第28話 運営への挑戦状
一秒間だけ入り口広場に実体化した『黒い扉』。
それがもたらした類似率92パーセントの魔界式ノイズは、俺の迷宮に対する明確な外部からの干渉を示していた。
「NAVI。奴の追跡プロトコルはバックグラウンドで回し続けろ。次に網に引っかかった時は、決して逃がすな」
『了解しました。当システムの防壁及び監視リソースの三十パーセントを、外部脅威の逆探知に割り当てます』
「ああ。だが、残りの七十パーセントは、目の前の愚者どものために残しておけ。これから極上の絶望を設えてやらねばならないからな」
未知の敵への警戒は怠らない。しかし、俺の足元で「世界初攻略」などと浮かれ騒いでいるネズミどもへの対応を疎かにする気もなかった。
監視水晶には、相変わらず『World First Cup』の開催に沸き立つ広場の様子が映し出されている。
その熱狂の只中で、俺の視線は一人の女に釘付けになった。
『みんなー。お祭り騒ぎのところ悪いんだけど、ちょっといいかな』
天城レイナだ。彼女は広場の喧騒から少し離れた岩場に腰掛け、自身の周囲を飛ぶ配信ドローンのレンズを真っ直ぐに見据えていた。
『百人レイド、確かに最高だったよ。見ず知らずの百人が連携して、あの極悪ギミックをぶち抜いた瞬間は、私だって鳥肌が立った』
彼女はそこで言葉を区切り、ドローン――その向こうにいるであろう『俺』に向かって、不敵な、それでいてひどく飢えたような笑みを向けた。
『でもさ、神運営。あの第三階層の罠って、「百人が完璧に連携すればクリアできる」ように、意図的に大味な調整をしてたでしょ』
「…………」
俺の指先が、僅かにピクリと動いた。
『私や迅、豪みたいな変態(特化型)なら、あんなの個人の力で強行突破できた。でも、それじゃ「百人で抜ける」っていうあなたの設定したゲームの条件を満たせない。だからあなたは、私たちトップ層の足を引っ張るように群れを機能させて、結果的に全体の難易度を「みんなでクリアできるレベル」に希釈したんだ』
レイナは双剣の柄をコンコンと叩きながら、挑発的に首を傾げた。
『だからさ。……次は、私たち(トップ層)向けに、本気で作ってよ』
それは、群れに向けた罠への不満ではない。
自分たち個人の能力を限界まで引き出し、魂をすり減らすような、逃げ場のない『本気の殺意』を見せろという、強者ゆえの強欲な要求だった。
『私たちだけを本気で殺しに来る、誰の手も借りられない本当の地獄。……それを見せてくれないと、私、全然満足できないな』
「……傲慢な」
俺は玉座で目を細め、静かに息を吐き出した。
百の群れで生き残った程度で、俺の全力を知った気でいるとは。俺が百人用のギミックに大味な調整を施していたことを見抜いた観察眼は褒めてやるが、その先にある『本気』を欲しがるなど、自殺志願にも程がある。
だが。俺の胸の奥底で燃え上がるのは、憎悪ではなかった。
「俺の罠師としての底を試し、さらなる絶望をエンターテインメントとして渇望するか。……狂っている。だが、悪くない」
俺の殺意と知略を、一切の妥協なく叩きつけるに値する相手。
彼らが全ての力を出し切り、それでも手も足も出ずに絶望する盤面を作ってやらねば、この強欲な挑戦者たちは己の敗北を決して認めないのだ。
「NAVI。全探索者の端末及び、広場の巨大モニターに、システムアナウンスを強制表示しろ」
『テキストを読み込みます。……マスター、これは』
「宣戦布告の受諾だ。そのまま流せ」
直後、広場の喧騒がピタリと止んだ。
飛び交っていた全ての配信ドローンのカメラが、広場の中央に浮かび上がった巨大な赤いホログラム文字を捉えた。
各探索者の手元にある端末からも、警告音が鳴り響く。
『――World First Cup、特別階層(第四階層)の解放を宣言する』
それは、俺が直接書き綴ったメッセージだった。
『群れに紛れて生き延びただけの自称・強者ども。貴様らが真の絶望を望むなら、極限の死地を用意してやろう』
『お前たち一人一人を確実に行き止まりへと導く、完全なる処刑場。……それがお前たちの望んだ、俺の「本気」だ』
広場は一瞬の静寂の後、地鳴りのような大歓声に包まれた。
『うおおおおおっ! 神運営がレイナの挑戦状を受け取ったぞ!』
『ついにトップ勢専用のガチ階層が来る!』
『バチバチの煽り合い最高かよ!』
配信のコメント欄も、製作者と攻略者による真っ向からの対立構造に熱狂の渦となっている。
だが、俺のメッセージはこれで終わりではない。
「ただ漫然と死地に招き入れるほど、俺は甘い罠師ではないぞ」
モニターの文字が切り替わり、一つの『絶対条件』が提示された。
『ただし、この階層へ挑む資格は、己の全てを曝け出せる者にのみ与える。……参加条件:過去の全攻略ログ、ステータス、及びスキルの使用履歴の完全提出(同期)』
『……えっ』
広場にいた探索者たちの歓声が、ピタリと止まった。
当然だろう。探索者にとって、己のステータスやスキル構成、どんな場面でどう動いたかという『行動ログ』は、命に等しい機密情報だ。
それを全て、自分たちを殺そうとしているダンジョン運営に明け渡せというのだ。
『おいおい、嘘だろ……?』
『個人情報を全部渡せってことかよ。それ、運営に俺たちの弱点を全部教えるようなもんじゃねえか!』
『そんなの、絶対に勝てない罠を作られるに決まってる!』
ざわめきと動揺が広がる。自分の手札を全て見せた状態で、死のゲームに挑む馬鹿がどこにいるというのか。
だが。俺は知っている。
この条件を見ただけで尻込みするような三流に、俺の第四階層を歩く資格はない。
水晶の向こうで。
黒瀬迅が、天城レイナが、鬼塚豪が。
誰に急かされることもなく、己の端末に表示された『同意する』のボタンを、笑いながら強くタップした。
『――俺たちの手札を全部見せた上で、それを完全にメタる罠を作ってくるってことだろ? 最高じゃねえか。受けて立つぜ』
迅の不敵な呟きが、ドローンを通じて世界中に配信される。
それに続くように、トップランカーたちが次々とログの同期ボタンを押していく。
「……愚か者どもめ」
俺は玉座で、静かに、だが確かな歓喜と共に口角を吊り上げた。
『マスター。参加者数十名分の詳細なパーソナルログと行動データを受信。解析を開始します』
「ああ。全部飲み込め。奴らの癖、反射速度、視線の動かし方、限界の耐久値、その全てを暴き出せ」
攻略者たちが己の全てを曝け出し、俺がそれを殺すための専用の刃を研ぎ澄ます。
「百の群れとしての戦いは終わった。ここから先は、俺と貴様らによる、魂の奥底まで抉り合うような『個』の殺し合いだ」
俺は設計盤の上に両手を広げ、彼ら一人一人に合わせた、完全なる『個別最適化罠』の構築へと狂気的な情熱を注ぎ込み始めた。




