第18話 神運営、役所に呼ばれる
ヘリックス社が管理する三流のコピーダンジョンを解体し、玉座へと帰還した俺を待っていたのは、次なる血生臭い闘争……ではなく、酷く事務的な電子音だった。
『マスター。保留にしていた地球の行政機関――日本国ダンジョン安全管理庁、及びダンジョン攻略協会本部からのオンライン協議要請を接続します』
「……よかろう。繋げ」
俺は玉座に深く腰掛け、両手を肘掛けに預けて威圧的な姿勢をとった。
ついに地球の国家権力が、俺という存在の危険性に気づき、牙を剥いてきたか。
これまでは探索者という個人の集まりを相手にしてきたが、国家という組織が軍隊や法という武力を用いて俺の迷宮を制圧しに来るというのなら、望むところだ。魔王軍の首席罠師として、国家の威信ごと深い絶望の底に沈めてやる。
空間に展開された大型の通信ウィンドウ。俺はそこへ向けて、冷酷な魔族としての眼差しを向けた。
『あ、繋がりましたね。お、お忙しいところお時間をいただき、誠に恐縮です、神運営殿!』
「…………」
画面の向こうに並んでいたのは、重武装の軍人でも高位の魔術師でもなかった。
蛍光灯の明かりの下、地味なグレーのスーツを着込み、目の下に濃いクマを作った疲れた顔の役人たちが、カメラに向かって深々と頭を下げていたのである。
「……神運営殿、だと?」
『はい! 我々はダンジョン安全管理庁の者です。本日は、貴ダンジョンの今後の運用に関する手続きと、安全基準の確認のためにお時間をいただきました』
俺の殺気立った威嚇など全く通じていないかのように、役人たちは手元の分厚い紙の資料をめくりながら、極めて事務的なトーンで話を切り出した。
『まず、土地利用と収益申告についてですが――』
「待て。俺は人間どもを絶望させるためにこの迷宮を開いた。貴様らの税など知らん」
『マスター。法人登記、敷地権利、税務処理は先月までに完了しています』
「なっ……貴様、勝手に何を」
『運営リソースを差し押さえられる方が非効率です』
『いやあ、AIさんのおかげで書類に不備が一つもなくて助かっております!』
俺はこめかみを押さえた。人類絶望用の殺戮兵器が、帳簿上は優良事業者らしい。
『さて、続いては攻略協会の法務担当から、一つ確認がございまして』
安全管理庁の男に代わり、今度は眼鏡をかけた神経質そうなスーツの男が画面の前に進み出た。
いよいよか。俺は僅かに姿勢を正した。
法務担当。ならば、俺がダンジョンで行っている残虐なトラップの数々や、探索者に対する非人道的な扱いを罪に問うつもりだろう。
『神運営殿が、ダンジョンの入り口の帰還室の手前に掲示されている、【入場同意書】についてです』
男がタブレット端末を操作すると、画面に俺が記した古代文字の警告文(日本語翻訳版)が映し出された。
そこには、俺のありったけの殺意と警告を込めた文言が並んでいる。
『己の命を捨てる覚悟なき者は去れ。ここから先は死の苦痛が待つのみ』
『いかなる残虐な罠で肉体が砕け、精神が壊れようとも、当方は一切の責任を負わない』
『足を踏み入れた時点で、お前たちの命は俺の掌の上にある。その絶望を俺の糧とする』
俺はふん、と鼻を鳴らした。
「俺の残虐性に震え上がったか。文句があるなら――」
『――素晴らしいッ!!』
「……は?」
法務担当の男は、感涙せんばかりの勢いで机をバンッと叩き、身を乗り出してきた。
『自己責任の完全な明示! 不可抗力に対する免責事項の網羅! そして何より、運営側が「あなた達に危害を加えますよ」というスタンスを隠さず透明化している点! 完璧です!』
男は興奮した様子で、周囲の役人たちに同意を求めるように熱弁を振るい始めた。
『昨今のダンジョン運営者やクランは、「安全です」と謳いながら初心者を危険な目に遭わせ、いざ事故が起きると「自己責任だ」と逃げる輩が多すぎる! しかし神運営殿のこの規約はどうですか!』
男は画面越しに、俺に向かって深々と頭を下げた。
『「殺す」「責任は負わない」と入り口でハッキリ宣言し、それに同意した者(魂アンカー生成者)しかシステム的に中に入れない仕様。未成年や非登録者の一般人は自動的に弾かれる完璧なセキュリティ! ここまで高度なリーガルチェックのもとで明文化された規約は見たことがありません! まさにコンプライアンスの鑑です!』
『おおーっ』と、背後の役人たちから拍手が巻き起こる。
「…………」
俺は、あまりの理解不能な状況に、言葉を失って画面を見つめていた。
俺の、血生臭い殺害予告が。魔族としての恐怖の宣告が。
地球の法律家にかかれば、『透明性の高い完璧な免責事項(利用規約)』として絶賛されてしまうというのか。
人間どもは、言葉の裏にある本物の殺意というものが読めないのか。それとも、コンプライアンスという概念が彼らの脳髄を狂わせているのか。
「……貴様ら、正気か。俺は本気でお前たち人間を殺そうと」
『ええ、ええ! その「本気で殺しに来る」という徹底したロールプレイこそが、ユーザーにフェアな緊張感を与えていると、我々も高く評価しております!』
完全に言葉が通じていない。
俺が異世界の魔族であるという真実すらも、彼らの中では『ちょっと設定に凝りすぎている優良企業のシャチョーさん』という枠組みに収められてしまっているらしい。
『……コホン。さて、神運営殿』
ひとしきり俺のコンプライアンス意識を絶賛した後、安全管理庁のトップらしき男が、真面目な顔つきに戻って本題を切り出した。
『本日は、神運営殿のその「極めて公平かつ厳格なダンジョン設計」を見込んで、折り入ってご依頼したい儀があるのです』
「……なんだ。言ってみろ」
俺は疲労感を覚えながら、玉座に頬杖をついた。
『実は近年、自然発生型ダンジョンの増加に伴い、モンスターが地上へ溢れ出す大規模暴走のリスクが懸念されております。これに対抗するためには、探索者同士の「大規模な連携」が不可欠なのですが……』
男はモニター越しに、真剣な眼差しを向けてきた。
『現状、地球には大人数が連携して挑める、安全かつ高難度な訓練施設が存在しません。そこで、神運営殿のダンジョンで……【百人規模の探索者が、同時に連携して挑める階層】を構築してはいただけないでしょうか?』
「……百人、だと?」
『はい。百人協力型レイドの安全実証テストです。もちろん、協力に対する報酬として、世界市場で取引される超希少素材を国費で提供させていただきます』
役人のその言葉を聞いた瞬間。
俺の中で渦巻いていた頭痛と疲労感が、スッと冷たい歓喜へと反転するのを感じた。
「……ふっ、くははははっ」
俺は思わず、玉座で低く笑い声を漏らした。
彼らは「安全な訓練の場」を求めているつもりなのだろう。
だが、俺の思考は違う。百人の人間が、一つの目標に向かって同じ盤面に立つ。
それはつまり。百匹のネズミが、同時に俺の迷宮で死の恐怖に泣き叫び、己の命惜しさに他人を裏切り、集団心理に流されて連鎖的に破滅していく『最高の群像劇』を、俺の目の前に提供してくれるということに他ならない。
「……いいだろう。その依頼、受けて立つ」
俺が不敵な笑みを浮かべて頷くと、画面の向こうの役人たちはパァッと顔を輝かせた。
『おお! 受けていただけますか! ありがとうございます、神運営殿!』
『これで日本の探索者の生存率が飛躍的に上がります! 本当に、何と慈悲深い……!』
感激の涙すら浮かべて感謝してくる的外れな連中を前に、俺は心の中で冷酷に宣告した。
(感謝するのは俺の方だ、愚者ども。貴様らが束になって命を散らす、極上の生贄の祭壇を組み上げてやる)
通信を切った俺は、設計盤へ百個の侵入者マーカーを並べた。
一人なら賢い。三人ならしぶとい。なら百人まとめて、どこから崩れるか見せてもらおう。




