第43話 クソ運営にも使い道はある
残り三時間。
十二時間の前倒しで休養計画は崩れ、休養済みの班から順に『未同期コアの予測落下地点』へ世界規模で移動を始めていた。魂疲労が残る者は後方支援へ回し、前線には出さない。
監視水晶の向こうでは、赤紫に染まった空の下を、探索者と輸送車列が一斉に動いている。
この短い時計の中で、最後に残る問題は『物理的な兵站』だった。
俺が地球の裏側からマスターキーで干渉し、グラズの殺戮兵器に安置を上書きしても、折れた武器や空になったポーションまでは魔力網で補充できない。
だが、その仕事はもう人間側へ投げてある。
通信ウィンドウを開くと、ヘリックス社長の背後で、輸送管制の数字が滝のように流れていた。
『ご指示の安全地帯座標へ、物流ドローンを展開中です。通信中継器も含め、あと一時間で全拠点へ届きます!』
「サーバーと荷物だけ運べ。余計なゲーム判断を一つでも混ぜたら切る」
『承知しています。そこは二度と触りません』
どうやら前回の失敗から、その程度は学習したらしい。
「そのドローンの制御は、誰がやっている」
『はい! 以前破損したMAXは、事故前バックアップから推論系だけを再構築し、完全にロジスティクス専用へ落としました! ゲーム判断系は切り離しています!』
社長の言葉に、俺は思わず口角を吊り上げた。
企業AI『MAX』。人間の感情や選択を理解できず、ただ確率固定で逃げ道を奪うことしかできなかったポンコツだ。
「なるほどな。人間の心理を読めないなら、ただの『最短距離の経路計算』と『物資の最適分配』だけをやらせるか。それならば、機械の得意分野だ」
適材適所。無能を無能のまま使い潰すための、完璧な采配だった。
「いいだろう。だが、契約の絶対条件は忘れるな。貴様らにはゲームの設計には指一本触れさせん。間違っても『課金すれば救援ドローンが助けてくれる』ようなふざけた仕様を組み込むなよ」
『滅相もございません! 我々は徹頭徹尾、神運営殿の「裏方の荷物運び」に徹します! 少しでも出しゃばれば、本社ごと消し飛ばされる契約ですからね!』
嬉々として裏方稼業に奔走するヘリックス社との通信を切り、俺は水晶へ視線を戻した。
日本の予測落下地点、関東近郊の防衛ライン。
黒瀬迅や鬼塚豪たちが、赤紫色の空を見上げながら武器の手入れをしている。
『おい、見ろよアレ……』
豪が呆然と空を指差した。
上空を覆い尽くすように飛来したヘリックス社の巨大な輸送ドローン群が、NAVIが指定した安全地帯の座標へ向けて、次々と重装甲の物資コンテナをパラシュートで投下していく。
『ヘリックス社……。前に、神運営の罠をパクってクソゲー作ってた企業だよな?』
『ああ。だが、今は神運営のパシリ(後方支援)として動いてるみたいだな』
迅が、投下されたコンテナから最高級の回復ポーションや予備の魔力障壁発生器を取り出しながら、ニヤリと笑った。
『ゲーム作りは三流のクソ運営でも、金と物量の使い道は分かってるじゃねえか。……これで、弾切れの心配はなくなったぜ』
俺は玉座で、その光景を満足げに見下ろした。
かつての俺の上官、グラズの思想は明確だ。
『学習しない無能は切り捨て、有能で完全な兵器だけで確実な殲滅を行う』。
弱さや欠陥を一切認めず、ただ単調な力で押し潰す。
だが、罠師である俺の美学は違う。
「折れた剣は、そのままでは使えん。だが、隠し穴の底に上を向けて配置すれば、立派な致死トラップ(凶器)として機能する」
面白さを作れないクソ運営も、配置を変えれば、俺の盤面を物理的に支える最高の荷物持ちになる。
すべての存在の強みと弱みを完全に把握し、無駄なく盤面の駒として極限まで利用し尽くす。それこそが、効率と確実性しか見えていないグラズには絶対に到達できない、『罠師の芸術』の真髄だ。
『マスター。目標時刻まで、残り一分を切りました。世界各国の防衛指定ポイントへの人員配置、およびヘリックス社による物理インフラの展開、すべて完了しました』
NAVIの音声が、一段と冷たく、そして鋭く響く。
「ご苦労」
俺は玉座から立ち上がり、目の前に展開されたマスターキーのコンソールへ両手を置いた。
タイムリミットがゼロになる。
地の底から、世界そのものが軋むような轟音が響いた。
「来るぞ」




