時間に来たのがよかったのだろう。
小さな子どもでも広場全体が見渡せる。
レアが広場の入り口で見つけたのは花冠をたくさん並べた露店だ。
花冠は、緑風祭の風物詩ともいえるものだ。豊穣の女神へ感謝を捧げるため頭上に花を掲げた習わしが、転じて花冠になったという。
祭りの参加者は女性も男性も皆花冠をかぶるのが伝統だった。
「さあ、レアも花冠を選んで」
「うん。これが姉さま。こっちは私のね」
二人でおそろいの花冠をかぶろうと約束していたのだ。
今日は、二人とも髪色を魔法で焦げ茶色に変えている。
焦げ茶色の髪にのった、緑のアイビーと赤いラナンキュラスの花冠が可愛らしい。
ルシーはほほ笑ましく妹を見つめる。
「レア、かわいいわ」
「姉さまも、きれい」
「ふふ、ありがとう。さあ、お店を見て回りましょう」
「うん」
ルシーとレアは、屋台で焼き串を食べ、ふわふわの甘い焼き菓子を満喫した。
輪を投げて景品をとる出店では、レアは小さなペンダントを手に入れて大喜びだった。
「姉さま、 喉が乾いちゃった」
「あら、果実水を買ってくるわね。ここで待っていて」
レアを噴水の端に座らせて、ルシーは事前に目をつけていた果実水の店に向かう。
店主から木のカップに入れた果実水を二つ受け取ると、ルシーは、レアのいる噴水の前まで戻る。
噴水のそばはなぜか人だかりができていた。
(何かあるのかしら?)
ルシーは人をかき分けるように前に出る。
「レア?」
ルシーの手から、カップが滑り落ちる。
ルシーが目にしたのは、噴水の前で石畳の上に倒れたレアの姿だった。
「レア! レア!」
「あんた、お姉ちゃんかい? このお嬢ちゃんがいきなり倒れちまってな」
真っ青な顔をしたレアは胸を押さえて痛みに耐えるように顔を歪めている。
(薬をっ)
ルシーは、レアのポケットにいつも入っている薬を取り出すとレアを抱え上げる。
伯爵家が派遣してくれる医者は、いつも咳止めと痛み止めだけはくれるのだ。
震える手でどうにか薬をレアの口におしこんだ。
「飲んで、レア、お願いだから」
ルシーは周囲の人から差し出された水を受け取り、ルシーの口に含ませた。
レアは、うっすらと目を開けると、口に入った薬をゆっくりと飲みこむ。
どうにか飲み込めたのに、レアは顔を歪ませたままで、一向に顔色がよくならない。
「レア、治らない? 胸が痛いの?」
(どうしよう。いつもは咳だけなのに。胸の痛みは初めてだわ)
「医者を、医者に連れて行かないと」
(落ち着いて。落ち着くの。人をやって、いつもの医者を呼んでもらって、レアを家まで運んで)
頭の中ではそう思うのに、焦りだけが先行して体が動かない。
(助けて! 誰か、レアを助けて‼)
その時だった。
「服を緩めて。顎を上げさせて、呼吸を楽にしてやれ」
不意に、ルシーの腕の中で苦しむ少女が、その人に抱き上げられた。
その人は、無造作に脱いだ上着の上に、自分で言った通りの姿勢でレアを横たえる。
呼吸が楽になったのか、青ざめたレアの顔色が少しだけよくなった。
「ありがとう、ございます」
こちらを見ないまま、その人はレアの脈をとり、そっと上着でレアを包んだ。
「少し落ち着いたな。裏に馬車が止めてある。このまま邸へ向かうからついてこい」
「はい、旦那様」
ルシーは、レアを抱き上げて足早に歩くクレマンの後を追った。
クレマンは、パニックを起こしかけていたルシーとレアをこともなげに助けてくれた。
レアを抱き上げるその背はとても頼もしい。
泣きたいほどの安心感に駆られて、全てをゆだねてしまいたくなった。
ルシーは、ぐっと唇をかむ。
『そうだと言ったら、早く結婚してくれますか?』
本当は、あんなことを言ってしまった理由なんてとっくにわかっている。
ルシーは、本心では、クレマンの差し出す信頼と愛情を求めていた。
だから、クレマンに信頼してもらえなかったことに心が引き裂かれるような痛みを覚えたのだ。
(どうせ手に入れられないのなら)
──全て壊してしまいたくなってしまったのだ。




