第8話 ダンジョンマスター様へ
第二階層の『協力ギミック』が、人間どもの醜い共食いを引き起こすどころか、連中の結束を固める美談として消費されてから数日。
俺は玉座で苛立ちを隠せないまま、監視水晶を通じてダンジョンの各所を点検していた。
罠の稼働状況は正常。魔力炉の出力も安定している。だが、入口である帰還室の手前、安全地帯として設定している区画に視点を移した時、俺は水晶の映像を二度見した。
「……なんだ、あのゴミの山は」
石造りの無機質なエントランスに、色とりどりの物体がうず高く積み上げられていたのだ。
花束、きれいに包装された箱、色鮮やかな紙の束。さらには、かつて俺が天城レイナを圧殺するために用意した「掃除用スライム改造ボス」を、なぜか丸っこく愛らしくデフォルメした手作りの試作ぬいぐるみまでが鎮座している。
「NAVI、状況を説明しろ。地球人には、他者の迷宮の敷居に不法投棄を行うという嫌がらせの文化があるのか?」
『マスターに報告。それらは不法投棄物ではありません。攻略者、配信の視聴者、及びダンジョン周辺に集まったファンたちが置いていった「供物」です』
「くもつ、だと?」
俺は眉をひそめた。供物とは、神仏や上位の存在に対する畏怖や祈願を示すためのものだ。殺意100%で人間をミンチにし、串刺しにし、毒で溶かしているこの俺の迷宮に対して、祈る要素がどこにあるというのだ。
俺はコアの転移権限を行使し、玉座から入口の安全地帯へと直接姿を現した。
幸い、現在この区画に探索者の姿はない。俺は積まれたゴミ――もとい、供物の山を忌々しげに見下ろした。
山の中心には、ご丁寧に防水用の透明な袋に入れられた分厚い大学ノートが置かれていた。表紙には『神運営ダンジョン・有志攻略ノート』と手書きされている。
俺は袋を破り、ノートのページをパラパラと捲った。
前半には、第一階層の罠の配置や、予兆となる床の粉塵、空気の揺れなどが詳細に図解されていた。だが、後半のページにいくにつれて、その内容は攻略情報から大きく逸脱し始めていた。
『神運営いつもありがとう! 毎日の配信が生きがいです!』
『理不尽じゃない難易度設定、マジで尊敬してます』
『次はどんな凶悪な罠が来るか、攻略班一同楽しみにしてます!』
びっしりと書き込まれた、熱烈な寄せ書きの数々。
さらにページを捲ると、そこには色鉛筆やペンで描かれたイラスト――ファンアートなるものが挟まっていた。黒いマントを翻し、顔の上半分を仮面で隠した威厳ある魔族の男が、玉座でワイングラスを傾けている想像図だ。
傍らには、あの忌まわしい掃除用スライムがペットのように寄り添っている。
「…………」
俺は無言でノートを閉じ、手の中でギリッと握り潰した。
「なるほど。よく分かったぞ、人間ども」
俺の声は、地を這うように低く冷酷な響きを帯びていた。
このノートの記述。それは好意を装った、念の入った挑発だ。
『我々はお前の罠の仕組みなど、既に全て見切っている。これほどまでに余裕があるのだ。次はもっとマシな絶望を用意してみせろ』という、明確な挑戦状。
そしてあの想像図は、苛烈なる魔王軍の罠師であるこの俺を、愛玩動物を侍らせた道化のように描くことで、俺の尊厳を貶めるための高度な精神攻撃に他ならない。
「いい度胸だ。神調整だの神運営だのとおだて上げ、俺の殺意を児戯のように扱うその驕り。万死に値する」
俺は供物の山を蹴り崩した。
すると、手作りの品の陰から、桐箱に入った特選の高級和牛、ジュラルミンケースに収められた純度の高い希少な宝石、さらには最新鋭の電子部品の束などが転がり出てきた。
一部の企業や、富裕層のファンが『お布施』として持ち込んだものらしい。
俺は鼻で笑った。
「わざわざこちらの軍備を増強するような高価な物資を自ら差し出すとは。よほど己の生存能力に自信があると見える」
『マスター。これらの物品はどう処理しますか? 入り口の景観を損ねるため、焼却処分を推奨します』
「いや、燃やすだけでは生温い」
俺は足元の宝石を拾い上げ、魔力の光にかざした。
「奴らの傲慢な好意は、そのまま絶望への刃に変換してやる。NAVI、これら全てを回収しろ」
『了解しました。実行します』
空間に転送陣が展開され、山のようになっていた供物が次々と迷宮の魔力炉へと送られていく。
俺はその作業を見届けながら、新たな罠の構想を冷酷に練り上げていた。
「あの手編みのスライムぬいぐるみは、魔力炉で燻して第二階層の毒煙の触媒にしろ。燃えるほどに致死性が増す仕様だ」
「高価な宝石群は、ただ換金するのではない。表面を研磨し、光属性の魔力レーザーを収束させるための増幅レンズとして壁に埋め込め」
「高級和牛は、魔界から喚び出した凶暴な魔獣・ヘルハウンドの餌だ。地球の良質なタンパク質と脂質で、筋力バフを極限まで強化してやる」
視聴者たちの純粋な(あるいは驕りに満ちた)好意が、俺の指示によって次々と凶悪な殺戮兵器の部品へと組み込まれていく。
自分たちが『推し』に捧げた贈り物が、数日後に自分たちの肉体を焼くレーザーや、自分たちを食い殺す魔獣の牙となって返ってくるのだ。
その事実を知った時、連中はどのような絶望の表情を浮かべるのだろうか。想像するだけで、溜まっていた苛立ちが僅かに晴れる気がした。
「……ん?」
供物の回収が終わりに近づいた時、転送陣の端にポツンと残された一つの封筒が、俺の目に留まった。
黒い蝋で厳重に封がされた、飾り気のない無骨な封筒。
俺はそれを拾い上げ、宛名を確認した。
『ダンジョンマスター様へ』
裏を返せば、そこに記されていた送り主の名は『黒瀬迅』。
あの、俺の0.12秒の隙間を完璧にすり抜けた、RTA走者の男だ。
俺は蝋を割って封を開け、中に入っていた数枚の羊皮紙(ダンジョン内で使える記録媒体)を引き出した。
「……これは」
そこに描かれていたのは、第一階層から、現在俺が解放している第二階層の途中までの、寸分の狂いもない完璧なマッピングデータだった。
それだけではない。壁の僅かな変色、空気の揺れ、毒沼の圧力変化のタイミング。俺が意図して残した予兆の全てが、秒単位のタイムラインと共に記述されている。
さらに恐るべきは、その余白に書き込まれた『連携』のシミュレーションだった。
『天城レイナの突進速度であれば、この落石トラップは起動前に駆け抜け可能』
『鬼塚豪の物理耐性と大盾の展開速度なら、この火炎放射の射線上で3秒間は安置を作れる。その間にレイナが核を叩き、俺が残りの解除スイッチを押す』
あの三人が組んだ場合を想定した、最適化された進行ルート。
個人の特化スキルを組み合わせ、俺の罠の殺意を論理的に解体し尽くす、完璧な解答用紙。
他の有象無象が置いていった「神運営」などというおちゃらけたノートとは訳が違う。これは、俺の設計思想を骨の髄まで理解した上で叩きつけられた、真の強者からの挑戦状だ。
羊皮紙の最後の一枚には、黒瀬迅の乱暴な筆致で、短いメッセージが書き殴られていた。
『用意された道は、遊び尽くした。俺たち三人の連携なら、今のギミックは全てタイムアタックの障害物でしかない』
挑発的なその文言の後に続く、最後の一行。
『次は、ダンジョンマスター(あんた)自身の手で、俺たちを楽しませてみろ』
パリッ。
俺の指先から漏れた魔力で、羊皮紙の端が僅かに凍りついた。
「……遊び尽くした、だと」
俺が殺意の限りを尽くして構築した地獄を、連中は連携という絆で乗り越え、あまつさえ「次の障害物」を寄越せと要求してきた。
罠師としての俺の全てを読み切った上で、さらにその先にある『俺自身』の知略と暴力を引き摺り出そうというのか。
ふつふつと湧き上がるのは、怒りだけではない。自分の罠を完全に理解し、その上で破壊しようとする強敵に対する、罠師としての純粋な闘争心だった。
「……よかろう」
俺は迅の手紙を懐にしまい、監視室の玉座へと背を向けた。
「そこまで直接的な死を望むなら、願い通りにしてやる」
俺が向かったのは、設計盤の置かれた制御卓ではない。監視室のさらに奥、魔王軍時代から俺の肉体を守り続けてきた武具が眠る、宝物庫だ。
間接的な罠による処刑は、もう終わりだ。
奴らが束になって来ようと、俺の存在そのものが絶対的な『理不尽』となって立ちはだかる。
「NAVI、第二階層最奥の扉のロックを解除しろ。そして、俺の戦闘用アバターへの換装プロトコルを起動しろ」
『了解しました、マスター。……出撃、ですね』
「ああ。生意気なネズミどもに、本物の絶望というものを直接叩き込んでやる」
俺は暗い宝物庫の中で、鈍い光を放つ罠師専用の戦闘外套に腕を通した。




