第33話 本気で殺したい。それで次は?
グラズが示した未同期コアの座標へ向けて飛び出した俺は、大気圏へ届く前に急停止した。
「……専用工具が要るな」
魔王軍規格の未同期コアは、外殻を雑に破壊すれば自爆する。安全に解体するには、罠師用の工具と封印具が必要だ。
俺は一度、迷宮のメンテナンス前室へ戻った。
そこはコア中枢とは隔離された作業用区画で、公開エリアから工房へ入る者を一度止めるための場所でもある。
扉を開けた瞬間、能天気な声が飛んできた。
『お、帰ってきた』
『早かったね、運営さん』
「…………」
黒瀬迅、天城レイナ、鬼塚豪。
三匹のネズミが、前室のベンチに並んでいた。
「なぜいる」
『さっき地上へ戻す転移門、閉じる前に俺たちも乗った』
迅が悪びれもせず言う。
『中枢側はロックされてて一歩も入れなかったから、ここで待ってた』
「当たり前だ。俺のコアまで抜けられてたまるか」
豪は壁越しに見える整備ラックへ目を輝かせている。
『本物の工具だ……あの罠、全部こういうので調整してんのか』
『刃の角度、手作業だったんだ』
レイナまで感心している。
「いい加減にしろ」
俺は工具箱を開けながら、殺気を込めた。
「貴様らは俺を、楽しませるためのゲームマスターだと勘違いしている。違う。俺は魔王軍の残党だ」
三人の動きが止まる。
「我らを滅ぼした勇者は、地球から召喚された。だから俺は、その故郷へ絶望を返しに来た。俺は本物の魔族で、本気で人類を憎んでいる」
嘘は一つもない。
数秒の沈黙。
今度こそ理解したはずだ。
迅は俺の顔をじっと見た。笑わない。
『……分かった』
「何がだ」
『あんた、本物なんだな。魔族なのも、俺たちを本気で殺したいのも』
「そう言っている」
レイナも、いつもの軽い笑顔を少しだけ引っ込めた。
『じゃあ、あのスライムも、床も、ワイヤーも。全部、本当に私たちを殺すつもりで作ったんだ』
「ようやく理解したか」
豪が腕を組み、低く息を吐く。
『ガハハ……そりゃ帰還酔いまで手加減してねえわけだ』
やっと通じた。
胸の奥に、奇妙な安堵すら生まれかけた。
その瞬間、迅が言った。
『それで、次の階層はいつ開く?』
「…………は?」
『本物の魔族で、本気で殺しに来てる。分かったよ』
迅は短剣の柄を指で弾いた。
『だから何だ。あんたが道を残す限り、俺は解く』
『私も』
レイナが即答する。
『本気で殺したいなら、こっちも本気で抜けるだけでしょ』
『俺は罠の数値を取る。それだけだな』
豪まで平然と頷いた。
「……貴様ら」
信じてもらえない方が、まだ話は簡単だった。
こいつらは真実を理解した。理解したうえで、態度を一ミリも変えなかった。
迅は作業台の上に並べた工具を見た。
『これ見て、余計に納得した。あんた、俺たちを殺すためだけに一切妥協してないんだな』
張力計。刃角ゲージ。摩耗を測る薄板。
俺が日々触る道具だ。
『だから、理不尽でも読み合える』
「褒めるな。気色が悪い」
俺が未同期コア解体用の工具袋を腰へ固定した、その時だった。
三人の端末が同時に鳴った。
NAVIの声も重なる。
『マスター。緊急速報。隣県に出現した新ダンジョンで、致死判定後も帰還室へ戻らない事例が多数発生しています』
迅の顔から笑みが消えた。
『……戻らない?』
『行方不明者、数十名。魂アンカー反応消失』
豪が低く呟く。
『死んだら、終わりってことか』
「バグではない」
俺は工具の留め具を締めた。
「グラズの未同期コアだ。魂の保護も、逃げ道もない殲滅装置」
『グラズ?』
「貴様らには関係ない」
黒い外套を羽織る。
「こんな選択肢も美学もないものを、俺の同類と呼ばせる気はない。俺の盤面を荒らす三流は、俺が片付ける」
転移陣を起動する。
背後でレイナが何か言ったが、無視した。
今度の先には、死に戻りはない。
それでも俺の足は止まらなかった。




