第30話 死ねない死にゲー
第四階層、個別最適化の処刑場。
己の強みそのものを殺因に反転させる完全メタの罠を抜け、最終防衛の間――第五階層へと続く巨大な門の前に、数名の探索者たちが合流を果たしていた。
黒瀬迅、天城レイナ、鬼塚豪。そして、彼らについてきた数名のトップランカーたち。
彼らの装備はボロボロに損耗し、魂疲労は限界に近い。だが、その顔には達成感と、これから始まる『World First Cup』の最終試練に対する強烈な高揚感が張り付いていた。
俺は玉座で、彼らを見下ろしながら冷酷に言い放つ。
「よくぞ辿り着いた。だが、ここから先はこれまでの死体投げによるゴリ押しは通用しないぞ」
彼らの端末に、俺からのシステムアナウンスが強制表示される。
『最終試練。ここより先、大会特別ルール【一死失格】を適用する』
通常、この迷宮には魂帰還則が適用されており、死んでも待機時間のペナルティを払えば何度でも再挑戦できる。
だが、この最終防衛の間だけは例外だ。一度でも致死判定を受ければ、その瞬間、即座に挑戦権を失い、入り口の帰還室から二度とこの部屋へは戻れない。
「挑戦権は一つだけだ。死ねば帰還する。だが、この勝負には戻れん。その重圧に耐えてみせろ」
俺が指を鳴らすと、巨大な部屋全体が、まるで一つの巨大なルーレットのように回転を始めた。
床の石板がランダムに崩落し、四方の壁からは絶え間なく即死の炎と不可視の魔力刃が飛び交う。その狂乱の殺戮空間の中に、大扉のロックを解除するための五つの魔力核が浮遊している。
一歩間違えれば、即座に終わり(ゲームオーバー)。
『うおおおっ! 一発勝負かよ!』
『行くぞお前ら! 俺が死ぬまでに、絶対に安全なルートを見つけてやる!』
挑戦者たちが、悲壮な覚悟と共に殺戮の嵐の中へと飛び込んでいった。
だが、一死失格という重圧は、彼らの極限の連携に僅かな遅れ(ノイズ)を生じさせるには十分すぎた。
『くそっ!』
強行突破を試みたトップランカーの一人が、足場の崩落に巻き込まれて落下し、光の粒子となって消える。肉体は帰還室へ排出されるが、この最終戦には二度と戻れない。
『レイナ、右から来るぞ!』
『分かってる!』
豪が巨大な大盾を構えて炎のブレスを受け止め、その裏からレイナが跳躍して一つ目の魔力核を破壊する。
だが、直後に床の回転速度が急上昇し、豪の巨体が遠心力でバランスを崩した。
『しまっ――』
盾の防御範囲から僅かにはみ出た豪の肩口に、不可視の魔力刃が直撃する。
致死判定。豪の肉体が粒子化していく。
『豪!』
『……ッハ、わりぃ、迅! ……俺の作った安置、無駄にすんなよ!』
豪は笑いながら消滅し、失格となった。
残されたレイナも、二つ目の核を破壊した直後、着地地点に仕掛けられていた酸の雨を避けきれずに被弾する。
『ああもうっ! ちょっとタイミング早すぎた!』
悔しげに叫びながら、レイナも光となって退場していく。
仲間たちが次々と全滅し、広大な殺戮空間の中に、黒瀬迅ただ一人が取り残された。
『マスターに報告。配信ミラーリング同時接続数が800万を突破しました。当システムの処理能力の上限に近づきつつあります』
玉座に座る俺の耳に、NAVIの警告が届く。
八百万。地球という星の人間どもが、今、息を呑んでたった一人の男の足掻きを見つめているのだ。
「……無駄だ。孤立した個人の処理能力で、この弾幕は捌ききれん」
俺の言葉とは裏腹に。
盤面に残った迅の顔には、一切の焦りがなかった。
『……残り三個』
彼は極限の集中状態で、己の周囲で巻き起こる全ての事象を俯瞰していた。
豪が犠牲になって受け止めた炎の軌道。レイナが破壊したことで生じた、トラップの法則性の僅かなズレ。それら仲間の死によって得られた情報を、彼は完全に自らの計算に組み込んでいたのだ。
『シッ!』
迅の体がブレた。
床の崩落をコンマ一秒のステップで回避し、不可視の刃の雨を、関節の駆動限界ギリギリのフレーム回避ですり抜ける。俺が設計した狂乱の弾幕の中を、迅はまるで振り付けの決まった美しいダンスのように、全く無駄のない軌道で駆け抜けていく。
「…………素晴らしい」
俺は、無意識のうちに玉座から身を乗り出し、純粋な感嘆の声を漏らしていた。
己の命が一つしかないという絶対の恐怖の中で。俺の罠師としての最高傑作を、一切のダメージを受けずに紐解いていく強敵の姿。
これこそが、俺が求めていた罠師と攻略者との、極致の対話だ。
迅の短剣が閃き、三つ目、四つ目と魔力核が砕け散る。
そして、彼が空中で身を捻りながら、最後の一つを脳天から串刺しにした瞬間。
――ゴォォォォンッ……!
全ての罠が沈黙し、第五階層へと続く巨大な大扉が、彼を歓迎するように重々しい音を立てて開き始めた。
『抜けた……!』
着地した迅が、荒い息を吐きながら、勝利の笑みを浮かべて前を見据えた。
800万人が見守る中、世界初攻略の瞬間が目前に迫った。
俺もまた、敗北の悔しさと、強敵への称賛を胸に、彼が扉を潜るのを見届けようとした。
だが。その瞬間だった。
――ブツンッ。
俺の監視室の全てのモニター、そして世界中の800万人が見つめる配信画面が、突如として一斉に真っ暗に暗転したのだ。
「……なに?」
俺は玉座を蹴り立てて立ち上がった。
システムのダウンではない。ダンジョンコアの魔力炉は正常に稼働している。
しかし、コントロールパネルの表示が真っ赤に染まり、NAVIの防壁が、内側から強引に食い破られていく悍ましい感覚が伝わってきた。
『警告。警告。システムに重大な干渉。当コアの制御権の一部が奪われました』
NAVIの音声が、ひどくノイズ混じりに歪む。
『外部からの強制通信(通信ジャック)が発生しています。マスター、これは――』
暗転した空間に、不気味なノイズ音が走る。
そして、世界中の800万人が見つめる真っ暗な画面から、一つの声だけが響いた。
感情の起伏がなく、冷たく、聞き覚えのある声。
『……相変わらず、無駄の多い設計をしているな、ルーク』
俺の背筋を、魔界の古い記憶が走った。




