第24話 チートはゲームの外で死ね
150万人の視線と、百人の探索者による総力戦。
空中迷宮を突破し、城塞区画のさらに奥深くへと進軍を続ける彼らの姿を、俺は玉座から冷ややかに見下ろしていた。
彼らは「物理法則には嘘がない」という新たな攻略原則を確立し、俺が仕掛ける巧妙な騙し討ちを、五感と連携によって次々と暴き出していく。腹立たしいが、その足掻きは罠師としての俺の美学に沿うものだ。
だが、その百人の群れの中に、一つだけ極めて『異質』な動きをする部隊が混ざっていた。
監視水晶の隅。本隊から離れ、脇道へと逸れていく十名ほどのクラン。
彼らの足運びには、迅やレイナたちのような極限の緊張感がない。床の粉塵を確認することもなく、壁の音に耳を澄ませることもない。それなのに、彼らは数秒後に迫る落石のタイミングを完璧に避け、一見すると何もない壁(隠し扉)を迷うことなく押し開けて進んでいく。
まるで、これから起動する罠のタイミングや、迷宮の正解ルートが、最初から手元の台本に書かれているかのように。
「……NAVI」
俺の低く冷たい声に、即座に無機質な報告が返ってくる。
『該当クランの所持する端末から、当ダンジョンの演算処理に直接干渉する外部ツールの使用を検知しました。壁の透過視認、及びギミック起動の未来予測(タイムライン抽出)を行う不正プログラムです』
「チーター、か」
俺の瞳に、絶対零度の殺意が宿った。
先日、P2W(課金)で罠を飛ばそうとした企業を叩き潰したばかりだというのに。人間どもは、どこまで俺の芸術をコケにすれば気が済むのか。
ルールの中で足掻き、絶望するからこそ、そこに攻略の価値がある。盤面の外から泥の手を突っ込み、俺のシステムの裏をかいて『正解』だけを盗み取るような害虫どもに、この迷宮を歩く資格はない。
「今すぐ致死判定を下し、あいつらの肉体を酸で跡形もなく溶かせ。……いや、待て」
俺は寸前で、設計盤に向けた指を止めた。
それでは駄目だ。あのチーターどもの不正行為は、俺のシステム上でしか検知されていない。もしここで唐突に彼らを惨殺すれば、他の真面目に攻略している探索者たちや視聴者たちには、「何の前触れもなく突然殺された(理不尽なランダム即死)」と映ってしまう。
それは、俺の「必ず予兆を残す」という絶対のフェアネスに泥を塗る行為だ。
「ルールを破った者には、それに相応しい罰を与えねばならない」
ゲームの外でズルをする者は、ゲームの外で殺す。
俺は設計盤の魔力回路を操作し、彼らの不正ツールが読み取っている『最適解のルート座標』を、こっそりと書き換え始めた。
『おい、ツールすげえな! 罠の位置も隠し通路も全部丸見えだぜ!』
『ギャハハ! 真面目に足元見てるトップ勢が馬鹿みたいだわ。このまま裏道通って、俺たちが世界初攻略の肩書きとレア報酬、全部掻っ攫ってやろうぜ!』
水晶の向こうで、チーターの群れは下劣な笑い声を上げながら、俺が偽装したルートを疑いもせずに突き進んでいく。
そして彼らが、ツールが「最終ゲート」と示している重厚な扉を蹴り開けた瞬間。
『っしゃあ! ゴール一番乗――』
歓喜の声は、途中で凍りついた。
彼らが足を踏み入れたのは、宝箱も、次の階層への転移陣もない。四方を分厚いマジックガラスで囲まれた、無機質で真っ白な小部屋だった。
『……は? なんだここ』
背後の扉が音もなく閉ざされ、ロックされる。
戸惑う彼らの前に、俺は空間ホログラムとして、彼らが先ほどまで使用していた『不正ツールの実行ログ』と、ズルをして罠を避けていた間の無様な映像を、巨大なスクリーンで展開した。
『なっ……!?』
『おい、なんで俺たちのツールの画面が……!』
顔面蒼白になるチーターたち。だが、絶望はそれだけではない。
俺はNAVIに命じ、この真っ白な部屋――『失格室』の映像とログを、150万人が視聴している公式配信のミラーリングチャンネルへと強制的に割り込ませたのだ。
「貴様らの浅ましい手口は、今、世界中の人間どもに生中継されているぞ」
俺の冷酷な声が、失格室と配信のスピーカーから同時に響き渡る。
世界中の視聴者、そして本隊で命がけの攻略を続けていた迅たちが、突如切り替わった画面を見て息を呑んだ。
一瞬の静寂。その後、コメント欄は凄まじい怒りの文字列で完全に埋め尽くされた。
『うわ、こいつらチーターじゃん!』
『は!? ウォールハックに未来予測!? ふざけんな!』
『みんなが命削って、死に戻りのペナルティ受けながら連携してる裏でツール使うとかゴミすぎだろ!』
『神運営、こいつら速攻でBANしてくれ!!』
『絶対に許すな! 公開失格にしろ!』
世界中からの罵声とヘイトが、チーターたちに突き刺さる。彼らはガラスの壁を叩き、「開けろ! 出せ!」と半狂乱になって叫んでいたが、もはや後の祭りだ。
「俺の迷宮は、死んで学ぶ覚悟のある者にしか道を開かない。ゲームの外から泥を塗る貴様らには、死の苦痛すら生温い」
俺は設計盤の『排除』のルーンを押し込んだ。
「永遠にゲームの外(現実)で、その恥辱と冷笑に塗れて生きるがいい」
チーターたちの探索者ライセンスが、当ダンジョンのブラックリストに永久登録される。直後、彼らの足元の転移陣が光り、彼らはダメージを受けることなく、ただの『不正者』という消えない烙印を押されたまま、地上の入り口へと強制排出された。
公開失格。
それを見届けたコメント欄は、『神運営のアンチチート有能すぎ!』『規約違反への最高のざまぁだった!』と、再び俺の公平性に対する称賛で溢れかえった。
「……やれやれ。これでようやく、盤面が綺麗になった」
俺は玉座に深く座り直し、再び本隊の攻略へと視点を戻そうとした。
だがその時、NAVIの音声が、普段の無機質なものから僅かに警告のトーンを帯びて響いた。
『マスター。先ほどのチートツールの演算核から、不審な痕跡を検知しました』
「なんだ。まだゴミが残っていたか?」
『いいえ。チートツールが当システムに干渉した際の波形の中に、微小な異常信号が混入していました』
NAVIが空中に展開したグラフ。そこには、赤くハイライトされた奇妙な波形が表示されていた。
『この信号波形……隣県の粗製コアの残骸、及び、ヘリックス社の企業AI「MAX」から検出された【魔界式コード片】と酷似しています』
「…………」
俺の目が、スッと細められた。
一つ目は、三流の作ったガラクタのバグだと思った。二つ目は、俺のデータを盗んだ際の汚染によるエラーだと思った。
「……今回の類似率は、どうなっている」
『過去の二件の信号との類似率、48%。偶然の一致とするには高く、同一の接続元と断定するには低い、不確定な数値です』
48パーセント。
完全にクロとは言い切れない。だが、これで三度目だ。
俺の迷宮に、ただの地球の技術ではない、魔界の呪詛に似た何者かの視線が、チートツールという泥水を隠れ蓑にして紛れ込んできたというのか。
「……確証はない。だが、三度重なった異常を『偶然のバグ』で済ませるほど、俺は楽天家ではないぞ」
俺は玉座の肘掛けを指先でトントンと叩き、低く冷たい声で命じた。
「NAVI。次は捨てるな。あの波形に対するシステムの監視レベルを引き上げ、次に見つけた時は接続元を逆探知しろ」
『了解しました。警戒レベルを第二段階へ引き上げます』
俺の迷宮を、外側から覗き見ようとする不遜な輩がいる。
その未知の敵への微かな警戒を抱きながら、俺は再び視線を水晶へと戻した。
そこでは、チーターという不純物が消え去った盤面で、黒瀬迅率いる百人の精鋭たちが、ついに第三階層の最深部――『世界初攻略』の玉座へと迫ろうとしていた。




