第26話 俺の殺戮兵器を可愛くするな
数百万人の視線と、百人の探索者による連携。
俺が用意した極上の絶望が、『世界初攻略』という彼らの輝かしい祝祭へと変換されてから数日。
俺は玉座で、あの三匹のネズミ――迅、レイナ、豪――をはじめとする上位陣を個別に殺すための、『第四階層(個別最適化階層)』の設計図と睨み合っていた。
奴らの強みは十分に理解した。ならば、その強みこそが自らを殺す致命的な弱点となるように盤面を組めばいい。
殺意の煮詰まる心地よい静寂。それを破ったのは、やはりNAVIの無機質な報告だった。
『マスターに報告。現在、地球の主要な学術機関において、当ダンジョンの設計構造が論文のテーマとして多数取り上げられています』
「……論文、だと?」
俺が怪訝な顔で顔を上げると、空中に地球の大学の講義室らしき映像が展開された。
白髪の真面目そうな初老の教授が、スクリーンに俺の第一階層の罠の図解を映し出し、何百人もの学生に向けて熱弁を振るっている。
『よろしいですか皆さん。この罠における予兆の配置、そして致死に至るまでの0.1秒の猶予。これは単なるゲームデザインの枠を超え、極度なストレス環境下における人間の認知能力と、それに対する「完璧な教育効果」を立証するものです。我々安全工学の世界において、この神運営の設計思想は――』
「…………」
俺は、無言で通信ウィンドウをスワイプして消去した。
俺は人類を絶望させる魔王軍の首席罠師であって、地球の学生どもに人間工学を教える教授ではない。なぜ俺の純然たる殺意が、学問として真面目に分析され、評価されているのだ。
『報告はそれだけではありません、マスター。ダンジョン周辺の指定特区において、都市開発が急速に進行しています』
「都市開発?」
NAVIが監視水晶の視点を、迷宮の入り口――地上のエントランスゲート付近へと切り替える。
そこに映し出された光景を見て、俺は思わず玉座から立ち上がりかけた。
ダンジョンの入り口周辺に、巨大な広場が整備されていた。そこにはこれから迷宮に挑もうとする探索者たちだけでなく、彼らを見送る野次馬、そして所狭しと立ち並ぶ屋台、キッチンカー、きらびやかな土産物屋の数々。
まるで、巨大なテーマパークのエントランスそのものだった。
「なんだ、あの有象無象の群れは……!」
俺はギリッと奥歯を鳴らした。
迷宮とは、死と隣り合わせの恐怖の象徴であるべきだ。それなのに、これから死地へと向かう者たちを、串焼きやカラフルな飲み物を片手に笑顔で見送るだと? 緊張感と畏怖の欠片もない。
『さらにご報告します。現在、あの土産物屋で最も売れている商品はこちらです』
NAVIが意図的に映像をズームアップした。
そこにあったのは、手のひらサイズの可愛らしい『ぬいぐるみ』だった。
丸っこい水色のフォルムに、つぶらな二つの瞳。
地球の女子高生や小さな子供たちが、「これ可愛いー!」「スライムちゃんください!」と群がり、飛ぶように買っていく。
「……おい」
俺の声が、怒りで低く震えた。
「あれは……第一階層で天城レイナを圧殺するために俺が特別に作り上げた、あの『掃除用スライム改造ボス』ではないか……!」
攻撃するほどに摩擦係数ゼロの洗浄液を撒き散らし、探索者を無残な圧死へと追いやる凶悪な殺戮兵器。
それがなぜ、二頭身にデフォルメされ、愛嬌のあるマスコットキャラクターの抱き枕として商品化されているのだ。
「俺の……殺戮兵器を、可愛くするな……!」
俺の罠師としての威厳を、恐怖の象徴を、木っ端微塵にするふざけたグッズ展開。
「許さん。今すぐあの軟弱な広場ごと、地対空の魔力レーザーで消し炭にして――」
俺がコアの攻撃権限に手を伸ばし、怒りのままにマナを練り上げようとした、その瞬間だった。
『マスター。当該グッズの販売元からの報告書を受信しました』
NAVIが無機質な声で、追撃のウィンドウを展開する。
『あのスライムぬいぐるみをはじめとする公式グッズの売上の一部、及び、観光地化による周辺経済の観測熱(ライセンス料)が、法人契約に基づき、当コアに合法的に還元されています』
「だから何だ! そんな小銭で俺のプライドが――」
『その莫大な収益により、マスターが先日ご所望されていた、第四階層の構築に必要な「超希少素材(神話級の魔石及び魔界深層の霊布)」の購入予算が、先ほど達成されました』
「…………」
俺は。
振り上げていた右手を、空中でピタリと止め、そのまま、そっと玉座の肘掛けへと下ろした。
第四階層。上位陣の癖を徹底的にメタに回り、確実に奴らを殺すための個別最適化階層。それを実現するためには、地球の通常の素材では魔力伝導率が足りず、どうしても高価な超希少素材が必要だったのだ。
資金源は、喉から手が出るほど欲しい。
だが、その莫大な予算を叩き出した資金源が、『俺の殺戮兵器をデフォルメした可愛いぬいぐるみのロイヤリティ』によるものだという、受け入れ難い事実。
「…………っ」
俺は玉座に深く沈み込み、両手で顔を覆った。
罠師としてのプライドを取るか、それとも奴らを殺すための実益を取るか。俺はかつてないほどの激しい葛藤に襲われ、完全に沈黙した。
俺が玉座で頭を抱え、静かなる敗北感に打ちひしがれていると。
『マスター。特定個体より、当ダンジョンの掲示板へ動画メッセージが投稿されました』
NAVIの報告と共に、水晶に一人の女の顔が映し出された。
天城レイナだ。
彼女の腕の中には、先ほど俺を苦悩させた元凶である、あの『スライムぬいぐるみ』がちゃっかりと抱き抱えられていた。
『運営さーん、見てるー? これ、めっちゃ可愛いから買っちゃった! ベッドに飾るね!』
無邪気に笑い、ぬいぐるみの手を持って振ってみせるレイナ。
だが。俺はすぐに気がついた。
笑っているのは口元だけだ。画面越しに俺を見据える彼女の目は、可愛らしいぬいぐるみを抱く少女のそれではない。極限の死線を欲し、強い獲物を求める、獰猛な捕食者の目だった。
『百人レイド、最高だったよ』
レイナはぬいぐるみを抱えたまま笑った。
だが、その目だけは笑っていない。
俺が何度も見てきた、死線を前にした捕食者の目だ。
『……でも、まだ足りない』
それだけ言って、配信は切れた。
「強欲な女だ」
俺はすでに広げていた第四階層の設計図へ視線を戻した。
何が足りないのか。どこまで欲しがるのか。
その答えを口にするなら、こちらも相応の地獄で返してやる。
――その頃、俺たちの足元では、別の何かが静かに地球側の同期網へ指を掛け始めていた。




