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堅物騎士団長の魔力婚 ~ 旦那様、面倒なことはさっさとすませましょう ~  作者: 瀬里@ピッコマ/Lineマンガ連載中


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10/20

10. あなただけは怯えないと言ったから

初夏に開かれる王宮舞踏会は、非常に規模が大きい。

魔力婚姻法によって婚約者が決まった貴族全員が参加するからだ。

この王宮舞踏会は、今年婚約者となった二人の初お披露目という意味合いもあり、各家、装いには趣向を凝らしてくる。


ルシーは、先日マダム・トルソーのドレス工房で仕立てた、出来上がったばかりのドレスを身にまとった。

ルシーが意図したものではなかったが〝クレマンの瞳の色〟のエメラルドグリーンのドレスだ。

布がふんだんに使われているのにとても軽やかだ。光沢のある柔らかな生地は、光を跳ねさせて鮮やかにきらめく。

胸元には、同じくクレマンから贈られたルビーのネックレスが燦然と輝く。

完璧です、と胸をそらすアメリに見送られ、ルシーはふわりとドレスを翻すと玄関ホールへと続く階段に足を踏み出した。

階下の玄関ホールでは、既に迎えに来たクレマンが待っている。


夜会服姿のクレマンに、ルシーは目を奪われた。

クレマンは金糸で縁どられた黒のジュストコールに白絹のクラバット。

こちらは、あえて〝ルシーの髪色〟である黒の装いだ。

ゆっくりと顔を上げた彼の精悍な顔が目に入る。


「「……」」


「ごほん」というアメリの咳払いで、ルシーとクレマンは我に返る。


「迎えに来ていただきありがとうございます。旦那様……その、とても素敵ですわ」

「ああ、……あなたも」

「あなたも、続きはなんでしょう?」


最後まで言ってくれないクレマンに、ルシーは不満げに口をとがらせて見せる。

クレマンは、ああ、とルシーを見下ろす。


「あなたもとても素敵だ。その黒髪も、白い肌も、けぶる瞳も。貴方が宵闇の妖精と言われているのがよくわかった。貴方を手に入れることができた幸運に感謝している。それに貴方にその色を選んでよかった。貴方の全身を俺の色で染め上げたんだ。これで俺が嫉妬深く、狭量な男だと知れ渡るだろうな。貴方のもとに自由恋愛を持ち掛ける男もこれでいなくなると……」

「もう結構です!」


(いつものように、にらみつけながら内心うろたえて頬を赤くされると思ったのに! この人、外見をほめたり、愛とか理想を語ったりにはためらいがなさすぎるわ!)


ルシーは、熱くなった頬を隠すようにクレマンから顔を背ける。


(それに私もどうかしてるわ! あんな美辞麗句、聞きなれているのに)


舞踏会場へと向かう馬車の中でもルシーは、顔を上げることができなかった。




メイン会場である舞踏会ホールは、王宮の中庭の奥にある。

薔薇が最盛期のこの時期、中庭で散策を楽しむカップルも多かった。

舞踏会が始まるまでは少し時間がある。

ルシーとクレマンも、華やかな香りと艶やかに咲き誇る薔薇を楽しむために、中庭に立ち寄った。


ルシーは、途中視界の隅に見知った顔を見つけたが見ないふりをした。

金髪で線の細い、クレマンとは真逆の雰囲気を持つ男性だ。小柄な茶色の髪の女性が隣を歩いている。

彼は、視線を合わせないルシーの方を見て思いつめたように顔を歪める。


「知り合いか?」

「いいえ」


クレマンが何か気づいたようだったが、ルシーはきっぱりと否定の言葉を口にする。

女性を連れてこの場にいるということは、彼も今年の魔力婚対象者だ。

貴族の務めを果たすことを選んだのだ。


(もう、関わらない方がいい人だわ)


彼は、いわゆるルシーの取り巻きの一人だった。

〝取り巻きがいるほどの女性〟のほうが社交界での価値が上がる。

ヴァロワ伯爵の方針で、近づいてくる彼らに明確な拒絶の言葉を言うことはできなかった。

が、それも魔力婚までの一時的なものだというのは、社交界の共通認識だった。


ルシーの態度でそれを思い出したのか、彼は去っていく。


「それより、王宮の庭園は素晴らしいですね。旦那様はこちらにはよくいらっしゃいますの?」

「ああ、あの奥の薔薇は、実は、祖母が品種改良して王家に献上した物なんだ」

「まあ。あの黄色からピンクへのグラデーションが美しい薔薇ですか?」


(レアにも見せてあげたい)


クレマンが彼の後ろ姿を目で追っていたことに、薔薇に夢中になってしまったルシーは気づくことができなかった。




舞踏会は順調に始まり、国王の祝辞、王太子夫妻のファーストダンスを終えた。

王太子夫妻は二十代後半、第二王子夫妻は二十代前半とまだ年若い。

残念ながら、第二王子妃はここ何年か体調が思わしくなく、今回も欠席だった。


華やかな王室のダンスが終わると、続いて、クレマンとルシーもダンスを踊る。


「見て、今年一番のカップルよ」

「妖精と冷徹鬼、すごい組み合わせだな」

「ルシー様がおかわいそう」

「俺も公爵家の跡取りに生まれたかった」

「おびえて泣いていらっしゃるんじゃないか」


楽団の演奏の音に交じって周りからの噂話が流れるように聞こえてくる。

ルシーに否定的な言葉は聞こえてこないが、クレマンに対しては散々だ。


「随分な言われようだな」

「ふふ、でも気にしてらっしゃらないようですわね」

「それは、あなただけは怯えないと言ったから」

「……っ」


思わず足をもつれさせるルシーを、クレマンは抱きとめる。


「本当によく転ぶな」

「……い、今のはっ!」


クレマンは自分の言葉がルシーの足をもつれさせたのだと自覚がないらしい。

それを気づかせるのも癪で、ルシーは「何でもありませんわ」とそっぽを向いた。


「……貴族ではないくせに」


その時、一つの言葉が耳に入ってきて、ルシーは周りを見回す。


(気のせいよね。きっと)




ルシーとクレマンは壇上の王家への挨拶を済ませる。

王と王太子夫妻からは、温かい言葉をかけられた。ルシーは王族と話すのは初めてで少し緊張したが、彼らの言葉にそれも和らいだ。

特に王太子妃には「義務を果たして落ち着いたら、魔塔へいらっしゃいな。早く来てくれると嬉しいわ」と声をかけられ、ルシーはほっとする。

先日図書館で会ったマルタン公爵夫人とは真逆の発言だ。より身分が上位の王太子妃にそう言われたのだから、こちらが優先される。

ルシーは王太子妃に感謝の笑みを浮かべた。

最後に、第二王子がクレマンに声をかける。


「宵闇の妖精と言われている婚約者を得た感想はどうだ。クレマン?」

「はい、過分な恩恵を受けたものと思っております」

「確かに、お前には過分だな。俺が二十だったなら、彼女の居場所は、俺の隣だったのだからな」


第二王子妃は、実はそれほど魔力が高くない。髪色も漆黒ではなく、深いこげ茶色だ。

第二王子妃の世代は、魔力が大きいものが少なかったのだ。

王子が自分の妻に不満を抱いているとの噂は有名で、子どもが生まれてからは、この王子が自由恋愛を楽しんでいるという話もよく聞く。


(でも、今この場で言うことではないわ)


クレマンは表情を変えずに目線を伏せているので、ルシーも彼に倣って目を伏せた。


「デュボワ嬢、この堅物男の隣は息が詰まるだろう。義務を果たした後は息抜きも必要だ。その際は俺を頼るといい」


(どういう意味で言っているの? いいえ、遊び人で有名な第二王子だもの。これは、自由恋愛のお誘いよね? でも、公の場でそんなことを言うかしら?)


問いかけられたので答えないわけにはいかない。

ルシーが適当に相槌を打っておこうと口を開きかけた時、クレマンが横から彼女の言葉を遮った。


「彼女は、公爵家でものびのび過ごさせますので、おそらく息が詰まることはないでしょう」

「ふん。のびのびの意味が間違っていないといいがな。デュボワ嬢、宴を楽しんでいかれよ」

「はい、殿下」


ルシーとクレマンは一礼し、その場を離れた。


クレマンの顔は第二王子と会話を交わしたあと、いつも以上に硬くこわばっているように見えた。


「ルシー嬢、申し訳なかった」

「何がです?」

「あなたにぶしつけな言葉を聞かせてしまって」

「ふふっ」

「笑い事ではない」

「だって、旦那様が言ったことではありませんのに」


(どれだけ責任感が強いのかしら)


きっと、ルシーを守れなかったと思っているのだろう。第二王子殿下の失礼な物言いにまで責任をとろうとするクレマンに、ルシーは胸の奥が温かくなる。


「妻を守るのは夫の役割だ。あなたを迎え入れると決めた時点で、俺はあなたを脅かす全てからあなたを守る盾となるつもりだった」

「あら、旦那様は守ってくださいましたわ」


そんな会話を交わしながらホールを横切ろうとした時、一人の女性がクレマンとルシーの前に立ちふさがった。

どこかで会ったような気もするが、思い出せない。


キッと一瞬だけルシーに憎しみの視線を向けて、彼女はすっとクレマンに膝を折った。


「ランベール公爵様。公爵様にお伝えしたいことがあり、お声かけさせていただいております。私、この度、モロー小侯爵の婚約者となりました、マルゴと申します」

「モロー小侯爵の婚約者の方か。伝えたいこととは? 場所を移した方がいいような内容か?」

「いいえ。この場で結構です」

「伺おうか」

「はい」


マルゴと名乗った彼女は、大きく息を吸った。


「僭越ながら、申し上げます。公爵閣下は、だまされておいでです。──公爵閣下だけでなく、この場にいらっしゃる皆さまが」


周囲は、ざわざわと色めき立ち、クレマンの眉がピクリと震える。

クレマンの威圧的な雰囲気に一瞬気圧されたようだが、マルゴは振り絞るように言葉を続けた。

視線を上げ、断罪するようにルシーを指さす。


「ルシー・デュボワ。その女は、貴族の生まれではない! 伯爵家に養女として迎えられた、平民の女なのです!」



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