第22話 報酬を捨てる馬鹿
「……狂っているのか、あいつらは」
玉座から見下ろす監視水晶には、俺の理解を絶する光景が映し出されていた。
鬼塚豪が率いる部隊が、目前に用意された『最高レア報酬の宝箱』と、この区画をクリアするための『安全な最終ゲート』に完全に背を向け、逆走を始めたのだ。
彼らが向かう先は、ギミックの解除に失敗して床が崩落し、致死性の毒沼が迫る南東の部屋。しかも、彼らが本来の進行ルートを逆走したことで、防衛機構である巨大なスパイク天井が彼らの背後からゆっくりと落下し、退路を断とうとしている。
「正気か? あの宝箱の中身は、今の地球の相場で数億は下らない超希少素材だぞ。それを捨てて、わざわざ他人のために致死トラップの雨の中へ飛び込むだと?」
俺の仕掛けた『協力レイド』の根本にあるのは、極限状況下における人間どもの利己的なエゴの抽出だ。
自分が生き残るために他人を見捨てる。それが最も合理的で、最も生存率の高い『正解』であるように盤面を設計したのだ。
それなのに、あの重装の男は、損得勘定を完全に無視して破滅の道を選んだ。
『急げ! 天井が落ち切る前に南東の壁をぶち抜くぞ!』
水晶の向こうで、豪が自身の部隊に怒号を飛ばす。
彼らは前衛の魔法使いが放つ火球で壁を脆くし、豪の巨大な大盾によるシールドバッシュで分厚い石壁を粉砕した。
崩れ落ちた壁の向こう――南東の部屋は、文字通りの地獄絵図だった。
床の大部分が崩落し、下からは紫色の致死性毒沼が水位を増して迫り上がってきている。残された十数人の探索者たちは、壁の僅かな出っ張りや、崩れ残った細い石柱にしがみつき、パニック状態で悲鳴を上げていた。
『う、うわあああっ! 助けてくれえ!』
『おい、お前ら! 飛び降りろ!』
壁の穴から飛び込んだ豪は、即座に大盾を構え、自身の持つ最大の防御バフ【絶対城壁】を展開した。
光の障壁が毒沼の表面に張り巡らされ、数秒間だけの『即席の足場』を作り出す。
『俺の盾の上に乗れ! 早くしろ、バフが切れるぞ!』
豪の叫びに、壁にしがみついていた探索者たちが次々と光の足場へと飛び降り、豪の部隊のメンバーたちによって安全な位置へと引き上げられていく。
ギリギリの救出劇。
だが、全員を引き上げ終わった直後。
ズドォォォォンッ!!
彼らがやってきた通路の天井――あの巨大なスパイクが、ついに完全に落下し、床と激突したのだ。
『あ……』
引き上げられた探索者の一人が、絶望的な声を漏らした。
スパイク天井は通路を完全に塞ぎ、文字通り岩の壁となって彼らの退路を物理的に遮断してしまった。
前には水位を増す毒沼。後ろには落ち切った天井。
百人レイドの分隊の一つが、完全に逃げ場を失った瞬間だった。
配信のコメント欄も、その絶望的な状況に悲痛な叫びを上げている。
『うわあああ! 豪ニキたちが閉じ込められた!』
『退路が完全に塞がってる……!』
『これ、詰みじゃん……。やっぱり、南東の連中を見捨てて、宝箱取ってクリアするのが正解だったんだよ……』
『自己犠牲の代償が全滅とか、神運営エグすぎるだろ』
「……馬鹿な奴らだ。だから言ったはずだ、それは最も損な選択だと」
俺は玉座で、ワイングラスを静かにテーブルに置いた。
他者を救うために自らを死地に追い込み、結果として全員が死ぬ。愚かで滑稽な末路だ。
だが。
ただ袋小路に閉じ込めて終わりでは、罠として美しくない。
俺は、この城塞区画を設計した時、ある一つの『意地悪な想定』を盤面に組み込んでいた。
もし仮に、目の前に用意された極上の報酬を捨て、わざわざ他人のために退路のない部屋へと逆走する、度し難い馬鹿がいたとしたら。
その馬鹿を、ただ袋小路に閉じ込めて処刑するだけでは、罠師としての遊び心がない。俺は、その馬鹿のためだけに、この南東の部屋の構造に『ある細工』を施しておいたのだ。
『クソッ、どっかに抜け道はねえのか!』
絶望的な状況の中、豪は諦めることなく大盾で周囲の壁を叩き、隠し通路を探していた。
だが、壁はどこまでも分厚い石でできている。
毒沼がすぐ足元まで迫り、いよいよ最後かと思われたその時。
『……ん? おい、これ』
ふと視線を落とした豪が、足元の石板の『一つの違和感』に気づいた。
彼が立っていたのは、先ほど崩落した床の、ギリギリ崩れ残った縁の部分だった。その石板の隙間に、崩落した際の瓦礫の欠片が挟まり、石板全体が『数ミリだけ浮き上がって』いたのだ。
『……この浮いてる石板、もしかして』
豪は迷うことなく、己の全体重を乗せて、その浮き上がった石板を思い切り踏み抜いた。
ガコンッ!
石板が沈み込む鈍い音が鳴る。
直後。
ゴゴゴゴゴッ、という重低音と共に、彼らの目の前まで迫っていた毒沼の奥、その最も分厚い石壁が真っ二つに割れ、そこから全く新しい『隠し通路』が出現したのだ。
『なっ……!?』
豪をはじめとする探索者たちが、呆然とその通路を見つめる。
それは、報酬を捨ててこの部屋に逆走し、かつ『床の崩落ギミックが作動した後(瓦礫が挟まった後)』でなければ物理的に踏み込むことができない、極細の隠しスイッチだった。
つまり、己の命と利益を投げ打ってでも他者を救おうとした者にだけ開かれる、真の生存ルート。
『うおおおおおおッ!!』
隠し経路の出現に、探索者たちも、そして外部の150万人の視聴者たちも、一瞬の沈黙の後、爆発的な歓声を上げた。
『隠しルートだああああ!』
『宝箱捨てて助けに行った奴だけが開ける道!』
『えぐい! 神運営、人間の善性を信じすぎだろ!』
『自己犠牲が正解のギミックとか、最高かよ! 涙出てきた!』
「…………違う」
俺は玉座で、不貞腐れたように吐き捨てた。
「俺は人間どもの善性など欠片も信じていない。ただ、最も損な選択をした愚か者を、最後まで盤面で足掻かせて絶望させるために、僅かな抜け道を残しただけだ」
そう、俺はあくまで罠師としてのルール(フェアネス)を守ったに過ぎない。
だが。
『マスター。隠し経路の利用率、対象部隊100%。救助ルートとして攻略wikiへ登録されました』
「違う」
俺は短く息を吐いた。
人間の不可解な行動と、それを(結果的に)肯定し、彼らの連帯をさらに強固なものにしてしまった己の設計。
俺は猛烈な苛立ちと葛藤を抱えながら、隠し通路を駆け抜けていく百人の群れを、ただ水晶越しに睨みつけることしかできなかった。




