第25話 世界初攻略
ゲームの外から盤面を汚そうとしたチーターという不純物を、社会的な抹殺をもって完全に排除してから数十分後。
俺の迷宮における『百人レイド』は、いよいよ最終局面を迎えていた。
空中迷宮を抜け、城塞区画の幾多の連動ギミックを文字通り百人の血と汗と連携で押し切った探索者たちが、ついに第三階層の最深部へと到達したのだ。
そこは、巨大な円形の闘技場を思わせる石造りの大空間だった。中央には、第四階層へと続く今までで最も重厚な大扉が鎮座している。
『マスターに報告。配信ミラーリング同時接続数、300万を突破しました。英語、中国語、スペイン語など複数言語での同時通訳枠が立ち上がり、地球上のあらゆるネットワークがこの空間を観測しています』
NAVIの無機質な声に、俺は玉座で薄く笑った。
「よかろう。世界中が見守る中、人類の精鋭たちが絶望の底に叩き落とされる最高のショーを見せてやる」
俺が仕掛けた最終ギミックは、ただのボスラッシュでも、単純なパズルでもない。
百人全員が、己の役割を極限まで全うしなければならない『大複合罠』だ。
闘技場に百人が足を踏み入れた瞬間、背後の扉が封鎖され、空間全域に重圧のかかる魔力フィールドが展開された。
『時間制限のカウントダウン開始! 残り三分で床が完全に落ちるぞ!』
黒瀬迅の鋭い声が響き渡る。
四方の壁からは、炎、氷、雷、酸といったあらゆる属性魔法の弾幕が不規則な軌道で放たれ、さらに空間のあちこちに、大扉のロックを解除するための立体パズル形式のスイッチが浮かび上がっている。
「さあ、これまで俺の迷宮で学んだ全てを総動員しろ」
俺はワイングラスを指先で揺らしながら、冷酷に呟いた。
「だが、最後のパズルのピースは、その部屋のどこを探しても配置していないぞ」
戦闘が始まった。
俺の放つ属性弾幕に対し、鬼塚豪が巨大な大盾を構えて前線に立ち、その後ろに他のタンク職たちが重なって『絶対の安置』を構築する。
その安全地帯の中から、迅が床の振動や空気の揺れから罠の軌道を読み切り、後続の魔法使いや弓使いたちにパズルのスイッチを狙撃させる。
そして天城レイナが、弾幕の雨を暴力的な速度で掻き潜りながら、遠距離攻撃では届かない位置にある物理スイッチを次々と破壊していく。
だが、驚くべきは彼ら上位三名の動きだけではなかった。
『右壁から三秒後、雷撃! 床の粉塵が散った!』
『酸の雨来るぞ! 水面のエフェクトに騙されるな、本当の着弾点は音の反響から逆算しろ!』
選抜戦を生き残った名もなき探索者たちが、迅の指示を待つまでもなく、自らの眼と耳で『予兆』を的確に読み取り、一糸乱れぬ動きで罠を捌いていたのだ。
第一階層、第二階層と、彼らが己の死と引き換えに魂に刻み込んできた経験則。
「表示は疑え、設計は信じろ」。
端末のUIによる偽情報に惑わされず、物理法則と俺の罠師としての『フェアネス』を完全に信頼しきった彼らの連携は、もはや一つの巨大な生物のように洗練されていた。
「……見事だ」
俺は玉座で、僅かに目を見張った。
烏合の衆だった百匹のネズミが、俺の殺意に適応し、ここまで完璧な群れに育つとは。
「だが、時間がないぞ」
残り時間、三十秒。
闘技場の床が激しく鳴動し、徐々に崩落の兆しを見せ始める。
彼らはすでに、九つあるパズルのうち八つのスイッチを解除していた。だが、大扉を開くための最後の一つのスイッチ――それを解除するための『正しいルーンの入力順』を示すヒントが、部屋のどこを探しても見当たらないのだ。
『クソッ! 最後の暗号はどこだ!』
『壁にも床にも何もないぞ!』
焦燥が、探索者たちの間に伝染していく。
時間切れが迫る中、彼らの連携に僅かな綻びが生じ始めた。弾幕を捌ききれずに被弾する者が現れ、HPが削られていく。
同接300万のコメント欄も、『ここで詰みか!?』『ノーヒントじゃ無理だろ!』と絶望の悲鳴に包まれていた。
「終わったな」
俺は勝利を確信し、ワイングラスを口に運んだ。
この部屋の中にヒントはない。だからと言って、理不尽なノーヒントの処刑装置にしたわけではない。
最後のヒントは、『これまでの階層の特定の罠の配置』を俯瞰して繋ぎ合わせることで導き出せる仕様にしていたのだ。だが、目の前の弾幕に追われる極限状況で、そこまで思考を飛躍させられる人間などいるはずが――。
『……待て』
その時。
黒瀬迅が、ふと弾幕の雨の中で足を止め、部屋の入り口付近の『壁の傷』に目を留めた。
『この壁の傷……ただの戦闘の跡じゃない』
迅の呟きに、俺のグラスを持つ手がピタリと止まった。
彼が見つめているのは、新しく刻んだルーンではない。
以前、俺が彼らを直接迎撃した時や、道中の罠が作動した時に刻まれた無数の『傷跡』だ。
俺はこの最終部屋を組む際、それらをあえて修復せず残した。過去の罠の射線と起動軸を覚えている者なら、傷の角度と深さを繋ぐことで最後の入力順へ届く。新しいヒントを足すより性格が悪い。そう思って選んだ。
『あの運営は、同じ罠を同じ形で二度使わない。それは徹底されてる』
迅は弾幕を紙一重で躱しながら、その傷跡の角度と深さを、自身の脳内に蓄積された過去の攻略ログと猛烈な勢いで照合し始めた。
『だが、システムじゃない、「罠師としての設計の癖」は必ず残る! 俺たちを追い詰めた時の魔力の軌道、刃が壁を刻む角度! この傷の付き方、第一階層の落石トラップの起動軸と、第二階層の火炎放射の射線を掛け合わせたものと完全に一致してる!』
「なっ……!?」
俺は玉座から立ち上がり、水晶を食い入るように睨みつけた。
そこまで遡ったか。俺が「見返せば分かる」と残した過去の傷を、百人レイドの最後の鍵として拾い上げやがった。
『分かったぞ! あの傷の交点が示す座標、そして傷の深さが示すルーンの入力順!』
迅が短剣を天に突き上げ、喉が裂けんばかりの絶叫を放った。
『豪! レイナ! 座標X14、Y28! 入力順は「水」「風」「土」だ!』
残り時間、五秒。
『任せなあああっ!!』
豪が限界を超えた咆哮を上げ、己のHPの九割を代償にして、最後の防衛機構が放つ特大の雷撃を大盾で完全に受け止める。
その豪の巨体を踏み台にして、レイナが赤い弾丸となって空高く跳躍した。
『これで、終わりぃぃぃッ!』
レイナの双剣が、迅の示した空間の座標――見えない隠しスイッチに向かって、正確な順序でルーンの魔力を叩き込んだ。
――ピーーッ。
残り時間、0.2秒。
魔力フィールドの駆動音が完全に停止し、闘技場を覆っていた崩落の地鳴りが嘘のように静まり返った。
そして。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
百人の探索者たちの目の前で、第三階層の最深部を塞いでいた重厚な大扉が、ゆっくりと光を漏らしながら開かれていく。
『……あ』
『……開いた』
『抜けた……。抜けたぞおおおおおッ!!』
静寂を切り裂くような、爆発的な歓声。
探索者たちは武器を放り投げ、互いに抱き合い、肩を叩き、中には座り込んで歓喜の涙を流す者もいた。
世界初攻略の、達成の瞬間だった。
『マスターに報告』
NAVIの音声が、信じられない数値を告げる。
『第三階層の突破を確認。現在、配信の同時接続数は500万級へ到達。地球全土のネットワークで、当ダンジョンの攻略が大祝祭として扱われています』
NAVIが一拍置き、復讐計画の進捗窓を更新した。
【人類絶望達成率 0.00%】
観測熱も知名度も桁違いに増えた。それでも、俺が欲しい数字だけは最初の日から一ミリも動いていない。
空中に展開されたコメント欄は、もはや一つの言語にとどまらず、地球上のあらゆる言葉で埋め尽くされていた。
『We did it!!!』
『神運営に勝ったぞ!』
『最高のレイドだった! みんなお疲れ様!』
『人類の勝利だあああ! 投げ銭止まんねええ!』
『100人の野良がここまで完璧な連携見せるとか、マジで泣ける』
『運営、最高のゲームをありがとう!』
「…………」
俺は。
玉座の前に立ち尽くしたまま、その光景を呆然と見つめていた。
チートツールのような小手先のズルではない。俺の用意した盤面、俺の設計した理不尽、そして俺が過去から残しておいた設計の癖まで完全に読み切られ。
俺は、百人の人間どもに、正面から完全に敗北したのだ。
『マスター。世界中からマスターへの称賛と、記録的な額の観測熱が送られています。階層拡張の予算が大幅に増加しました』
NAVIが淡々と告げる。普通なら、ここでその莫大な予算に喜ぶべきなのだろう。
「……称賛などいらん」
俺はギリッと奥歯を噛み鳴らし、血の滲むような声で吐き捨てた。
「俺は敗北したのだ。俺の罠師としての底が、あいつらに見透かされ、踏み越えられた。この屈辱が分かるか」
悔しい。はらわたが煮えくり返るほどに腹立たしい。
だが、それ以上に。
俺の胸の奥底で燃え盛っているのは、絶望ではなく、俺の殺意を真っ向から打ち破った彼らに対する『強烈な闘争心』だった。
「……百の群れとしての力は、十分に証明された」
俺は設計盤を引き寄せ、乱暴にマナを叩き込んだ。
「ならば次は、群れでは誤魔化しきれない、個人の魂の奥底まで抉り出してやる」
祝祭に沸く世界を他所に、俺の目は血走っていた。
黒瀬迅の『反射読み』。天城レイナの『直感誘導』。鬼塚豪の『自己犠牲』。
彼ら一人一人の強みであり、最大の弱点でもあるその「個人の癖」を徹底的に殺すための、『個別最適化階層(第四階層)』。
「笑っていられるのも今のうちだ。次は俺の番だぞ、死にゲー狂いども」
俺は世界最大の敗北を噛み締めながら、次なる絶望の設計図へと狂気的な情熱を注ぎ込み始めた。




