11. 手だけじゃ、足りない
(平民の女……ね)
いつかはバレると思っていた。
むしろ遅かったぐらいだ。
「ご自分が養女であることを隠して、社交界の妖精とは、いい御身分ですこと──公爵様、人を騙すことに長けた女です。どうかお気をつけ遊ばせ」
クレマンを見つめる熱のこもった瞳を見て、ルシーは彼女が騎士団の訓練所で見かけた令嬢の一人だと気づいた。
(まあ、事実だし仕方ないわ)
デュボワ伯爵とランベール侯爵家は既に婚約とそれに伴う諸々の取り決めも交わしている。デュボワ伯爵はなぜバレたのかと怒り狂うだろうが、伯爵家に実質的な損害はあまりないだろう。
こうなった時の対処方法も考えてある。
ルシーがため息をついて口を開こうとした時だった。
「あなたは、ランベールを馬鹿にしているのか?」
クレマンが、マルゴにそう告げた。
怒りを隠そうともしないその言葉に、周囲ははっと息を呑む。
「あなたごときが手に入れられる情報を、我が家門が知らずにいると、あなたはそう言ったのか」
「いえ。いえ、そういう意味ではっ」
クレマンの言葉に、マルゴは深く頭を下げた。
「一つこの場で告げておこう。平民が貴族籍に入ることは、法で認められている。私は、法を守り尊重する。これはランベール家の総意だ……行こう、ルシー嬢」
クレマンは声高に言い放った。
──だから、今後これを口にすることはランベールを敵に回すことだ。
衆人環視の中、言外にそう語ったのだ。
クレマンはルシーの腕を引き、舞踏会ホールを後にした。
ルシーの腕を引き、回廊を足早に歩くクレマンは、ホールの喧騒が届かない場所まで来るとやっと足を緩めた。
「すまない。急ぎすぎた」
息を切らすルシーにそう告げるクレマンに、先ほどまでの冷たさは微塵もない。
ルシーの手は繋がれたままだ。
「いいえ、大丈夫です。……それより、ご存じだったのですね」
「いや、知らなかった」
「え? そう……なのですか」
(ならば、旦那様は婚約者の対面を保つためにとっさにかばってくださったのね)
婚約者を受け入れ、信義を尽くすと宣言しているクレマンらしい。
ただ、クレマンが本当に平民をどう思っているか、ルシーにはわからなかった。
それに、ルシーがこの事実を隠していたことに対しては言い訳の余地がない。
(不愉快に思われて当然だわ)
「その、隠しており申し訳ありません」
「先ほど言ったのは事実だ。あなた自身に責任があることではないし、俺があなたを見る目は何も変わらない。ただ、伯爵が貴方をひどく軽んじる理由がわかった。……今までひどい扱いを受けてきたのではないか?」
ルシーは、ぎゅっと唇をかみしめた。
バレてしまったら開き直って、堂々としていようと思っていた。
血統至上主義の貴族は多く、平民のルシーの血を嫌悪する者は多い。
血統を気にしないという人も、自分にその事実が隠されていたということにがっかりするはずだ。
この事実が明るみに出たら、ルシーのそばに残る人はほとんどいない、そう思っていた。
もとから社交界に友人など求めていなかったし、その時はその時だと思っていた。
(それなのに、なんで、こんなに優しいの?)
鼻の奥が熱くなり、視界が歪む。
(手だけじゃ、足りない)
繋がれた手だけでなく、ルシーはクレマンにもっと触れたくなる。
ルシーがクレマンに向かって手を伸ばした、その時だった。
「誰だ」
「申し訳ありません、ランベール公爵に、王太子殿下からお声がかかりまして」
回廊の影から出てきたのは、王室の侍従の制服を着た若者だった。
ルシーは慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。
クレマンは、しかし、と心配そうにルシーを見る。
「私なら大丈夫ですわ。殿下からお声がかかったのなら急いで伺わなくては。……私は、馬車に戻ってよろしいでしょうか?」
「ああ、むしろその方が安心だ」
「いってらっしゃいませ」
クレマンは、侍従の後について足早に去っていった。
ルシーは、回廊を抜けて馬車留めの方へと向かいながら、先ほどのマルゴという女性のことを考える。
彼女はきっとクレマンのことが好きだったのだろう。
公の場で、あんなことを言うとは、クレマンへの思いを、これから嫁ぐ侯爵家や社交界に知られてもよいと思っていたのだろう。
なぜそんなことを、と考え、ふと気づく。
(ああ、忘れていたわ。〝自由恋愛〟ね)
魔力婚姻法に縛られたこの国の貴族は、自由な結婚が許されない。それゆえ、魔力婚の一番の目的である「血を継ぐ(つなぐ)」という役目を果たした後は、自由恋愛に興じる貴族が多い。
きっと、自分の存在を、クレマンに知ってほしかったのだろう。
(自由恋愛の相手として、自分を選んでほしかったのね)
更には、ルシーとの仲を少しでも悪くして、早くクレマンとの自由恋愛に持ち込みたかったのだろう。
「随分計算高い方ですわね。でも、旦那様の本質が何もわかってらっしゃらないのではなくて? 旦那様は自由恋愛にうつつをぬかすような方じゃないわ。そんな方に、旦那様を渡したりなんか……」
そこまで口に出して、ルシーは自分の考えに驚く。
(私ったら、何を旦那様を自分のものみたいに考えてるのかしら!)
そんなことを考えた自分が恥ずかしくなる。
「ルシー嬢」
思わず真っ赤になった顔を手で押さえた時、聞いたことのある声がして、ルシーは顔を上げた。
それは、舞踏会前に庭園で会った、かつてのルシーの取り巻きの男性だった。




