第29話 お前の癖は全部知っている
玉座の前に展開された巨大なホログラムスクリーンには、世界中から集められた数十名の精鋭たちの『全て』が映し出されていた。
彼らが参加条件として提出した、過去の全攻略ログ、ステータス、そしてスキルの使用履歴。
「黒瀬迅。反射読みとフレーム回避の多用。天城レイナ。直感的な誘導と最短距離への跳躍。鬼塚豪。防御バフへの過信と自己犠牲」
俺は彼らのデータを完全に咀嚼し、個人の癖を殺すためのロジックへと変換していく。
彼らは群れとしての戦い方を学んだ。互いの弱点を補い合う完璧な連携で、第三階層を突破してみせた。
だからこそ、俺が構築した第四階層は、彼らの『強み』そのものを死因に反転させる、完全メタの個別迷宮だ。
「百の群れで挑むから強いのではない。個が弱すぎるのだと思い知らせてやる」
俺が設計盤に魔力を流し込むと同時に、『World First Cup』第四階層のゲートが開かれた。
広場から転移してきた数十名の挑戦者たちは、スタート地点でそれぞれ完全に独立した『一本道の個別ルート』へと分断される。他者との連携は不可能。自分自身の過去のデータから作られた、自分専用の処刑装置と向き合わねばならない。
鬼塚豪のルート。
彼はいつものように、身の丈ほどもある大盾を構えて通路を慎重に進んでいた。
罠が起動する。前方の暗がりから、通路の幅ギリギリの巨大な鉄球が、地鳴りを立てて転がってきた。
『おっしゃ来い! 俺の耐性なら受け止められる!』
豪は逃げることなく、腰を落として大盾を突き出した。これまでの彼なら、罠を受け止めて後続の安全を確保するのが正解だったからだ。
だが、巨大な鉄球は豪に激突する数メートル手前で、ピタリと不自然に停止した。
『……あ?』
豪が間抜けな声を上げた直後、彼の背後の通路――本来なら安全なはずの退路から、シューッという音と共に致死性の毒ガスが猛烈な勢いで噴出し始めたのだ。
大盾で前方を防ぎ、その場に留まって耐久すれば、確実に背後からの毒ガスで死ぬ。
「受け止めるという『自己犠牲の立ち回り』を封じられた時、貴様はどう動く?」
『クソッ! 俺のスタイルを殺しに来てやがる!』
豪は自慢の大盾を放り捨て、毒ガスから逃れるために、停止した鉄球の僅かな隙間を這いつくばって前へ進むという、彼にとって最も屈辱的で不格好な動きを強制されていた。
天城レイナのルート。
彼女の武器は、敵の動きから安全な空間を直感で見抜き、最短距離で跳躍する圧倒的な戦闘勘だ。
部屋に入ると、空中に無数の足場が浮かび、壁からは不規則な軌道で魔力刃が乱射されていた。
『見えた! あの隙間が安置!』
レイナの直感が正解を告げ、彼女は魔力刃の弾幕を掻き潜り、最も安全と思われる空中の足場へ向けて最高速で跳躍した。
――だが。
その『レイナが必ず選ぶであろう完璧なタイミングと軌道』の終着点に、俺は意図的に極細の不可視ワイヤーを張り巡らせていた。
『えっ!?』
安全だと思って飛び込んだ空間で、レイナの体がワイヤーに絡め取られ、空中で無惨にバランスを崩す。
「お前の長所である最短距離の直感こそが、お前を罠のど真ん中へ誘導する撒き餌だ」
身動きが取れなくなったレイナに、追尾式の魔力刃が容赦なく降り注ぐ。彼女は悲鳴を上げる間もなく、不可避のダメージを受けて致死判定となった。
そして、黒瀬迅のルート。
彼は罠の予兆(音、振動、光)から、0.1秒の隙間を読み切るRTA走者だ。
彼に対する罠は、床の石板から無数に飛び出す槍。迅は石板が僅かに沈み込む振動を読み、槍が飛び出すタイミングにドンピシャで合わせて回避ステップを踏む。
……しかし、槍の突出は、迅が『回避行動を開始した直後』に、意図的にコンマ数秒だけ遅延して発動した。
『しまっ――!』
迅の反射神経が優れているからこそ、罠のフェイントに引っかかり、タイミングをずらされて空中で串刺しになる。
「俺のデータにお前の反射速度の限界値がある以上、その限界ギリギリでタイミングを散らせば、お前は絶対に躱せない」
俺は水晶越しに、三者三様に死に戻りを繰り返す彼らの絶望を眺め、冷酷な笑みを深めていた。
彼らが足掻けば足掻くほど、己の強みが己を殺す。この個別最適化階層に、死角はない。
俺が完全な盤面支配に酔いしれていた、その時だった。
『マスター。緊急事態です』
NAVIの音声が、かつてないほどの鋭い警報音と共に監視室に鳴り響いた。
『入口広場の黒い扉で確定した「同一系統(類似率92%)」の接続元から、当システムの『個別攻略ログ領域』に対する能動的な干渉を検知しました』
「……なんだと?」
俺は玉座から立ち上がり、表示されたシステムログを睨みつけた。
俺の迷宮のシステムに潜り込み、俺が今まさに解析している迅たちのデータ(個人情報)を、何者かが裏から覗き見ている。
「……事故ではない。偶然でもない」
俺は短く息を吐いた。
魔界のノイズを装った何者かが、明確な悪意を持ってこの地球のネットワークに干渉し、俺と上位攻略者たちの戦力を意図的に『観測』している。
「俺の迷宮のシステムの裏をかくなど、到底許されることではない」
俺は設計盤に魔力を流し込み、NAVIの防壁を最高レベルまで引き上げ、その不遜な覗き見を強制的に遮断した。
「舐めるな。俺の獲物(攻略者)を横取りしようとする輩は、どこの誰だろうと容赦せん。見つけ出して、必ずその腕を切り落としてやる」
一方、迷宮内では。
幾度もの死に戻りを経て、魂疲労が限界に達しながらも、迅、レイナ、豪の三人が、ギリギリの極限状態で自らのメタ罠を打ち破り、ついに最終戦の扉の前――第五階層手前の大広間へと到達していた。
彼らの顔には疲労の色が濃いが、その目だけは決して死んでいなかった。
『……ハァ、ハァ……。やってくれたな、クソ運営』
迅が短剣を握り直し、血を吐くような息遣いで前を睨む。
ここから先の最終戦は、大会ルールにより『一死失格』。致死判定を受ければ魂帰還則で帰還室へは戻るが、その時点で大会の再入場権を失う。
俺は未知の敵への警戒を片隅に置きつつ、最後の試練に挑もうとする彼らを迎え撃つため、大広間のギミックを起動させようとした。
その時、NAVIの警告灯が再び赤く点った。
『先ほど遮断した外部観測波形、再接続を試行中。今度はメイン制御層へ向けて進行しています』
「まだ覗く気か」
俺は防壁を二重化した。
だが、遮断の直前。通信層の奥から、俺だけが知る古い魔界式の識別符号が一瞬だけ浮かび、消えた。
見間違いではない。
何者かが、こちらを観測している。
しかも、俺の過去を知る側の何者かが。
俺はその不快な感覚を胸の奥へ押し込み、最終試練の起動盤へ手を置いた。
「先に大会を終わらせる。正体不明の鼠は、その後で巣ごと潰す」




