第21話 百人レイド、開幕
第二階層の最奥の扉が開き、第三階層へと続く巨大な転移陣が光を放った。
厳しい選抜戦を生き残った百人の精鋭たちが、次々と未踏の領域である『城塞区画』へと降り立つ。石造りの巨大な回廊と、見上げるほど高い天井。そこはもはや洞窟ではなく、軍隊を迎え撃つための要塞そのものだった。
『マスターに報告。配信ミラーリング同時接続数が、150万を突破しました。現在も加速的に増加中です』
玉座に深く腰掛けた俺の耳に、NAVIの無機質な音声が届く。
150万。一つの国家の軍隊すら凌駕する数の視線が、今この瞬間、俺の迷宮の奥底に注がれている。
俺は片頬を吊り上げ、監視水晶を見下ろした。
「見世物としては上等だ。世界中が見守る中、人類の希望たる百人の精鋭が、無様に泣き叫びながらすり潰されていく様を中継してやろう」
フィールドに降り立った百人は、烏合の衆ではなかった。
先陣を切る黒瀬迅、遊撃として両翼に展開する天城レイナ、そして中央で重装甲の壁を構築する鬼塚豪。彼ら三人を中心とした小隊(分隊)に分かれ、まるで一つの巨大な生物のように、完璧な陣形を維持したまま進軍を開始したのだ。
「百匹のネズミが軍隊ごっこか。だが、個人の力や単純な連携でどうにかなるほど、この城塞は甘くない」
俺が盤面のルーンを弾くと、城塞区画の各所に張り巡らされた巨大な仕掛けが、一斉に重低音を響かせて鼓動を始めた。
俺が今回仕掛けたのは、単一の部屋で完結する罠ではない。
広大な城塞区画全体が魔力的にリンクした、『広域連動ギミック』だ。
百人の部隊は、進行するにつれて物理的に複数の部屋へと分断される。そして、そこからが罠師としての腕の見せ所だ。
「東の部屋の歯車を止めなければ、西の部屋に降り注ぐ酸の雨は止まらない。南の部屋の壁画の暗号を解き明かさなければ、北の部屋の脱出扉は開かない」
俺はワイングラスを揺らしながら、水晶に映る分断された部隊を見つめた。
自分たちの目の前に迫る死の危機に対処しながら、遠く離れた別の部屋にいる仲間を救うための解除スイッチを、同時に、かつ正確に押さなければならない。一箇所でも判断が遅れ、あるいは己の生存を優先して役割を放棄すれば、連鎖的に全滅の致死判定が下る仕様だ。
「極限の恐怖は人の視野を狭める。情報伝達のラグと、目の前の死への恐怖が、必ず貴様らのその薄っぺらい連携をズタズタに引き裂く」
だが。俺のその絶対的な確信は、再び彼らの『常識外れの手段』によって揺るがされることになる。
『東部隊より報告! こっちの部屋、赤いレバーと青いレバーがある! どっちが西の酸の雨を止めるスイッチだ!?』
東の部屋に隔離された探索者が、自身の周囲を飛ぶドローンカメラに向かって大声で叫んだ。
すると、その映像を見ていた外部の視聴者たち――150万人という途方もない数の『観測者』たちが、一斉に動き出したのだ。
『西の部屋の酸の雨、天井の魔力陣が青く光ってるぞ! 同色ギミックだ!』
『東部隊、青いレバーを引け!』
『南の壁画の暗号、古代語の解読班急げ! 過去ログの文字と照らし合わせろ!』
『解読完了! 答えは「3」だ! 北の部隊、3番の石板を踏め!』
監視室の空間を埋め尽くすように展開されたコメント欄が、凄まじい速度で流れていく。
「……なんだ、これは」
俺は玉座から身を乗り出した。
ダンジョンの内側にいる百人は、ただ目の前の状況をドローンに映し出し、叫ぶだけ。そして、ダンジョンの外側にいる150万人の視聴者が、各部屋の映像を同時に視聴し、SNSや攻略wikiを駆使してリアルタイムで情報を統合・分析し、各隊長の端末へと最適解をフィードバックしている。
情報伝達のラグなど、存在しなかった。
ダンジョンの内と外、百人と150万人が完全に一体となり、俺の仕掛けた広域連動ギミックを『巨大な一つの知性(集合知)』として解き明かしていく。
『っしゃあ! 青レバー引いた! 西の部隊どうだ!』
『酸の雨止まった! こっちも東の脱出ゲート開けるぞ!』
コメント欄が『ナイス!』『最高の連携だ!』という歓喜の文字で溢れかえる。それはもはや、悲壮な攻略ではなく、世界中を巻き込んだ熱狂的な『祭り』だった。
「……外部の観測者まで、攻略に直接参加しているだと?」
俺は短く息を吐いた。
一人の天才がいなくとも、数百万の凡人がネットワークで脳を繋げば、それは巨大な演算装置と化す。人間という種族の、恐るべき武器。
「だが、盤面を操作しているのは俺だ。貴様らがどれほど情報を繋ごうと、物理的な死の足音は止められない」
順調に進軍を続けていた百人レイド部隊。
だが、俺の仕掛けた罠が、城塞区画の南東――無名の新星たちが集められた一部屋で、ついに牙を剥いた。
彼らが安全だと判断して踏み込んだ床。俺はそこに、意図的に『二段構え』の偽装を施していた。彼らが情報を共有し、正解だと思って解除スイッチを押した瞬間、安全なはずの床が突然広範囲にわたって崩落したのだ。
『うわあああっ!?』
分隊の半数が、眼下に広がる致死性の毒沼へと落下していく。
『おい、床が落ちたぞ! 引き返せ!』
『ダメだ、後ろの扉も閉まってる!』
完全なパニック。死の恐怖が彼らの思考を奪い、他の部屋への解除スイッチを押すという『役割』が完全にストップしてしまった。
「当然だ。素人が少し連携を覚えた程度で、全てを見切れるほど俺の迷宮は甘くない」
俺は冷たい笑みを浮かべた。
南東の部屋が崩壊し、スイッチが押されなかったことで、それに連動していた別室――鬼塚豪が率いる部隊の部屋に、致死性のギミックが作動し始めたのだ。
『おい豪! 天井が落ちてくるぞ!』
豪の部隊がいる部屋。彼らの頭上から、無数の巨大なスパイクが生えた石の天井が、地鳴りを立ててゆっくりと降下し始めていた。南東からの解除信号が途絶えたため、防衛機構が作動したのだ。
だが、彼らの目の前には、この区画をクリアするための最終ゲートが既に開かれており、その傍らには莫大なレア素材が入った豪奢な『宝箱』が置かれていた。
通常であれば。いや、人間という利己的な生き物であれば。
他人のミスで自分が死ぬ前に、さっさと宝箱を回収し、自分たちの分隊だけでもゲートを抜けて生き残るのがセオリーだ。俺が罠師として設定した『損切り』のルートでもある。
だが。
『宝は捨てろォォォッ!!』
豪の怒声が、部屋中に響き渡った。
彼は開かれた安全なゲートにも、目の前の最高レア報酬にも目もくれず、巨大な大盾を構えて、南東の部屋へと通じる分厚い石壁の前に立った。
『南東の連中が崩れてる! あいつらが死んだら、この先のギミックで人数が足りなくなる! 壁をぶち抜いて救援に向かうぞ!』
「…………は?」
俺は、玉座で思わず間抜けな声を漏らした。
己の利益(レア素材)と確実な安全を捨て、他者を救うために、わざわざ天井が落下してくる死地へと逆走するだと?
「愚かな……! 報酬を捨ててまで他人の命を拾いに行くなど、最も損な選択だ! そんな計算もできないのか、あの肉壁は!」
俺が水晶に向かって吼える中、豪の大盾が防御バフの光を放ち、石壁に激突した。
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、南東の部屋を隔てていた壁が粉砕される。
天井のスパイクが迫る中、彼らは最高レアの報酬を完全に無視し、瓦礫の向こうでパニックに陥る仲間たちの元へと、一直線に飛び込んでいった。




