第41話 最終シーズン告知
グラズの分身体が大広間で残した、人類に対する死の宣告。
『十日後。地球上の全ての未同期コアが完全に連結し、本侵攻の門が開く』
それは、地球の物理法則や魂帰還則が一切通用しない、本物の戦争兵器による蹂躙の予告だった。
通常であれば。この星の指導者たちは顔を青ざめさせてシェルターへの避難を呼びかけ、一般の人間どもは世界が終わるという絶望に泣き叫び、各地で暴動やパニックが起きるはずの事態だ。
だが。
『うおおおおっ! 神運営が主催する最終シーズン開幕だあああ!』
『人類滅亡まであと十日! 本番のレイドに向けて、徹夜で特訓だ!』
『死んだら終わりのクソゲー(未同期コア)なんて、神運営が鍛えてくれた俺たちが全部ぶっ壊してやるぜ!』
俺の玉座の前に展開された、世界中のネットワークの監視ウィンドウ。
そこを埋め尽くしていたのは、恐怖の悲鳴などでは断じてなく、血を吐くような狂気的な熱狂だった。
「……狂っているな。本当に、この星の連中は」
俺はこめかみに指を当て、激しい頭痛を堪えるように息を吐き出した。
十日後の世界滅亡という事実すらも、彼らは『運営が用意した超大型のレイドイベント(最終シーズン)』として消化し、死の恐怖を極上のスパイスとして楽しもうとしている。
だが、その狂気は今の俺にとって、この上なく都合の良いものだった。
「いいだろう」
俺の口角が、凶悪な弧を描き出す。
「あんな美学の欠片もない三流の兵器に、俺が手塩にかけて育てた獲物たちを一方的にすり潰されるのは、罠師のプライドが絶対に許さん。グラズの侵攻すらも、俺の迷宮のコンテンツ(絶望)として利用してやる」
俺は設計盤を引き寄せ、乱暴に魔力を叩き込んだ。
「NAVI。全世界の探索者端末、及び各国の巨大モニターへ、システムアナウンスを強制送信しろ」
『テキストを読み込みます』
直後、地球上のあらゆるスクリーンが、俺のダンジョンのシンボルである赤黒い光に染まった。
『――全世界の探索者どもに告ぐ』
俺の冷酷な意思が、テキストとなって世界中に刻まれていく。
『十日後に迫る三流の兵器による侵略。あんな予兆も選択肢もない単調な暴力に、俺の迷宮を生き抜いた貴様らが無惨に殺されるのは、俺にとって最大の屈辱である』
『ゆえに、これより当迷宮の全リソースを解放し、「最終シーズン」の開幕を宣言する。先に実施した「地獄訓練β」のプロトコルを、各国の正規ダンジョンネットワークへ拡張し、この地球全土を俺の訓練場とする』
それは、世界防衛という大義名分など一切ない、傲慢極まりない宣言だった。
「グラズの単調な暴力に対応できず死ぬような軟弱者は、俺の罠に挑む資格はない。だから俺が直接、情報不足でも退くか進むかを決める判断速度を鍛え直してやる」という、どこまでも自己中心的な罠師の理屈だ。
だが、その歪んだ殺意のメッセージを受け取った人間たちは。
『キタキタキタァァァッ!! 全地球規模のチュートリアル!!』
『「俺のプレイヤーを三流には殺させない」ってことだろ!? 愛が重すぎる!』
『全員強制参加の死にゲー最高! やってやろうぜ!』
まるで救世主の言葉でも聞いたかのように、さらなる熱狂の渦となって沸き立ったのだ。
「さて。有象無象に稽古をつけてやるだけでは、グラズの本気は止められんからな」
俺は玉座から立ち上がり、自らの迷宮の最深部――ダンジョンコアが脈動する中枢へと歩み寄った。
行政から巻き上げた『世界希少素材(神話級の魔石や霊布)』の山が、コアの周囲に積み上げられている。俺はそれらを惜しげもなくコアの魔力炉へと放り込み、自らの腕をコアの神経束に直接突き立てた。
目的は一つ。
十日後に世界中の複数箇所に突き刺さるであろう未同期コア。その理不尽な殺戮構造を、地球の裏側からでも強制的に「ハッキング(上書き)」するための、巨大な干渉ネットワークの構築だ。
『マスター。当コアの魔力パルスを、地球の世界層(NAVI網)と深く連結させます。……これは、システムへの過大な負荷を伴います』
「構わん。全部繋げ」
俺の魔力が、NAVIを通じて地球中の正規ネットワークへと広がっていく。
「これは人間を守るためではない。グラズの逃げ道のない処刑装置に、俺の『選択肢(予兆)』を強制挿入してやるための、最大の絶望装置だ」
あくまで自分の罠のルールを相手に押し付けるための手段だ。俺はそう言い張りながら、莫大な計算式を構築していく。
だが、その行動は結果として、地球全体を覆う強固な防衛網の構築そのものだった。
各国のネットワークへの拡張と、俺のロジック(予兆の挿入)を世界中で同時に演算処理させるためには、途方もないリソースが必要だった。
行政が用意した世界希少素材は、強烈な魔力負荷によって次々と灰になって消えていく。
それでも足りない。
「NAVI。足りない魔力は、蓄積した観測熱を全て魔力へ変換して注ぎ込め」
『……もう一件、提案があります。マスターキーで完全上書きした区画に限れば、魂帰還の代用ではなく「致死直前に物理的に弾き出す」緊急排出圏を構築可能です』
「範囲と代償は」
『上書き済み区画のみ。一人につき一戦域一回。発動ごとに専用触媒を焼却します。対象数を確保するには、残存する私財と第四階層拡張予算まで投入する必要があります』
「二度は助けない。一度だけなら十分だ。組め」
『実行すれば、マスターの運営資産はほぼゼロになります』
「構わんと言っているだろうが。全部回せ!」
俺は血走った目で設計盤を睨みつけ、NAVIの警告を一蹴した。
「金などどうでもいい。俺の芸術が、グラズの三流のガラクタ(クソゲー)に劣っていないことを証明できれば、それで十分だ!」
俺は、これまで積み上げてきた莫大な富を、湯水のようにシステムへと溶かし込んでいった。
やがて、最終シーズンの強固なネットワークが完成し、全世界の正規ダンジョンに向けて『地獄の訓練プロトコル』が一斉に配信された。
地球上の至る所で、探索者たちが俺の放つ理不尽な死の反復に挑み、悲鳴と歓喜の声を上げている。
俺は大きく息を吐き出し、玉座に深く沈み込んだ。
『……最終報告です』
NAVIの無機質な音声が、静かになった制御室に響いた。
『世界規模のネットワーク拡張と、ハッキング用の防衛設備構築により。当ダンジョンの収益、およびマスターの私財残高が、「ほぼゼロ」となりました』
「…………」
俺は、その報告を完全に無視した。
財産など、また人間どもを絶望させて巻き上げればいいだけの話だ。そんなことよりも、今は目の前の盤面だ。
「……さあ、来るなら来い、グラズ」
俺の口角が、疲労を忘れたように凶悪に吊り上がる。
「地球の有象無象は、俺がこの十日間で全て『死にゲー狂いの兵士』に変えてやる。貴様の退屈な兵器が、俺の鍛え上げた駒たちに無残に破壊される様を、その目で見せてやるぞ」
人類滅亡の危機を前に、全財産を失ってまで己のゲームの品質に狂奔する罠師と、それを神の恩寵と信じて疑わない人間たち。
終わらないすれ違いは、地球全体を一つの巨大なダンジョンへと変貌させようとしていた。




