第3話 世界一位、初見で罠を遊び場にする
黒瀬迅が0.12秒の突破口を抜いた翌日。
俺の迷宮へ、別種の化け物が来た。
『S級探索者、天城レイナ。公開戦闘ランキング世界一位』
NAVIが名前を読み上げる。
紅い髪。双剣。笑っている。
そして何より気に食わないのは――こいつが、俺の予兆をほとんど見ていないことだった。
毒矢が出てから避ける。
床が抜けてから跳ぶ。
鋼線に触れる寸前で身体を捻る。
黒瀬迅が『読む』のなら、こいつは『感じてから間に合わせる』。
「……野蛮な」
俺は水晶盤を睨んだ。
「なら、その自慢の反射神経そのものを足枷にしてやる」
第一階層最奥。
レイナの前に、全長三メートルの巨大スライムが立ちはだかる。
『でっか! でもスライムでしょ?』
双剣を抜く。
『切れば終わる!』
「そう思うだろうな」
レイナの連撃が粘体を刻む。
一撃、二撃、十撃。
青い体液が床へ飛び散るたび、石床の摩擦が消えていく。
斬れば斬るほど、自分の足場を壊す。
手数こそが武器の女には、最悪の相性だ。
『――あ』
レイナの靴が滑った。
身体が傾く。
巨大スライムが上から覆いかぶさる。
「終わりだ」
その瞬間。
レイナは転倒を止めなかった。
『うわ、これ――速い!』
「……は?」
倒れ込む勢いのまま片手を床につき、身体を回す。
摩擦の消えた床を滑走し、スライムの圧殺を数センチで抜けた。
そのまま壁へ滑り、蹴る。
速度が乗る。
さらに一度、二度。
俺が『立てない床』として作ったものを、こいつは見た瞬間に『加速路』として使い始めた。
『これ、止まろうとするからダメなんだ!』
レイナが笑う。
『滑るなら、最後まで滑ればいい!』
「待て。攻略とは観察して――」
『いっくよー!』
「聞け!」
壁蹴りで得た速度を全部乗せ、レイナが砲弾のようにスライムへ突っ込む。
双剣が交差した。
粘体が割れ、中心核だけが正確に切断される。
轟音。
奥の扉が開いた。
初見突破。
一度も死なず。
一度も録画を巻き戻さず。
俺の『正攻法』を最後まで理解しないまま。
「…………」
『やっば!』
レイナは床を滑ったまま一回転し、ようやく壁へ足をついて止まった。
『今の好き! 足場なくすボスかと思ったら、床そのものが移動スキルになるんだ!』
違う。
そう使うために作ったのではない。
『迅みたいに考えるの、私ムリなんだよね』
レイナはカメラへ笑いかける。
『でも、身体が「ここなら死なない」って言う瞬間がある。そこへ全部乗せると、だいたい何とかなる』
それが天城レイナの言葉らしい。
理屈より先に、身体で空間の正解を掴む。
迅とは正反対の攻略者だ。
NAVIが小さなウィンドウを出した。
『マスター。天城レイナの初見突破映像が拡散中です』
「報告はそれだけでいい」
『なお、視聴者の評価語として――』
「読むな」
俺は設計盤へ手を伸ばしたが、そこで止めた。
迅には『理解された』。
レイナには『理解すらされずに使われた』。
同じ敗北ではない。
なら次に潰すべきものも、同じではない。
水晶盤の隅で、新しいコメントが一つだけ固定表示された。
『次、俺が全部踏んで数値取ってくるわ ――鬼塚豪』
「……全部、踏む?」
NAVIが淡々と補足する。
『重装タンク職。ダンジョンギミック検証配信者です』
俺はゆっくりと顔を覆った。
「この星には、まともな攻略者はいないのか」




