第9話 三人なら運営に届く
監視室の水晶に映し出された映像を見て、俺は深く、重い溜息を吐き出した。
第二階層の中間区画。俺が設計した極悪な分離ルートを抜けた先にある広場で、決して交わってほしくなかった三匹のネズミが合流を果たしていたのだ。
無駄のない軽装に身を包んだRTA走者、黒瀬迅。
双剣を弄びながら好戦的な笑みを浮かべるS級探索者、天城レイナ。
そして、己の死すら情報として後続にばら撒く狂人、鬼塚豪。
俺の迷宮において、それぞれのやり方で理不尽に抗い、異常な生存能力を見せつけてきた特異個体たちだ。
水晶越しに、彼らの声が聞こえてくる。
『迅の言う通りだったな。合流ポイントはここであってたか』
豪が背中の大盾を下ろしながら言うと、迅は手元の端末から目を離さずに頷いた。
『ああ。運営の設計思想からして、個人の限界を試した後は、必ず全員のルートを一つに束ねるはずだと思った。……ここから先は、個人プレイじゃ絶対に抜けない難易度になってるはずだ』
『だから、組むんでしょ?』
レイナが軽やかなステップを踏みながら、二人の間に入り込んだ。
『私、面倒なギミック解くの苦手だからさ。迅が正解教えてよ』
『俺の指示通りに動けるならな。……いいか、俺が罠の予兆を解析してルートを引く。豪、お前はラインを押し上げて俺たちの安置(安全地帯)を作れ。レイナはそこから飛び出して、俺が指定した核を叩け』
迅の端的な指示に、豪はニカッと笑って大盾を叩き、レイナは楽しそうに双剣を鳴らした。
会話のキャッチボールは僅か十数秒。それだけで、彼らの間に明確な『役割分担』が完成していた。
「……特化型の個体が群れをなしたか」
俺は冷たい目でその光景を見下ろした。
解析、突破、検証。確かに一つ一つは厄介な能力だが、所詮は人間同士の付け焼き刃の連携だ。俺の迷宮が与える極限の重圧の前では、僅かな判断の遅れが致命傷となり、すぐに自壊する。
そう高を括っていた俺の予測は、次の区画であっさりと打ち砕かれた。
三人が足を踏み入れたのは、不可視のワイヤーと、それをトリガーにして四方から毒矢と酸の雨が降り注ぐ複合罠の部屋だ。
足を踏み入れた瞬間、迅が鋭く叫んだ。
『右壁から三秒後に射出! 豪、斜め四十五度で受けろ!』
『任せな! 【要塞化】!』
迅が床の粉塵の僅かな変化から罠の起動を読み取ったと同時、豪が巨体を滑らせて大盾を構え、飛来する毒矢の射線を完全に塞ぎ切った。
カンカンカンッ! と甲高い音が鳴り響き、豪の背後に完璧な安置が生まれる。
『レイナ! 左奥の天井付近、赤く光ってる石板がギミックの核だ!』
『遅い遅い! 一瞬で終わらせる!』
豪の影から弾かれたように飛び出したレイナが、壁を蹴って跳躍する。酸の雨が降り注ぐ直前、彼女の双剣が迅の指定した石板を十字に切り裂いた。
バツンッ! という音と共に魔力供給が絶たれ、部屋中の仕掛けが完全に沈黙した。
その間、僅か五秒。
「…………」
俺は玉座の肘掛けを強く握りしめた。
なんだ、今の動きは。
本来なら、迅一人ではギミックを解読できても飛来する矢を防ぎきれない。豪一人では矢を防げても核を破壊する機動力がない。レイナ一人では予兆を見抜けず酸の雨の餌食になる。
だが、彼らは互いの弱点を完全に補い合い、俺の殺意の結晶である罠を、まるでタイムアタックの障害物であるかのように無力化して駆け抜けていった。
配信のコメント欄は、当然のごとく狂乱の渦にあった。
『うおおお! 最強パーティー結成キタ――!!』
『役割分担が美しすぎる』
『これもう運営泣いてるだろwww』
「……忌々しい」
俺の口から、無意識のうちに呪詛のような声が漏れた。
個の力で及ばぬ理不尽を、人間どもは信頼と役割分担で超えてくるというのか。
『マスターに報告。特定個体三名による第一種危険指定パーティーの進行速度が、設計時の想定を600%上回っています。このままのペースであれば、あと二十分で第二階層の最奥へ到達します』
NAVIの無機質な報告を聞きながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
「そうか。ならば、俺が直接出迎えてやるのが礼儀というものだろう」
俺は監視室を後にし、転移陣を踏んで第二階層の最奥――まだ誰も足を踏み入れていない巨大な空間へと降り立った。
俺の体にはすでに、魔王軍時代に愛用していた黒い罠師専用の戦闘外套が纏われている。
俺は、よくある迷宮の主のように、玉座に座ってふんぞり返って待つような真似はしない。
何もない石造りの広大な空間の中央に、無骨な『工具台』を一つだけ設置した。そして、その上に数千の魔力回路を操作するための設計盤を展開し、自身の魔力と空間全体を直接リンクさせる。
床の石板の継ぎ目、壁の照明の角度、空気の流れる音。その全てを、俺の思考一つで即座に殺傷兵器へと変換できるように調整していく。
罠を設置して待つのではない。
俺自身が玉座を捨て、このフィールド全体を『俺の武器』として振り回すのだ。
「来い、ネズミども。貴様らの付け焼き刃の連携ごと、俺の最高傑作で圧し潰してやる」
工具台の前で両手を広げ、俺は深く静かに呼吸を整えた。
やがて。
『予測到達時間、十秒前』
NAVIのカウントダウンと共に、重厚な最奥の扉の向こうから、複数の足音と息遣いが微かに聞こえてきた。
『ここから先はデータがない。過去のログにも存在しない未知の領域……運営のお膝元だ』
迅の、極度に警戒した声。
『なら俺が一番に突っ込んで罠を踏む。もし俺が死んだら、死に様からデータを拾ってくれ』
死を前提に笑う豪の声。
『出し惜しみなしだよ。本気で作った運営の罠、見せてもらおうじゃない』
双剣を擦り合わせ、死地に向かっているとは思えないほど高揚したレイナの声。
彼らは死を恐れるどころか、俺の用意した極上のエンターテインメントを前に、純粋な歓喜に震えていた。
ギギギギギ……ッ!
地響きのような音を立てて、最奥の重厚な扉がゆっくりと押し開かれた。
広大な空間に足を踏み入れた三人は、その光景に一瞬だけ息を呑み、歩みを止めた。
そこに豪華なボスの玉座や宝の山はなく、あるのは無機質な石壁と、部屋の中央に置かれたただの『工具台』。
そして、その工具台の前に立つ、黒い外套を羽織った俺の姿。
「……よく辿り着いたな、強欲なネズミども」
俺はゆっくりと彼らを振り返り、冷酷な眼差しで三人を射抜いた。
配信のコメント欄が、この瞬間、完全に文字の滝となって狂乱するのをシステム越しに感知する。
『うわあああ! 運営降臨だあああ!』
『玉座じゃなくて工具台の前に立ってんのガチの職人じゃん!!』
『神運営様、直々のファンサキタ――!!』
「……ファンサ、だと? ふざけるな」
俺が指をパチンと鳴らした瞬間。
背後の巨大な扉が凄まじい速度で落下し、三人の退路を完全に塞いだ。同時に、部屋の床に張り巡らされた魔力陣が一斉に赤黒い光を放ち、周囲の空気が重圧でひしげるように軋み始める。
遊びは終わりだ。
罠師たる俺が、直接この手で貴様らに真の絶望を教えてやる。




