第40話 ダンジョンマスター戦
大広間の堅牢な石の天井が、轟音と共に爆砕した。
瓦礫の雨が降り注ぐ中、空いた大穴から次々と降り立つ異形の影。分厚い装甲と殺戮に特化した無機質な武装を纏った、グラズの分身体が率いる魔王軍の強襲部隊だ。
彼らは地球の迷宮のルールなど一切無視し、ただ俺のコアを物理的に破壊・制圧するためだけに送り込まれた、純然たる戦争兵器である。
俺は転移の陣から大広間の最前線へと降り立ち、黒い戦闘外套を翻して彼らと対峙した。
「……俺の庭で、随分と派手な真似をしてくれるな、三流」
『見世物小屋の主よ』
強襲部隊の中心に立つ、ひどく冷たく合理的な魔力で形作られたグラズの分身体が、俺を見下ろして無機質に答えた。
『貴様のコアはいただいた。遊びの時間は終わりだ。大人しく殲滅されろ』
グラズの宣告と同時に、魔族兵士たちが一斉に武装を展開する。
彼らが放つのは、俺の罠のような「回避可能な予兆」を持った攻撃ではない。大広間の全方位を埋め尽くす極太の魔力レーザーと、空間そのものをすり潰す不可避の圧縮魔法――圧倒的な物量による『面制圧』だ。
『くそっ! 避けきれねえ!』
『豪! 前衛の盾を一点に集めろ!』
俺の後方にいた黒瀬迅や天城レイナたち探索者は、その理不尽な暴力の前に成す術もなく、豪の張った防御バフの内側に身を寄せ合って防戦一方に追い込まれた。
「兵器としての火力は認めよう。だがな」
俺は迫り来るレーザーの嵐を前にしても、一歩も引かなかった。
俺は正面から力で撃ち合うような、野蛮な真似はしない。俺は魔王軍首席『罠師』だ。
「ここは俺の迷宮だ。俺の罠を無視して暴れられると思うなよ」
俺は腰のツールベルトから魔力回路を引き抜き、指先で複雑なルーンを高速で弾いた。
瞬間、大広間に仕掛けてあった既存のギミックが、俺の手動操作によって『暴走』を始める。
不可避のレーザーを放とうと踏み込んだ魔族兵士たちの足元の石板が、俺の計算ずくのタイミングで突如として崩落する。
『!?』
足場を失い、レーザーの射線が空の彼方へズレる。
さらに、グラズの分身体が放った凶悪な空間圧縮魔法の軌道上に、俺は意図的に分厚い『魔力反射板(物理ギミック)』を床から隆起させた。
ドゴォォォォンッ!!
空間をすり潰すはずだった魔法が反射板に激突し、その破壊力の全てが、グラズの部隊自身へと跳ね返って炸裂する。
「戦争兵器の火力など、設計盤の上(環境要因)では、ただの『利用できるエネルギー』に過ぎん」
俺が自らの罠を逆利用し、敵の軍隊を次々と自滅させていく光景。
それを後方から見ていた迅たちは、ただ怯えて隠れているような連中ではなかった。
『……おい、見ろ!』
迅が、俺の動きと連動して起動する罠の軌道を、血走った目で追いかけ始めた。
『運営が、自分の罠を敵にぶつけてる! ……ってことは、あいつの罠の「予兆」を読めば、俺たちにとっての「安置」が完全に分かるってことだ!』
迅の叫びに、レイナと豪が弾かれたように顔を上げた。
『右の床が落ちるぞ! 運営が敵を落とし穴に誘導してる! 俺たちは左の壁際へ走れ!』
『反射板が出る! 敵の魔法が跳ね返ってくる前に、全員伏せろォッ!』
彼らは俺の戦術意図を瞬時に理解した。俺が敵を追い詰めるために起動させる罠の予兆を読み切り、俺の攻撃の余波を完全に回避しながら、グラズの部隊の死角へと入り込んでいく。
『がら空きだよっ!』
レイナの双剣が、落とし穴で体勢を崩した魔族兵士の首を的確に刈り取る。
「……チッ、図々しいネズミどもめ」
俺は忌々しげに舌打ちをした。
「誰が貴様らと共闘すると言った。巻き込まれて死にたくなければ、そこで震えていろ」
だが、俺の文句など意に介さず、俺の設計を信じ切って盤面に適応してくる彼らの動きは、不本意ながらも、俺の罠との間に『完璧な連携』を生み出していた。
俺の罠を利用した空間掌握と、迅たち攻略者の的確な追撃。
その奇妙な共闘の前に、グラズの強襲部隊は次々と粉砕され、ついにグラズの巨大な分身体が、俺の前に力なく膝をついた。
『……兵器としての火力を、環境要因で無力化するとは。相変わらず、小賢しく無駄な技術だけは一級品だな、ルーク』
分身体はノイズ混じりの声でそう吐き捨てながら、その巨体を崩壊させていく。
『だが、これもただの小手調べだ』
グラズの体が光の粒子となって消えゆく直前。大広間の空中に、巨大な『門』のホログラムと、カウントダウンの数字が投影された。
『十日後。地球上の全ての未同期コアが完全に連結し、本侵攻の門が開く。……その時こそ、貴様のふざけた盤面ごと、この星を終わらせてやる』
グラズの分身体は完全に消滅した。
後に残されたのは、地球全土の未同期コアが活性化し、本物の戦争が始まるまでの『残り十日』という、絶望的なタイムリミットの宣告だった。
『マスターに報告。グラズ軍の完全撤退を確認。……同時に、世界の総視聴者数が1000万を突破しました。全ネットワークが、先ほどの「十日後の滅亡宣告」の事実でパニック状態に陥っています』
NAVIの声が、大広間に静けさを取り戻させる。
十日後に、世界が終わる。本物の魔王軍が、魂帰還則のない殺戮兵器を引っ提げて地球を蹂躙しにやってくる。
その事実を突きつけられた探索者たちと、配信を見守る1000万を超える人間たち。普通なら、ここで絶望に打ちひしがれ、涙を流して命乞いをする場面だ。
だが。俺は黒い外套に付着した敵の魔力の残滓を払い落としながら、足元で荒い息を吐く迅たちに向かって、冷酷に笑いかけた。
「……聞いたな、ネズミども。十日後だ」
俺の声が、1000万人の鼓膜に直接響き渡る。
「あんな美学の欠片もない三流の兵器でこの世界が終わるなど、俺の罠師としてのプライドが許さん。……ならば俺が、この十日間のうちに」
俺は、彼らの目を見下ろして宣言した。
「あいつらよりも遥かに残酷で、絶望的で、完璧な殺意で、貴様らの魂を殺し尽くし、極限まで鍛え上げてやる」
それは、グラズの本侵攻に向けた『世界規模のレイド(最終防衛戦)』への、神運営からの強制参加宣言だった。
世界が終わる。本物の死が待っている。
だが。
『……ハッ。上等だ……!』
黒瀬迅が、血塗れの顔を歪めて、最高に凶悪な笑顔を見せた。
『十日後にクソゲーの親玉が来るなら……神運営が、それまでに俺たちを本気で鍛え上げてくれるってことだろ!』
『うおおおおおっ! 休んでる暇はねえぞ! 十日間、寝る間も惜しんで地獄の特訓継続だあああっ!』
鬼塚豪が立ち上がり、天城レイナが双剣を天に突き上げて歓喜の雄叫びを上げる。
それに呼応するように、1000万の視聴者たちのコメント欄も、『人類の存亡を懸けた最終シーズン開幕!』『神運営の地獄の特訓キタ――!!』と、絶望とは程遠い熱狂の渦へと変貌していった。
「……狂っているな。本当に、どいつもこいつも」
俺は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながらも、その唇には隠しきれない凶悪な笑みが刻まれていた。
残り十日。
俺は世界地図を設計盤へ重ねた。
次に作る迷宮の広さは、一つの建物でも、一つの国でもない。――地球全部だ。




