第45話 全部、あの地獄で習った
赤紫色に染まった世界中の空の下。
グラズの未同期コアが形成した無数の殲滅迷宮において、人類の存亡を懸けた『全世界同時レイド』が繰り広げられていた。
俺は玉座で、各国の戦況を監視水晶越しに冷酷に見下ろしていた。
俺が全財産とシステムリソースを注ぎ込み、地球の裏側から強制的に上書きした『緊急排出圏』は、想定通りに機能している。致死トラップの直撃を受ける寸前、探索者の肉体は強引に安全地帯へと弾き出され、恒久死だけは免れていた。
ただし、緊急排出は死に戻りではない。一度弾き出された者はその戦域から即後送し、再突入は禁止。次の一回まで俺が保証する気はない。
「無謀な突撃で一回限りの緊急排出権を無駄にするな。俺の訓練基準を満たさぬ者は、排出圏の境界より先へ一歩も踏み込むな」
俺が送ったシステムアラートに従い、一般参加者や『初心者地獄』を経験したばかりの浅層の探索者たちは、無理に前線へ出ることをやめた。
彼らは安全地帯に留まり、ヘリックス社の輸送ドローンが投下した物資を迅速に分配し、排出されてきた負傷者の救護に当たっている。
そして何より。UIが死に、生ログ(魔力波形のデータ)だけが垂れ流される配信画面を睨み続ける3000万を超える視聴者たち。彼らがリアルタイムで解析し、更新し続ける『攻略wiki』の情報を、後方支援組が前線の精鋭たちへと途切れることなく叫んで伝達していた。
『第二部隊、右の壁から不可視の刃が来るぞ! ログの法則性から0.1秒のラグがある!』
『偽UIのナビゲーションに騙されるな! 生ログの魔力波形だけを信じろ!』
『第三部隊、魂疲労が限界だろ! すぐに下がれ、役割交代だ!』
前線でグラズの即死トラップと対峙する精鋭たちの動きに、もはやかつてのような迷いやパニックは存在しなかった。
過去の階層で、俺が彼らに執拗に叩き込んだ「予兆観測」「情報共有」「偽UI対策」「撤退の判断」。あの絶望的な死の反復によって彼らの魂の底にまで刻み込まれた経験則が。
今、未知の侵略兵器に対する、最高の『生存技術』へと変換されていた。
「……やれやれ。俺の用意した地獄を、ずいぶんと効率的に再利用してくれるものだ」
俺はワイングラスを傾けながら、鼻で笑った。
観客が情報を解析し、後方がそれを伝え、前線が罠を捌く。世界中の人間どもが一つの巨大な軍隊として連携し、グラズの罠を一つずつ、確実に解体していく。
その中でも、最も異常な速度で未同期コアの深部へと突き進んでいる部隊があった。
日本の予測落下地点。黒瀬迅、天城レイナ、鬼塚豪の三人だ。
彼らは、俺のハッキングが及ぶ緊急排出圏の最奥、本物の死と隣り合わせの境界線ギリギリの領域で、グラズの防衛機構をただの障害物のように蹂躙していた。
『右前方、空間圧縮魔法のチャージ! 射出まで三秒!』
後方からの声に合わせて、迅が地を蹴る。
『単純すぎんだよ、このクソゲーが!』
グラズの放つ全方位レーザーや空間圧縮魔法。確かに直撃すれば跡形もなく消し飛ぶ致死の火力だが、俺がマスターキーでコンマ数秒のラグと微かな予兆を無理やりねじ込んである。
俺の仕掛けた極限のフェイントや、悪意に満ちた誘導に比べれば。ただ殺すだけの単調な暴力など、彼らにとっては「分かりやすすぎる的」に過ぎない。
『神運営の罠に比べたら、殺意が単調すぎてあくびが出るわ!』
レイナが空間圧縮の余波を、俺が用意した0.1秒の隙間を使って完璧にすり抜け、防衛砲台の根元に双剣を叩き込む。
『おらァッ! 効かねえぞ三流!』
豪が巨大な大盾で、俺が威力を削ったレーザーの直撃を真正面から受け止め、後続のための安全な通路をこじ開ける。
『全部、俺たちはあの地獄(神運営の迷宮)で習ってんだよォォッ!』
迅の短剣が雷光の如き速度で閃き、未同期コアの中枢回路を正確に切断した。
断末魔の火花を散らして崩れ落ちる巨大な魔力兵器。
彼らにとって、グラズの殲滅兵器は、俺の極悪ダンジョンを乗り越えるために極限まで鍛え上げられたプレイヤースキルを試す、ただのサンドバッグでしかなかった。
「……ふん。三流のガラクタ相手によく吠えるネズミどもだ」
俺は玉座で、忌々しげに、だが罠師としての確かな満足感を胸の奥で覚えていた。
俺が教育し、理不尽の何たるかを叩き込んだ駒たちが、俺の芸術の意図を完全に理解し、敵の兵器を圧倒している。これほど痛快な戦果はない。
だが。
俺が世界規模のハッキングと、数万人の探索者を保護する防衛網の維持に全システムリソースを割いている以上。俺自身の足元――この本拠地コアの絶対防衛圏は、もはや丸裸に近い状態だった。
その緩みを、かつての上官が黙って見逃すはずがないことは、百も承知だ。
『マスターッ!』
突如として。
俺の脳内に直接語りかけてくるNAVIの音声が、かつてないほど耳障りな不協和音に塗れた。
「どうした、NAVI」
『上空より接近していたグラズの本体が、当本拠地コアの絶対防衛圏を突破しました! ……ですが、奴の狙いは物理的な破壊ではありません!』
監視室の空間に展開されていた無数のウィンドウが、一斉に真っ赤な警告色に染まり、明滅を始めた。
『奴は、私の深層領域に直接、電子的な侵入を――ギ、ギィィィッ!』
「グラズの野郎……物理ではなく、電子戦でNAVIそのものの制御を奪いに来たか!」
俺は玉座を蹴り立てて立ち上がり、メインコンソールへ向けて莫大な魔力を流し込んだ。
だが、NAVIのシステム深部へ潜り込んだグラズの魔力は、病魔のように急速にコアの神経束を侵食していく。世界中の戦況を映していたドローン映像が激しく乱れ、俺が展開していた緊急排出圏の維持パラメーターが狂ったように上下する。
『マス、タ……システムの……防壁、維持……不可、能……』
「NAVI! 俺の魔力を持っていけ! システムを落とすな!」
『申し訳、ありません……グラズの、侵入コードが……私の論理回路を、強制シャット……』




