第23話 嘘をつくUI、嘘をつかない世界
鬼塚豪の非合理的な自己犠牲によって、意図せず『隠し経路』を開通させてしまった百人の探索者部隊。
彼らが合流した先は、これまでの石造りの閉鎖空間とは打って変わって、濃い霧が立ち込める巨大な吹き抜けの空間――『空中迷宮』だった。
足元には底の見えない奈落が広がり、前方には無数の岩の足場が点々と浮遊している。一歩でも足を踏み外せば、即座に落下による致死判定を受けるエリアだ。
俺は玉座で、先ほどの屈辱を振り払うように冷たく嗤った。
「泥臭い自己犠牲で生き延びたことは褒めてやる。だが、次は現代の文明に飼い慣らされた貴様らの『常識』を逆手に取らせてもらうぞ」
探索者たちがこの区画に足を踏み入れた瞬間。
彼らが所持している探索者端末の画面に、システムからの強制的なポップアップが表示された。
『ピコンッ』
軽快な電子音と共に、端末の画面にこの区画の詳細な『ミニマップ』が表示される。さらに、空中の足場の一つに向かって、緑色に光る親切な『ルートナビゲーションの矢印』が空中に投影された。
『安全なルートはこちらです』
合成された女性のシステム音声が、ご丁寧に正解の足場をアナウンスする。
現代のゲームやダンジョン探索において、システムUIのナビゲーションは絶対の指針だ。誰もがそれを疑わず、表示された赤いエリアを避け、緑のエリアを進む。
「その便利な情報フィルターこそが、貴様らを奈落へ誘う甘い罠だというのにな」
『おお、めっちゃ親切じゃん! マップに安置(安全地帯)が表示されてるぞ!』
『よし、あそこの足場だな。俺が先に行く!』
水晶の向こうで、数名の探索者がナビゲーションの緑の矢印に従い、迷うことなく浮遊する岩の足場へと跳躍した。
彼らの端末のミニマップ上では、そこは完全に『安全』と表示されている。
だが。彼らの足がその岩に着地した瞬間。
岩の足場は、まるで幻影のように彼らの体をスッとすり抜けた。
『……えっ?』
足掛かりを失った探索者たちは、間抜けな声を上げた直後、悲鳴と共に奈落の底へと真っ逆さまに転落していった。
『う、うわああああッ!!』
数十メートル落下したところで致死判定のエフェクトが弾け、彼らは光の粒子となって消滅する。
『なっ!? なんで!?』
『マップじゃ完全に安置になってたのに!』
残された探索者たちがパニックに陥る中、ナビゲーションの音声は平然と、全く別の足場を指し示してアナウンスを続けた。
『次の安全なルートはこちらです』
俺の仕掛けた罠は、視覚(UI)、聴覚(システム音声)、そしてゲーム的常識(マップの信頼性)の全てを欺く、完全な『情報操作』だ。
ホログラムで精巧に偽装された足場と、虚偽の安全表示。
システムに飼い慣らされた者ほど、己の感覚よりも画面の表示を信じ、この嘘の海で自滅していく。
『クソッ、じゃあどれが本物の足場なんだよ!』
『マップが嘘なら、全部勘で跳ぶしかないのか!?』
疑心暗鬼に駆られ、百人の群れが足止めを食らう。
だが、その混乱の只中で、黒瀬迅だけは自身の端末を苛立たしげにポケットにねじ込んでいた。
『……ふざけた真似を』
迅は足元に転がっていた手頃な石ころを拾い上げると、ナビゲーションが緑色に光って『安全』と示している足場へ向けて、思い切り放り投げた。
石は足場に当たることもなく、幻影をすり抜けて奈落へ落ちていく。
次に迅は、ナビゲーションが『危険・進行不可』と真っ赤に表示している、一見すると何もない空中の空間へ向けて、別の石を投げつけた。
――カァンッ。
硬い音が鳴り、石は空中で見えない『何か』に弾かれて跳ね返った。
『……なるほどな。そういうことかよ、クソ運営』
迅は不敵な笑みを浮かべ、百人の探索者と、自身を映すドローンカメラに向かって大声を張り上げた。
『みんな、端末のマップとシステム音声は全部切れ! 表示されてる情報は、全部「罠」だ!』
「なに……?」
俺は玉座で目を細めた。
UIが嘘をついていることには気付いただろう。だが、それだけではこの見えない足場を渡り切ることはできないはずだ。
しかし、迅は配信の150万人の視聴者に向かっても、ハッキリと断言した。
『表示は疑え。だが、設計の一貫性は信じろ!』
それは、俺の迷宮における確固たる攻略原則の誕生だった。
『あの運営は、初見殺しに見えても必ず「見返せばわかる予兆」を残す。端末のUIやホログラムの映像は、いくらでも嘘をつくようにプログラムできる。……だがな!』
迅は、見えない足場が存在する空間を指差した。
『この迷宮を構築している「物理法則」と「実景」には、絶対に嘘がつけない構造になってるんだよ!』
迅の言葉に呼応するように、レイナが一歩前へ出た。
『物理法則……なるほどね! じゃあ、これでどう?』
レイナが双剣を振るい、前方の空間に向かって微弱な風魔法の刃を放つ。
風の刃は霧を切り裂いて進むが、ある一定の空間で『空気抵抗』にぶつかり、霧の濃淡に不自然な輪郭が浮かび上がった。
『そこに見えない足場がある!』
『よし、強度は俺が測る!』
今度は豪が、己の巨大な大盾をフリスビーのようにして、レイナが示した空間へ向けて力任せに投擲した。
ガキンッ! と重い金属音が響き、見えない足場が豪の盾の質量を完全に弾き返した。
『反発音ヨシ! 大人が乗っても崩れねえぞ!』
迅、レイナ、豪の三人が、次々と物理的な検証を用いて、空中に隠された真のルートを炙り出していく。
彼らはUIという便利な情報フィルターを完全に捨て去った。
代わりに、己の五感と、風の抵抗、音の反響、質量の激突という『誤魔化しようのない物理法則』だけを頼りに、透明な足場を次々と渡り始めたのだ。
『すげえ! 本当に見えない足場がある!』
『マップ見るな! 風と音で前衛がルートを探れ!』
百人の群れが再び統率を取り戻し、迅たちが切り開いた物理的な『真の道』を、確かな足取りで進んでいく。
監視室の壁を覆うコメント欄は、新たな攻略概念の誕生に爆発的な盛り上がりを見せていた。
『表示は疑え、設計は信じろ! 名言キタ――!!』
『これからの攻略wikiの第一条に載せとけ!』
『運営の「必ず予兆を残す」っていうフェアな設計思想を、プレイヤー側が完全に信頼してるからこそ成立する攻略法だわ』
『神運営とプレイヤーの信頼関係、マジで尊い』
「…………」
俺は、玉座で深々と頭を抱え、苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔で水晶を見下ろしていた。
システムの利便性を逆手にとり、人間どもを疑心暗鬼の奈落へ叩き落とす高度な心理罠だったはずなのだ。
それがなぜ、「物理法則には絶対に嘘がない」という、俺の設計の根底にある誠実さ(フェアネス)を証明する結果となってしまうのだ。
『マスターに報告』
NAVIの無機質な音声が、俺の頭痛をさらに加速させる。
『攻略wiki内で「表示は疑え、設計は信じろ」の共有数が急増。好意的反応、九割超』
「……腹立たしい。俺の罠を、俺への信頼に変換するな……!」
俺はこめかみを強く押さえながら、呪詛のように吐き捨てた。
その時、監視水晶の端で、一部隊だけが不自然に滑らかな軌道を描いた。
予兆を見てもいない。検証もしていない。それなのに、次に落ちる石まで知っているように避けていく。
「……NAVI。あの連中の端末を洗え」
俺の声が、低く冷えた。




